第四十三話 名作を手に
車に乗せられてやってきたのは、Nikkendoの東京支社だ。
私はすぐに会議室へと向かい、ソフトの最終確認に入った。
「これが、マルデア向けゼルドのパッケージですね……」
「ええ、ようやく発売まで来ましたね」
ついに、マルデアローカライズ版『ゼルドの伝承』の完成である。
ファミコム時代からアクションゲームの最前線を切り開いてきた、この名作シリーズ。
その最新作は、オープンワールドというジャンルを取り入れて広大な世界を作り出した。
遠くに見える美しい夕焼けに向かって、どこまでも飛んでいく。
険しい山を登り、どこかに隠れているダンジョンを探す。
まるで自然の息吹を感じているようなゲームだ。
開発者たちは時間をかけて細かい調整を詰め、出来る限りのことをやってくれた。
さすがに最後という事もあり、このゲームの中核スタッフが集まっていた。
ディレクターやプロデューサーの姿もある。
この面々の前で、私は国連本部にいる時より緊張しながら販売について話した。
「今マルデアでは、玩具屋を中心に子どもたちとその親がメインになってスウィッツを遊んでくださっています。
大人に人気の高いゼルドの投入でどう変わるかはわかりませんが、市場を広げるには幅広い層へのアピールが重要となります。
ガレリーナ社として全力で営業していきますので、よろしくお願いします」
私が頭を下げると、彼らはなぜか顔を見合わせて笑いだした。
「な、何か失礼なことを言いましたでしょうか」
慌てて私が問いかけると、奥の席の男性が笑いながら言った。
「いやね。こないだリナさんがハリケーンを消したニュース見た所だから。
僕らももちろん、君が魔法を使った時の映像を見たよ。
リナさん、もう歴史的な英雄でしょ。そんな人が若手の営業みたいに頭下げてくるもんだから、ちょっと驚いてね」
ああ、そういう事か。
どうやらテレビで見た私とのギャップを感じているようだ。
「あ、あはは。そうですね。でも、ゲームが好きな気持ちは変わりませんから。このソフトに込められた想いは、少しは理解しているつもりです」
「そう言ってくれると嬉しいね。じゃあ、よろしくお願いします」
握手を交わし合い、私たちは挨拶を終えた。
ゼルドはこの会社の優れたスタッフが集まり、時間をかけて制作されるそうだ。
彼らの努力と期待を背負い、私は東京支社を出た。
最後は車で郊外の倉庫に向かい、いつものように荷物の受け渡しだ。
変換機の部品を渡した後、二万台のスウィッツと一万本のゼルドを輸送機に入れる。
ソフトなどの補充分も受け取り、今回の日本での作業は終わりだ。
「では、失礼します」
腕のデバイスを起動すると、私の姿は地球から消えた。
マルデア星に戻った私は、輸送機を引いてすぐにガレリーナ社へと戻った。
「ついに来たのね」
「き、緊張します……」
「うむ。いいパッケージだ」
会社のオフィス。
サニアさんにフィオさん、ガレナさんの三人が、ゼルドのパッケージを取り出して呟いた。
「ようやく現物が入ったので、発売までに一気に販売店さんに営業をかけます。
玩具屋はもちろんですが、それ以外にもガンガン売り込んでいきましょう。
まあ、四人しかいませんので、フィオさんが通話対応で、三人で頑張るという事で」
私の言葉に、みんなは力強く頷く。
「ああ、それなんだがな。もう一人、新入社員が入った」
と、ガレナさんが突然重要なことを言い出した。
「え、ほんとですか?」
「うむ。経理の仕事ができるというから即採用した。メソラ・マイリアだ」
ガレナさんが指さした先には、地べたでゲームをやっている白いショートヘアの女性がいた。
「あ、ちっす。気軽にメソラって呼んでください」
丸い目をした彼女は、とてもノリが軽いようだ。
とりあえず、軽く話だけでも伺っておこうかな。
「……。あの、うちに来た理由を聞いてもいいですか」
