第四十七話 救出 


 大聖堂の見晴し台に立った私。

 ここから探索魔術を使えば、迷子の少女も見つかるだろう。

 上に手を掲げ、呪文を口にする。


「市街探査」


 すると、掌から魔力の光が溢れ出す。

 光は町中の空に飛び、市街に降りていく。 


「おお!」

「魔法かっ」


 観光客たちの歓声が上がる中、魔術は町中の道という道を走り、私にその情報を伝えてくる。

 行きかう人々の光景が、頭の中へと飛んでくる。

 そこから、特定の人物を探し出す……。


「……、いた」


 ネズミのワンピースを着た少女が、抵抗しながら黒いバンに乗せられる所だ。

 誘拐だろうか。

 急がないとまずい。


 位置は……、北西だ。

 私はドームの壁を蹴り、宙へと飛び出した。

 そして、屋根の上を全力で駆けていく。


「おおっ」

「なんだ!?」

「あれは、リナ・マルデリタじゃないか!」


 帽子が風に吹かれて空へ飛んでいった。

 もはやバレバレだ。


 下から聞こえる騒がしい声は無視して、私は走り続けた。

 すると、目的のバンが見えてくる。

 赤信号で止まった所のようだ。

 私は屋根から車に向けて飛び降りていく。


「白き魔の剱よ」


 詠唱と共に、手から光り輝く鋭い剣が飛び出す。

 私はそれを振り下ろし、バン後部の扉部分を切断した。

 ついでに後ろのタイヤも二つとも切ってパンクさせておく。


「な、何だ!」

「後ろのドアが落ちたぞっ」


 中にいた男たちがこちらを振り返る。

 バンの中には、縛られた少女の姿もあった。


「私はリナ・マルデリタです。あなた方が誘拐犯で間違いないですね」

「ま、マルデリタだと! 魔法使いがなんでここに……」

「理由はどうでもいいでしょう。その子を返してもらいます」


 驚く犯人たちに、私は近づいていく。


「ちっ……。車を出せ! 逃げるんだ!」


 判断の早い男が指示を出すが、車は動き出す事はない。


「む、無理です! タイヤが潰れて動かねえ!」

「くそっ、このアマ!」


 今度は銃を懐から取り出す男。悪人はワンパターンだ。


「停止」


 魔術をかけると、彼は銃口をこちらに向けた所でフリーズした。


「くっ、な、なんでだ、体が言う事をきかねえ……」


 小刻みに震えたまま動かない男に向けて、私は手を翳す。


「私はあなた方のような人間を逃がすつもりはありません。大人しく従ってください。

下手に動くと命の保証はしません」

「……くそっ」


 彼らは諦めたのか、両手を上げてうなだれた。


 女の子の縄を切って解放してあげると、彼女はわんわんと泣いていた。

 なだめながら待っていると、さすがに騒ぎを聞きつけた警察がやってきた。

 私は事情を説明し、彼女を母親の下へ連れていく事になった。



「ありがとうございました、本当になんとお礼を言っていいやら」

「リナお姉ちゃん、ありがとう……」


 親子が礼を言って、頭を下げる。


「どういたしまして。もうお母さんからはぐれないようにね」

「うん」


 二人に別れを言い、私は待っていてくれた警察の車へと向かう。

 そこからはいつものように、ご丁重に首都へと運ばれて行くのだった。



 午後四時。

 ローマまでたどり着くと、私はすぐにクイリナーレ宮殿へ運ばれた。

 恒例の政府トップとのご挨拶だ。

 白髪のおじさんが、ニッコリ笑顔で手を差し出してくれた。


「マルデリタ大使殿。ようこそイタリアへ」


 この人がイタリアの大統領らしい。


「リナ・マルデリタです。お招きにあずかり光栄です」

「フィレンツェに降りて悪党どもを捕えて頂いたとか。お怪我はありませんでしたかな?」

「ええ、これでも魔術師ですから。大聖堂の壁を登ってしまって、すみません」

「かまいませんとも。人命は何にも代えがたいものです」


 大統領はにこやかに私のアサクラじみた行動を許してくれた。

 だが、周囲の人たちは何やら他の事を気にしているようだった。


「マルデリタ嬢。その、今回は手ぶらのようですが。いつものお荷物はどうされたのですかな」


 手揉みしながら、後ろの高官が訪ねてくる。

 そうか。私はいつもリヤカーを持ってくるから、それが無いのが気がかりだったんだろう。


「輸送機は持っていますよ。ただ、ここで広げるのは少しマナーに反する気もしますが」

「そ、そうですな。では、こちらへどうぞ」


 高官たちは、官邸の外にある広い庭に案内してくれた。


