第四十四話 芸術ってやつです
マルデアに"ゼルドの伝承"を売り込むためには、新しい客層を開拓する必要がある。
私は早速ソフトを手に、魔術具店に行ってみる事にした。
町の外れ。
古めかしい雰囲気のある建物に、『メローナ魔術具』という看板が下がっている。
「すみません、新しい商品のご案内があるんですが」
木の扉をノックしてみると、三角帽子を被った古い魔女風の女性が出てきた。
「魔術会社の営業かい? 押し売りはいらないよ」
煙たがるようにしっしと手を振る店長。
だがここで帰るのは営業ではない。
「いえ、魔法のような面白いゲームなんです。是非一度手に取ってください」
「ゲーム? 遊戯盤か何かかい。うちは玩具は売らないよ」
「いえ、これは芸術的なんです。見てください」
「んむ? なんだいこれは。絵画みたいだね」
雄大な景色が広がるプレイ画面を見せると、店長の顔色が変わる。
「ええ。この絵の中に人がいるでしょう。彼を動かして、絵の中を旅できるんです」
「ほう……。そりゃあ、なかなか面白い魔術だ。絵もキレイだね」
画面に見入る店長。
どうやら、興味を示したようだ。
「この中に見える背景の山があるでしょう。この山にも行けます。空を滑空したり、壁を登ったり、時を止めたり。いろんなことができますよ」
私は試しに傍にあった木を伐り、川に落として見せる。
すると丸太が水面に浮いたので、その上を歩いて川を渡る。
こういった工夫による移動手段が、このゲームには山ほどある。
店長も、それを食い入るように見つめていた。
「ふむ、これは良く出来た魔術具だね。見栄えもいいよ。一ついくらだい?」
「本体とこのソフトを合わせて、仕入れ価格は400ベルになります。販売は本体が500ベル、ソフトが80ベルを推奨しております」
「ふうん、案外安いね……。少し考えてから発注したいけど、どこに連絡すればいいかね?」
魔術専門店で売っている魔術具の販売価格というのは、基本的に高めだ。
この店の商品を見ると、それなりの魔術具はどれも1000ベルはくだらない。
そこから見ればスウィッツはかなり安い部類になるのだろう。
以前魔術店に来た時よりは、大分前向きな言葉をもらえた。
「ガレリーナ社のリナ・マルデリタと言います。いつでも我が社にご連絡下さい」
私は連絡先を残し、その店を出た。
それから、私は色んな店を回った。
もちろん、以前がっつり断られたデパートにも向かった。
「だからねえ。うちは玩具はいらないと言ってるだろう。
そもそも、ここは娯楽品を売る場所じゃないんだ」
厳しい顔で突っぱねようとする売り場の責任者。
だが、私はかじりついていく。
「今回はただの娯楽ではありません。絵の中の美しい世界を旅する事ができるツールでもあるのです!」
もはや私は、ゲームという名称を使う事はなかった。
彼らはゲームという言葉に、自分の商売とは関係ないというイメージを持っている。
ならば、それを使わない方がいい。
古くはアメリカにファミコムを売り込む時も、同じような工夫をしたという話だ。
時代は1980年代半ば。
アメリカでは当時主流だったATARU社のゲーム機が売れなくなり、ゲーム市場は酷い冷え込みだった。
そんな時期に新しいゲーム機など持ち込んでも、当然販売店は受け入れてくれない。
そのため彼らはファミコムをゲーム機ではなく、エンターテイメント・システムと呼んで売り込んだそうだ。
つまり、売れればそれでいいという事だ。
「絵の中の世界を旅する、だって?」
どうやら、私のプレゼンが彼の興味を引いたらしい。
先ほどまで見向きもしなかった責任者が、スウィッツに視線を伸ばしている。
「はい、このようにプレイすることができます……」
私はその場でゼルドをプレイしてみせ、販売攻勢を仕掛けていった。
主人公が空を滑空すると、美しい緑の景色が移り変わっていく。
その映像に、責任者は唸った。
「ふむ。なるほど、これは珍しいタイプの芸術鑑賞に部類されるかもしれん。
だが、この棒を持った小鬼はなにかね」
男性は眼鏡を持ち上げ、ゲームの中のゴブリンを指さした。
「その世界の生き物です。逃げるだけの動物もいますし、敵対する魔物もいます。
遠くから眺めてもよし、無視してもよしです。
邪魔ならやっつけてもいいです。世界を旅するとはそういう事でしょう」
「なるほど、リアリズム主義か……」
私が説明すると、責任者は眼鏡をクイと上げながら悩み始めた。
