番外編 外交官スカールから見た、リナとの交渉


 私はランデル・スカール。

 アメリカの外交官だ。

 51のこの年に至るまで、国務省に勤めてきた。


 私はこれまで、難しい交渉を担当する事が多かった。

 毎度のように前例のない案件に向き合い、なんとか切り抜けてきた。


 そんな私がマルデアとの交渉を担う事になったのには、もちろん理由がある。


 この取引は無謀というかなんというか、予想が全くつかない。

 何しろ、人類初の宇宙人との交渉だ。

 利益が出るかどうかの前に、まっとうなやり取りになるのかすらわからなかった。


 発端は、NASAが遠い宇宙の星に文明の存在らしきものを発見した事だ。

 アメリカ政府は交流を試みるべく、その星に信号を送り始める。


 友好の言葉を込めたメッセージだったが、返事が来る事はあまり期待していなかった。

 見知らぬ星の生物がこちらに信号を返してくる可能性は、非常に低いからだ。


 だが、あっさりと返事は来た。

 しかもまっとうな英語を使って、大使がメッセージを送りつけてきたのだ。

 その星は、マルデアという名前だった。


 だが、驚くべきは次だ。

 返事を書いたリナ・マルデリタという人物が、そのまま地球に来るのだという。


 これには、米政府が度肝を抜かれた。

 あちらは、星を行き来する技術を当たり前のように保有しているのだ。


 この時点で、文明レベルの差は明らかだった。

 重要な交渉を任された私は、どのようにしてマルデアと駆け引きをするか、入念に計画を練った。

 


 そして、宇宙人来訪の日はやってきた。

 彼女はワシントンD.Cに降り立つと連絡していたため、米警察と軍が秘密裏に捜索に当たる事になった。

 だが実際に降りたのは、ペンシルバニア州のアルトゥーナだった。


 かなり位置がずれたが、どのような技術なのだろうか。安全上の問題はないのだろうか。

 疑問は尽きぬまま、大使がホワイトハウスにやってきた。


 現れたのは、桃色の髪をした美しい少女だった。

 この子が、一人で外交をしに来たのか。


 私は、信じられない思いだった。

 人間やエルフに近い容姿をしていた事にも驚いたが、注目すべきは十五歳という若さだ。

 私の娘よりも幼い少女が、米政府とたった一人で交渉をしに来たのだ。

 一人の父親としては、その時点で異様なものを感じていた。


 だが、正式に彼女が大使としてやってきたのだ。こちらはホストとして相応の扱いをするしかない。

 我々は彼女をマルデアの代表と捉え、歓迎のパーティを開いた。



 その後。

 交渉の席につくと、マルデリタ嬢はしっかりとした調子で話し始めた。


 彼女が提示したマルデアの魔術製品は、革命的としか言いようがない代物だった。


 誰でも簡単な魔法を使う事ができる石。

 物体を百分の一に縮小して収納できるボックス。


 どちらも、地球の経済や文化を一変させる力を持つ品物だった。

 私は戦々恐々としながらも、マルデア側の要求に応えるべく動いていた。

 なんでもあちらは、珍しい娯楽品を欲しているのだという。


 正直この時点で、マルデアはあまり地球に興味がないのではないかと思われた。

 技術や資源ではなく、変わった遊び道具をくれというのだ。


 私は焦り、世界中から贅を尽くした料理と娯楽品を集めた。


 大使は、日本の料理である寿司を美味しそうに食べていた。

 ああ、やはり世界中から料理をかき集めてよかった。

 何かしら、口に合うものがあったようだ。


 私は胸をなでおろしていた。


 そして、娯楽品を提示した時。

 マルデリタ嬢は他の商品には目もくれず、ビデオゲームに夢中になっているようだった。


「ゲームがお気に召しましたかな」

「ええ、とても面白いです。マルデアには無い娯楽ですね」


 彼女は平静を装っているように見えたが、興奮は隠しきれていなかった。

 その表情は普通の年頃の少年少女のように見え、仕事中だというのに、つい娘の事を思い出してしまった。

 ともかく、この手の娯楽はあちらの星には存在しないらしい。


 特にマルデリタ嬢が目を輝かせていたのは、ゼルドの伝承やFinal Fantasiaといった日本産のゲームだった。

 それらのタイトルはアメリカでもポピュラーであり、私も名前は知っている。


 だが、マルデア人の感性は日本寄りなのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、初日の交渉は終わった。


