第四十六話 イタリアへ!


 出発の日。

 私はいつものように研究所のワープルームにやって来た。

 新型輸送機はカプセル化してポケットに入れ、紛失を防ぐ魔術をかけておく。

 ここに魔石やら部品やら全部入ってるからね。なくさないようにしよう。


「では、イタリアの首都を目標にしておくよ」


 ガレナさんが、デバイスに位置情報を打ち込んでいる。

 首都と言えばローマだけど、まあ当てにはしていない。

 イタリア国内の市街に落ちれば良い方だろう。


 私は髪を後ろでまとめ、帽子を被ってなるべく地味な恰好にした。

 警察のお世話になる前に、せっかくだから少し一人でイタリアの雰囲気を味わいたい。

 今回はリヤカーもないので、目立たないだろう。


「よし、準備ができた。それでは、君の健闘を祈るよ」

「はい。お願いします」


 ガレナさんの合図でワープルームに入った私は、地球へと飛び立った。



 降り立ったのは、石畳の上だった。

 周囲を眺めると、ここは細い路地らしい。


 左右には趣のある石造りの建物が並んでいる。

 少し歩くと、広い道に出るようだ。


 大通りに車の姿はなく、地球の人々が自由に行きかう姿が見えた。

 様々な店が立ち並び、賑やかに客を呼び込んでいる。

 聞こえてくる言葉は、イタリア語と英語か。

 どうも一般的な町という雰囲気ではない。観光地だろうか。


 私は帽子を目深に被って歩き出す。

 まずは、ここが何の町か調べないとね。

 丁度近くに現地人っぽい青年がいたので、声をかけてみる事にした。


「すみません、このあたりで名所みたいな所はありますか?」

「沢山あるよ。サンタマリア大聖堂に、ミケランジェロの広場。見るものには事欠かないさ」


 流暢なイタリア語で話す青年から、耳覚えのある名称が飛び出す。

 ここはどうやらフィレンツェらしい。

 オレンジに統一された屋根が並ぶ、イタリアでも有名な観光地だ。


 アサシン・クラッド2では、物語の最初の舞台がここだった。

 ガレナさん、今回はナイスなワープだ。

 腕が上がってきたのかな。


「じゃあ、美味しいピザ屋さんはありますか」


 私はまず、本場のピザを食べてみたいと思った。


「ああ。あそこにあるミスタ・ピッツァはいつも行ってるけど、安くて美味しいよ」


 さすがというべきか、目と鼻の先にピザ屋が見つかるようだ。


「グラッツェ、グラッツェ。チャオ」


 彼に『ありがとう、じゃあね』と言って、私は勧められた店に向かった。

 国連に用意してもらったカードや各国の紙幣があるので、支払いは大丈夫だ。


 店の扉を開けると、お洒落で古風な雰囲気の店内だった。

 焦げ茶色のカウンター席に腰かけてみる。

 と、近くに腰かけたおじさんが声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、観光かい?」

「ええ。この店でおすすめのメニューはありますか?」

「そうだな。ここのサルモーネピザは絶品だよ。若い娘さんにも人気だ」

「じゃあ、それをお願いします」


 店員に注文すると、すぐに調理にかかってくれるようだ。

 この行き当たりばったり感。やってみたかったんだよね。


 旅は計画的に行くのもいいけど、偶然の出会いというのも味わい深い。

 まあガレナさんのワープは偶然すぎるから怖いんだけど。


 少し待っていると、サーモンやルッコラの葉が載せられた大きなピザが運ばれてきた。

 食べれる量なのかはわからないが、ともかく美味しそうだ。

 切り分けてくれたので一切れ手に取って見ると、チーズがとろっとろだ。

 ほかほかした熱気を肌に感じながら、口に生地を運ぶ。


「もぐもぐ、んまぁー」


 カリッとした分厚い生地は、中はふんわり。

 そこにチーズの香りが押し寄せてくる。

 本場の空気を味わいながら食べるピザは格別だね。


 時計を見ると、まだ朝の十時だ。だが、知ったことではない。

 私はがっつりピザを全部食べ、腹をぱんぱんにした。

 それから現金で支払いを済ませ、外に出る。


 さて、ここからどうしようかな。

 どうせこんな観光地ならそのうち警察も見つかるだろうし。

 それまで普通にフィレンツェ観光でもしてみようか。

 そう思って歩き出すと、何やら大きな声がした。 


「Charlotte! Where are you! (シャルロット! どこにいるの?)」


 英語だ。見れば、観光客らしい女性が周囲を必死に探し回っている。

 私は気になって、その人のところへ向かった。

 

