第三十八話 次の国はどこ?


 私には実家が二つある。

 一つ目の実家は、日本の奈良にある和菓子屋だ。

 もう一つの実家は、マルデア星の都会から離れた田舎町にある。


 マルデアの我が家に帰った私は、現世の両親に今回の事を報告しておくことにした。


「そうか、やっとあちらのご両親に会えたんだな」


 リビングで時間を取って説明すると、父は安心したように息をついていた。

 母もまた、嬉しそうに微笑んでいた。


「よかったわね。どうだった? 私じゃないお母さんと会って」

「あはは。泣いちゃって、ろくに何も言えなかったよ。あっちの母さんも泣いてた」


 苦笑いして見せる私に、母さんは何となく寂しそうな顔をした。


「そっか。私もリナとお別れしちゃったら、きっと泣いちゃうわね」

「しかし、とりあえず地球へ行く目的は達成したんだろう。これからはどうするんだ?」


 父の問いかけに、私は頷く。


「うん。一つ目は達成した。それで私、改めて決めたんだ。

私、今の仕事を続けたい。やっぱりゲームの仕事がしたいんだ。

いろんな国に行って、色んなものを見てみたいし。魔石を地球に贈るのも、大事な仕事だと思う」

「……そうか。気を付けるんだぞ」


 父さんは心配そうだったけど、私の意志を尊重してくれた。


「リナ。やるなら、精いっぱいやってきなさい。

それで、疲れたらいつでもこの家に帰ってくるのよ。

そしたら、お母さんがいつでも美味しい料理を作ってあげるから。いいわね?」

「うん」


 私が頷くと、母さんは私の体をぎゅっと抱きしめてきた。

 くすぐったくて恥ずかしいけど、その愛情はとても温かかった。


 私はとても恵まれた、幸せな人間だ。

 いろんな人に助けられて、大切に思ってもらえている。


 だからこそ、私も色んな人たちに幸せを届けたい。

 マルデアにゲームを届けるのも、地球に魔石を届けるのも、きっと二つの星の魂を持つ私にしかできない事だと思う。

 そのために、今の仕事をがんばって続けていく。

 何より、自分が楽しいからね。

 私は決意を新たに、今日も会社へと向かうのだった。




 『テトラス&オールスターゲームス』は、発売から順調に好評を得ていた。

 やはりテトラスを中心に、子どもたちが夢中になって遊んでくれているようだ。


「はぁーい、サニアの攻略コーナーよ!