「前の会社も待遇よかったんすけど、ゲームやれるっつうんで、こっちにしたっす。
つうかボーダーランドめっちゃおもろいっすね! やってていいっす?」
ゲームのコントローラーを掲げ、楽しそうに笑うメソラさん。
「……、人が足りないから、一緒に営業回りに行きましょうね」
どうやら私の会社には、まともな人は入ってこないらしい。
ともかく、動かねばならない。
私はあえて出荷にワープ局を使わず、スウィッツを手土産にして直接玩具屋に足を運ぶ事にした。
店に行くと、まずは出荷分のハードとソフトを手渡す事になる。
「やあ、待っていたよ。マルオカーツがもう品切れでね」
店長は、追加商品の入荷に喜んでくれていた。だが、ここからが本番である。
「それで、こちらが今度発売する新作ソフト『ゼルドの伝承』になります。ぜひご注文頂きたいと思いまして」
私はゼルドのパッケージをカウンターに置き、テストプレイ用のスウィッツを取り出した。
店長は早速、ゲームを触り始める。
「ふむ、これは凄いな。ゲームの中に自然の世界が広がっているじゃないか」
店長は目を見張りながら感想を漏らす。
「ええ、大作ゲームになります。オープンワールドといって、画面に映った場所ならどこへでも行けるのが特徴です。遊べる時間も、普通にやっても100時間はあるでしょう」
「ほう、それは凄いな。だが、マルオは出てこないのかい? 子どもたちはマルオが好きなんだよ」
これまでのソフト三本全てにマルオが出ていたので、店長は新作にも当然マルオがいるものと思ったらしい。
「この作品にマルオはいません。そちらはまた新しいソフトをご用意するつもりです。
ゼルドはまた違った魅力を提示する作品になります」
「ふむ。ならこれまでのガレリーナさんの実績も信じて、まず八本ほど注文させてもらおうかな」
「ありがとうございます」
この店は今までにマルオカーツを五十本は売った店だが、最初はそんなものだろう。
そう思い、私は次の店舗へ向かうべくワープステーションへと急いだ。
首都圏の玩具屋を巡り終えたところで、一旦みんなでガレリーナ社のオフィスに戻る事になった。
四人で集まり、早速これまでの手応えについて話し合う。
「受注の調子はどうですか?」
私の問いかけに、集計を済ませたメソラさんが顔を上げた。
「っす。今んとこ2000本くらいっすかね」
「悪くはないな。ゼルドに関しては、発売後の反響がモノを言うだろう。中身は間違いないのだからな」
ガレナさんは前向きに頷いてるけど、隣に立つサニアさんは渋い顔だ。
「そうね。でももう一声欲しいわ。マルオがいないのがネックなのかしら。どこの店もマルオのことを聞いてくるのよね」
「スウィッツを持ってる子どもたちは、楽しいゲームにはマルオがいると思ってますから……」
フィオさんは心配そうに顔を落とした。
今のマルデアのゲームファンにとっては、マルオがゲームの顔になっている。
マルオがいないという事が、販売店にとっては実績の観点からマイナス要素になるのかもしれない。
それとは違うものを売り込んでいくのが、今回のハードルになるだろう。
だが、この程度でくじけてはいられない。私たちの商品は、間違いなく名作なのだ。
「なら、スウィッツをまだ持ってない人を狙いましょう」
私はそう言って、デバイスの地図を指した。
「入荷してもらえなかったデパートやスーパー、大人向けのお店も含めて、一から営業をかけなおします。
今までのソフトとは毛色の違うゼルドを見て触ってもらえば、発注してもらえるかもしれません」
「うむ、やるしかあるまい」
「こうなったら、当たって砕けてやるわ」
「っす!」
私たちは、フィオさんを残して再び四人で外回りに向かった。
ともかく、先入観を持たず、行けるところには行く。
そう決めた私は、試しに魔術具店に行ってみる事にした。
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