「May I help you? (どうかしたんですか?)」


 英語で声をかけると、彼女は慌てた様子で言った。


「私の娘がいないの。買い物をしてたら姿が見えなくなって」

「警察には届けましたか?」

「ええ、もう言ってあるわ。でも、どこかに連れていかれたら……」


 人さらいの可能性もあるか。

 観光地は華やかではあるが、危険性も高い。

 人ゴミに紛れて悪人たちが動きやすい場でもあるのだ。

 心配そうな母親を見ると、無視はできない。


「娘さんの特徴は?」

「栗色の長い髪にネズミの絵がついたワンピース。ピンクの帽子をしてるわ。七歳の子よ」


 割とわかりやすい服装のようだ。探査魔術で探せるかもしれない。

 ここに落ちたのも、何かの縁なのだろう。


「わかりました。私が見つけましょう」

「え、あなたは……」

「私はリナ・マルデリタと言います。ここで待っていて下さい」

「え、リナ……?」


 驚く女性を後目に、私は歩き出す。

 観光地だけあって人通りは多い。


 人を探す魔術を広範囲に使うためには、町を一望できる高い場所に出る必要がある。


 ならば、まずはサンタマリア大聖堂の上部まで向かおう。

 輸送機を携帯化した今なら、身軽に動き回れるはずだ。

 だが、人込みをかき分けて道を進むのは時間がかかる。


 ならば、アサクラのエツァオのように、屋根の上を素早く移動すればいい。

 私は壁際で立ち止まり、自分の体に魔術をかける。


「この身を軽やかに」


 すると、体に感じる重さが格段に落ちていく。

 敏捷の魔術は、己の身体能力を劇的に上げる事ができるのだ。


「はっ!」


 石畳の地面を蹴ると、私の体は三メートルほど飛び上がる。

 家の窓にある縁につかまり、さらに上へとジャンプ。

 そして三階を超え、屋根の上に着地する。


 広がる街並みを見やると、オレンジ色の屋根が広がっている。

 ああ、間違いなくフィレンツェだ。


 遠くに、ドーム状の屋根をした大きな建物が見えた。

 あれがサンタマリア大聖堂だろう。

 ドームのてっぺんに行けば、町を見渡せるはずだ。


 私は高台を目指し、屋根を伝って走り出した。

 まるで現実でアサクラをプレイしているような眺めだ。

 でもこれは、遊びではない。


 家屋の上を進んでいると、普通にマンションの屋上のような所もあった。

 そこには、洗濯物を出している人もいた。


「……、今、リナ・マルデリタの幻が見えたわ。疲れているのかしら」


 私が通り過ぎると、女性は目頭に手を当てていた。

 もはや髪が帽子から溢れ出て、目立ってしまっているらしい。

 だが、人目を気にしている場合じゃない。


 私は目印のドームに近づき、一気に大聖堂へ向かってジャンプする。

 さすがに大聖堂は高いので、外壁の縁をたよりにヒョイヒョイとよじ登っていく。

 ドームの上部まで来ると、観光客らしい人たちがバルコニーに出ていた。


「な、なんだ。人が壁を登ってきたぞ」

「凄い身のこなしだ……。人間とは思えない」

「桃色の髪って、まさかリナ・マルデリタなの?」


 ざわめく人々に、私は慌てて指を立てて口元に当てる。


「えっと、すみません。これは極秘任務なので、内密にお願いします」


 それっぽい事を言ってみると、彼らは何か納得したのか互いに頷き合い、騒がなくなった。

 

 さて、ようやくこの町の見晴らし台に辿りついた。

 後ろに目をやれば、フィレンツェの街並みが一望できる。


 ここからなら、遠くにいても発見できるだろう。

 私はオレンジ屋根の群れを見下ろしながら、探索の魔術を行使する事にした。

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