なんだろう、リアリズム主義って。
まあ何とでも都合のいい方向に考えてくれればいいや。
「この『ゼルドの伝承』とは、どういう意味かね」
今度は題名が気になった責任者さん。
伝承は伝承だよと言いたいが、それっぽく答えるのが営業の務めだ。
「タイトルの意味は物語の始まりでは伏せられています。
それを解き明かしてもいいし、明かさずに自由に旅をしてもいいのです」
「なるほど、それも一興だな」
責任者はまんざらでもないように顎に手を当てていた。
ゼルドとは、プレイヤーが操作する主人公……、が助け出す姫の名前だ。
ゼルド姫を助ける男の伝承なのか、ゼルド姫を中心とした伝承シリーズなのか。
その辺は定かではないが、クリアしたら何となく意味が分かった気分になれるというのは間違いではない。
結局のところ、興味さえ湧(わ)けばマルデア人は商売に寛容である。
責任者さんは、最終的に五セットではあるがゼルドとスウィッツを発注してくれた。
ゼロからの大躍進だ。
こんな感じで、私は小売への営業を続けて行った。
夜になってガレリーナ社のオフィスに戻ると、みんなだいぶ疲れた顔をしていた。
「一日中営業して歩いたからもうくたくたよ」
「今日はもう無理っす」
サニアさんとメソラさんは席に座り込んでぐったりしている。
「ああ。だが、今までとは違ったタイプの店から受注がとれたな」
ガレナさんが、発注のリストを広げて見せる。
スーパーに魔術具店、家具屋、デパート。デバイスショップ。
なんと旅館からの発注もあった。
「ゼルドの持つ芸術性が、大人たちを惹きつけたようですね」
私の言葉に、サニアさんも頷く。
「比較的リアルな背景で、絵画の中を動いているようだっていうのが評判だったわ」
「ダンジョンの謎解きも面白いって言ってもらえたっす」
メソラさんも、初めての営業の手ごたえを感じているようだった。
「発売まであと十日です。がんばっていきましょう」
私たちはその後も売り込みを続け、発注を取り続けて行った。
結果として、予約段階で四千本のゼルドを小売に発送する事に成功した。
あとはもう、発売日を待つばかりだ。
私は一日休みをとり、久々に実家でゆっくりする事にした。
裏手にある母の専門店では、既にゼルドの販売促進グッズを展示していた。
まだ発売前なので、大きく『予約受付中!』と書いてある。
「ほら見てリナ。かっこいいでしょ」
お母さんが、店の壁に張ったゼルドのポスターを見せてくる。
店の構えがお洒落に見えるよね。
「うん、いいと思う」
「えへへ、私の店だからね」
母はとても喜んでいた。
まだ客足は多くないが、子どもたちが毎日試遊機を遊びに来る。
「知ってる? お母さんのこの店、ちゃんと利益出てるのよ」
と、自慢げに微笑む母さん。
「ほんとに?」
「うん。だって場所代かからないし、ちょっとずつ売れてるから。売上から仕入れ値を引いたらほとんど利益よ」
普段は家事メインで、お客さんが来たら相手をする。
気楽にやれてお金も入るから、楽しいんだとか。
「じゃあ、私も売り物出そうかな」
そう言ってみせると、母は首をかしげる。
「何か売る物あるの?」
「うん。地球の音楽データを売ろうと思って」
私は持ってきた袋から、CDを何枚か取り出した。
ベートーベンやモーツァルト、シューベルト。ゲームのサントラもある。
といっても、商品数は少ない。
「じゃあ、お母さんのお店に置いてあげる。うちも商品少ないから」
そう言って、母は右手の余ったスペースにCDを展示してくれた。
実際にお客さんに売る時はCDではなく、魔術デバイスを通してデータを販売する事になる。
まあ、買う人がいればだけどね。
その後、私は音楽をかけながら母さんに地球の音楽を紹介していった。
「へえ。このモーツァルトっていうの、いいわね。とっても華やかで上品だわ」
「そうでしょ」
母はモーツァルトの『フィガロの結婚』を気に入ったようだ。
目を閉じて嬉しそうにオーケストラに聴き入っていた。
「これ、うちの店でかけておくわ。その方が見てもらいやすいでしょ」
そうして、マルデリタ専門店に地球の音楽が流れ始めた。
マルデアの人たちに、少しでも聴いてもらえるといいな。
さて、ゆったりとした休日はすぐに終わり。
いよいよ、ゼルドの発売日がやってくる。
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