今回はスーパードンキューキングで困った時、ライフを増やす方法のご紹介!」


 サニアさんの公式動画も、しっかりと人気を伸ばしつつあった。

 コメント欄は、少年少女ゲーマーたちのコミュニティになっていた。


「俺、テトラスで10万点取ったよ」

「あたし、グラディアス全面クリアしたわ」

「僕なんか裏技コマンドなしだぞ!」

「サニアさん。まかいシティのクリア方法おしえて」


 彼らは自分の記録を自慢したり、質問を書き込んだりしている。

 といっても良い時で1000回再生くらいだから、まだまだゲーム機は普及してないんだけどね。


 スウィッツの販売も好調で、一万三千台のうち一万はすぐに売れ、その後も一か月で品薄になっていた。

 当然その分の収益が入り、一月の利益は300万ベルを超えた。


 少しして、日本から次の本体の出荷準備が出来たという通知があった。

 次は『ゼルドの伝承』の発売も予定されている。


「さて、そろそろ地球に行きますか」


 私がオフィスで出発の準備をしていると、サニアさんが声をかけてきた。


「それで、今回はどこの国へ行くの?」

「いつも通り国連と日本に行きますけど。その前にオーストリアへ降りるつもりです」

「オーストリア? 何かゲームあったかしら」

「確か、『オルとくらやみの林』のスタジオがありましたね」


 首をかしげるサニアさんに、フィオさんが指を立てて説明してくれた。

 オルとくらやみの林は、オーストリアのスタジオが開発したアクションゲームだ。

 開発者が日本のジヴリアニメから影響を受けていると発言しているだけあり、とても優しく幻想的なビジュアルを持っている。


 ただ、オーストリアに行くのはゲーム目当てじゃない。あくまで観光がメインかな。


 現状、主要な取引はニューヨークや東京、京都で行っている。

 今回も魔石を国連に運び、ゼルドを入荷するのがメインだ。


 ただどうせワープでランダムな場所に落ちるなら、新しい国に行って色々と見てみたいと思う。

 縮小ボックスを渡せば、訪問した国も喜んでくれるしね。


 それに、母さんが作った専門店を見て思ったんだ。

 商品も少ないあの店になら、ちょこっと地球の娯楽品なんかを置いてもいいんじゃないかなって。

 商売とも言えない小さな話だけど、まあ私の自己満足だ。


 オーストリアが誇るクラシック音楽は、長い歴史と普遍性を持っている。

 モーツァルトやシューベルトといった、誰もが知る音楽家を生み出した地だ。

 どうせなら、歴史豊かな国を観光がてら眺めてみたい。


「というわけです。なので、クラシックの聖地であるウィーンに行ってみる事にしました」

「ふうん、あんたも一応考えてるのね」


 サニアさんは腕組みをしながら偉そうに頷いていた。

 行先を決めた後で気づいたんだけど、オーストリアの公用語はドイツ語だ。

 そんなわけで、ウィーンに行くためにドイツ語をマスターするはめになった。

 何しろ日本に行く時に日本語を覚えた事になってるから、ドイツ語圏に行くときも覚えないとつじつまが合わない。


 難儀な設定を作ってしまったよね。

 マルデア人の記憶力が優れているとはいえ、ゼロからの言語学習はなかなかハードだった。

 ま、まあ、いずれドイツに行く時も使えるだろうね。



 さて、今回は魔石を一万三千個、縮小ボックスを百三十個購入し、輸送機に詰め込んだ。

 準備を終えた私は、毎度おなじみ魔術研究所の第三研究室へと向かう。


 今回はいつもの……、その、お安い方の使い慣れたワープルームだ。

 前のように目的地を正確に目指す事はできないだろう。


「ガレナさん。オーストリア国内でお願いします。国境は越えないでくださいね」

「うむ、わかっている」


 ガレナさんは自信満々に頷いた。

 まあ、彼女には色々と助けてもらったので、これ以上文句は言えない。

 ポンコツワープで頑張ってくれているんだ。

 もし何かあっても、私の力で何とかしてみせよう。


「では、健闘を祈る」


 ガレナさんがワープを起動し、私の姿はマルデアから消えた。







 次の瞬間、私はどこかの草原にいた。

 さて、ここはどこだろう。危険な場所ではなさそうだけど。


 帽子を目深にかぶり、周囲を観察する。

 目の前は、険しい山が視界を覆っていた。

 後ろを振り返ると、静かな田舎の風景が広がっている。

 建物はほとんど見えない。

 視線の先に、ぽつりと一軒家が立っていた。


 と、その家の方からピアノの音がした。

 奇麗な音だった。

 輸送機を引いて歩いていくと、開いた窓から音が広がっているのがわかった。

 こっそりと窓の中を覗くと、中で少年が演奏していた。


 私はここがどこか聞きたかったけど、邪魔をするのも何だ。

 しばらく、彼の様子を見ている事にした。


 するとピアノの音が止まり、少年がこちらを振り返った。


「誰かいるの?」

「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃった?」

「ううん、邪魔じゃないよ。何か用?」


 彼は私を見ていたが、目は閉ざされたままだった。


「あの、ちょっと聞きたいんだけど。ここってどこかな」

「ここは、ハイリゲンシュタットだよ」

「それって、ウィーンの近く?」

「うん。郊外だよ」


 なるほど、今回はそう悪くなかったようだ。

 しかし、彼はこちらの目を見ようともしないし、私がリナである事に気づく様子もない。


「ありがとう。警察のオフィスとかって、どこかわかるかな」

「ごめん。僕、場所は教えられないんだ。目が見えないから」


 どうやら、予想通りだったらしい。

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