 翌日の会見では、大統領がマルデリタ嬢を世界に向かって紹介した。

 それはセンセーショナルなもので、世界中のメディアが、大衆が、大騒ぎになった。


 帰宅後も、私の妻や娘までその話題で持ち切りだった。


「ねえパパ、リナ・マルデリタに会ったの?」

「ああ。私が交渉担当だからな」

「すごい! パパってそんなに凄い仕事してたのね」


 あまり私に興味がない大学生の娘が、初めて私の仕事を褒めていた。

 宇宙人の力というのは、大したものだった。


 マルデリタ嬢が持ち込んだ魔石は、すぐに研究所に回された。


「こ、これは……」

「すさまじいエネルギーを持った石だ。間違いなく、未知の物質と言えるでしょう」

 

 研究者たちは、とりつかれたように魔石を解析し始めていた。

 縮小ボックスについては、政府が緊急時の物資運搬用に保有する事になった。



 そして、それから二週間ほどが経ち。

 再びマルデアの大使が地球にやってきた。


 私は二度目の交渉の場で、本格的な貿易の準備を始めるつもりでいた。


 だが彼女が提示したのは、予想をはるかに超える話だった。

 魔石を地球に万単位で集めれば、災害を排除できるのだという。


 普通なら切って捨てるような夢物語だが、あの石に魔法の力があるのは事実だ。

 そもそも、縮小ボックスだけでも貿易の価値は限りなく高い。


 我々は彼女の言葉を尊重し、なるべくマルデリタ嬢の意志に沿うようにした。

 彼女はやはり貿易対象としてビデオゲームを望んだ。

 私たちはそれが実現するよう、全力で手配を進めた。

 

 マルデリタ嬢は自ら日本のゲーム会社に赴き、ローカライズのために開発に参加していた。

 彼女は技術者としても優秀らしく、マルデア向けのスウィッツを本当に完成させていた。

 ただ問題は、それが売れるかどうかだ。


 結果を待っていると、彼女から朗報が届いた。

 出足の販売は、売り切れになる店もあるほど好評だったそうだ。


 遠い星の人々が、マルオに夢中になっている。

 そのニュースはすぐに地球全土に広まり、ゲームファンたちはお祭り騒ぎのように盛り上がっていた。



 ハイパーマルオは、私がハイスクールに通っていた頃に流行り出した作品だった。

 あれは、1980年代後半の事だ。

 当時アメリカでも、日本産のゲーム機が世間的に認知され始めていた。


 私も友人の家で何度もマルオを遊んだ事を覚えている。

 あの頃はただ楽しい遊びだと思っていたが。

 今にしてみれば、あれは新しい時代を象徴する作品だったのだろう。


 時代を超えるゲームの力を借りて、地球とマルデアの商売が何とか形になりつつあった。



 国務省では、ひとまず貿易が成立した事を喜び合っていた。


「よくやったなスカール君。これでマルデア星との取引が始まる」

「ええ、まだまだこれからですがね」


 上司と話をして、久しぶりに私は暗くなる前に帰路につく事ができた。


 帰りに私はウェルマートに寄って、スウィッツとマルオの新作を買ってみた。


「あらあなた、スウィッツ買ってきたんですか?」

「パパっぽくないわね」


 帰宅すると、妻と娘は私の買い物に驚いているようだった。


「まあ、大事な貿易品だからな」 


 今後もマルデリタ嬢との外交は、私が中心になってやり取りする事になる。

 現代のマルオすら知らないようでは、商売の話に差し支えるだろうと思った。



 夕食後。

 スウィッツを居間のモニターに繋ぎ、ゲームを始めてみた。


 プレイするのは『ハイパーマルオ・オデッシア』というゲームだ。


 今のマルオは、ピクシー映画のように華やかな3Dアニメーションの世界で描かれていた。

 ゲームも知らないうちに、ずいぶんと進化していた。


 元気に飛び回る丸顔オヤジの魅力は、今も当時と変わらずそこにあった。

 おっと、大砲の敵にやられてしまった。


「お父さん、へたっぴね」

「次はちゃんとやるさ」


 娘との会話も、少しは多くなった気がする。


 yutubeを見れば、マルデリタ嬢があちらの星の玩具屋でゲーム大会の模様を配信していた。

 ああ、そうか。


 これからマルデアで、あの頃の地球と同じゲームブームが始まるのだ。

 そう思うと、私はなんだか胸が温かくなるのだった。


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