 私はポケットからカプセルを出し、魔術で中身を拡大する。

 すると、スタイリッシュなデザインのリヤカーが現れた。


「おおっ」

「これは、新型ですかな」


 そのかっこよさにおじさんたちも驚いているようだ。


「ええ。ゲームの販売が好調なので、携帯しやすい新型の輸送機を購入しました」

「それは素晴らしいですな。これらの輸送機は、貿易品として扱ったりはしないのですかな?」

「すみません。輸送機はボックスとは違い、魔術の維持のために魔力を消費します。

魔術師にしか扱えないので、地球に売るものとしては向いていないかと」

「そ、そうですか」


 政府のおじさんたちは残念がっていた。

 まあ、気持ちはわかる。

 四十個の縮小ボックスを取り出すと、彼らは喜んでいた。




 その夜は用意されたホテルに向かい、いつものようにスイートルームにインする私であった。

 ぼんやりとテレビをつけると、イタリアのテレビで私のニュースが放送されていた。


「リナ・マルデリタさんが本日、イタリアに初来訪しました。

彼女はフィレンツェの街に降り、さらわれた観光客の少女を救い出したそうです。

いつも華やかな活躍を見せてくれる彼女ですが、今回は特に目立っていましたね」


 アナウンサーの女性の言葉に、スーツ姿の男性が頷く。


「ええ。インターネット上には、彼女がオレンジの屋根を走る光景や、サンタマリア大聖堂に登って魔法を行使する映像がアップロードされています。

迷子の少女を見つけるための魔法だと予想されておりますが、実に鮮やかでした。

彼女はその後、車で逃走中の誘拐犯を鎮圧し、少女を救い出したという事です」


 え、そんなに撮影されてたの?


 スマホでネットを見ると、見事に私関連の動画だらけだった。


 一番バズっていたのは、私がオレンジの屋根を走り、犯人の車に飛び降りてドアを切った映像だ。


xxxxx@xxxxx

「すげー。リナって戦ったらこんなに強かったんだ」

xxxxx@xxxxx

「まるでアクション映画だ」

xxxxx@xxxxx

「かっこいい!」

xxxxx@xxxxx

「本物のヒーローだね」

xxxxx@xxxxx

「人さらいにあった女の子は助かったらしい。ありがとうリナ!」




 他にも、大聖堂の上で探査魔法を使う私の映像が人気を集めていたようだ。


xxxxx@xxxxx

「何この神々しさ……」

xxxxx@xxxxx

「これが本物のタカの目だ」

xxxxx@xxxxx

「彼女はこの後、柔らかい藁(わら)の上に飛び込んだはずだ」


 こちらでは、アサクラファンが盛り上がっていた。

 柔らかい藁というのは、ゲームの定番ネタの一つだ。

 主人公は高い建物から飛び降りる際、藁が積まれた荷台などに落ちて負傷を防ぐ。

 イーグルダイブと言うんだけど、何十メートル落下してもケガ一つしない相当なファンタジー技だ。

 私も多分あれはマネできない。エツァオは凄いのだ。



 さて。動画以外にも、妙な盛り上がりを見せる界隈があった。

 私が持ち込んだ新型輸送機の画像に群がる人たちだ。


xxxxx@xxxxx

「今回、イタリア大統領邸宅で披露されたマルデアの新しい輸送機がこれだ」

xxxxx@xxxxx

「デザインが前回より洗練されているな」

xxxxx@xxxxx

「性能はどうなんだ」

xxxxx@xxxxx

「イタリアのメディアによると、彼女は訪問の際リヤカーを持っていなかったらしい。

だが、ポケットから何かを取り出すと突然この新型が現れたそうだ」

xxxxx@xxxxx

「つまり、輸送機自体も縮小できるのか。これは便利だ」

xxxxx@xxxxx

「ホイホイカプセルみたいになってきたな」

xxxxx@xxxxx

「旧型を初号機、新型を二号機と呼びたいがどうか」

xxxxx@xxxxx

「エバァかよ」

xxxxx@xxxxx

「正式名称があるなら教えて欲しい所だな」

xxxxx@xxxxx

「側面にロゴが見えるけどマルデア語っぽくて読めない」

xxxxx@xxxxx

「リナも新型を手にして嬉しそう。メカを扱ってる女の子って可愛いよね」


 メカオタ、ガジェオタ界隈か。アニメファンも混じっている気がする。

 楽しそうで何よりだ。

 私も新しいのは嬉しいけどね。

 さて、明日の観光でイタリアの旅も終わりだ。


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