第16話 ガレリーナ


 私は飲み屋の中に入り、大学生たちとテーブル席についた。

 にぎやかな学生たちの飲み会は、どこか懐かしいものがある。


「リナちゃん、ピンクの地毛すごーい。サラサラやん」

「目とか宝石みたいやし、可愛い~」


 周囲の女子学生たちは、私の見た目に興味津々らしい。

 

「リナちゃん、何でも頼みや。宇宙人さんからお代は取らへんから」


 店長さんは嬉しそうに、店の壁に書かれたメニューを指した。


「あはは、ありがとうございます」


 とても優しい人らしい。

 メニューを見ると、串焼きの種類が色々と書かれていた。

 どれにしようか眺めていると、ある違和感に気づいた。

 壁の柱に、大きなヒビ割れが入っているのだ。


「そのヒビ、どうしたんですか」

「ああ、震災でちょっと傷ついてな。だいぶ前の事やから、倒れたりする心配はないで」


 私の問いかけに、店長さんは安心させるように笑っていた。

 でも、これから老朽化していくと危ない気がする。

 朝まで置いてもらう上に、食事もサービスしてくれるのだ。

 少しばかり恩を返さないといけない。


「すみません、ちょっと失礼します」


 私は立ち上がり、バッグに残っていた魔石を三つほど取り出した。

 そして、ヒビの入った柱に手をかざす。


「願いの力よ、災厄の傷を癒せ」


 呪文の言葉と共に魔石が輝き出し、柱を包んでいく。


「おお、なんやこれ!」

「すごい、魔法だ……」


 驚く周囲が見守る中、光が消えていく。

 すると柱の傷は消え去り、たくましい元の姿を取り戻していた。


「き、キズがない! 直ってる!」

「ホンモノの魔法や!」


 湧き上がる客たちの傍で、店長は体を震えさせていた。


「店の柱が……。り、リナちゃん。おおきに……。ありがとう……」


 気丈に振舞っていた店長が、深く頭を下げる。

 やはり不安な部分があったのだろうか。

 心の内はわからないけど、喜んでくれるならそれでいいや。


「いえいえ、せっかく一晩置いてもらう縁なので」


 私が軽く言って席に戻ると、店長はバンとカウンターを叩いて声を張り上げる。


「よっしゃ、柱の復活祝いや! 今日はみんな、ビール飲み放題やで!」


 その宣言に、客たちが沸き上がる。

 そんなこんなで、私は楽しく賑やかな夜を過ごした。




 そして、朝。


「リナちゃん。せっかくやし、京都まで送っていったろか?」


 少し仲良くなった女学生のあかりさんがそう言ってくれた。

 でも、私は首を横に振った。


「いえ、警察に行った方が安全だと思うので」

「そっか、じゃあ、またね!」


 朝日を浴びながら、大学生たちは去って行った。

 はあ。これが彼らの青春か。だいぶ疲れるね。

 私は輸送車を引いて、教えてもらった交番へと向かった。


「あの、すみません」


 朝早くから立っている警官に声をかけると、彼はこちらを振り返る。


「はい、どうしたの?」

「私こういう者で、京都までサポートをお願いしたいのですが……」


 私が何とかパスポートを手渡すと、警官は目の色を変えた。


「り、リナ・マルデリタ! 本物じゃないか……」

「あの、政府から何か指示は出てますか?」

「え、ええ。近畿一円で今朝から捜索の手配が出ています。

上に報告して、京都までお送りすることになると思います。中でお待ちください」


 彼は手際よく私を案内し、連絡を入れていた。

 そして、ようやく私は京都に向かう事になったのである。

 のちに分かったことだけど、交番は二十四時間営業してたから、夜中でもすぐ行けばよかったらしい。

 まあ、これもまた経験だ。


 私は車の中でグウグウと眠りながら、京都へ向かったのだった。




 夜通し飲み屋にいたのが悪かったのだろうか。

 体調を崩した私は、午前中は休憩をもらう事にした。

 午後からはゲーム会社へと向かい、仕事を再開だ。


 久しぶりに開発者さんたちと顔を合わせ、握手をした。


「リナさん、お久しぶり。体調を悪くされたそうだけど、大丈夫だったの?」


 女性設計者は心配そうに私の顔色を伺う。優しい人たちだ。


「はい、面目ないです。魔術部品を一万個生産しましたので、持ってきています」

「本当に作って来れたんですか……」

「半信半疑だったけど、やっぱりマルデアの技術はすごいのねえ」


 やはり口だけでは信じられなかったのか、驚く開発者たち。

 その傍には、デザイナーの人たちの姿もあった。


「それで、ローカライズの方はいかがですか?」


 彼らに問いかけると、すぐに頷いて完成品のサンプルを出してくれた。


「準備できています。マルデア語の部分についてはチェックをお願いします」


 私はまず出来上がったマルデア語版のソフトをプレイして、言葉を一つ一つ確認していく。

 といってもハイパーマルオのシンプルな文章なので、特に直す所はなかった。


 中身の確認を終えたら、今度はパッケージのチェックだ。

 ゲーム機の箱のデザインや、そこに描かれたマルデア文字をしっかりと確認して、修正を要求する。


「本体は問題ないです。外箱だけ少し手直しをお願いします。この字体はかっこいいですが、マルデア人が見ると別の文字に見えてしまうので」

「わかりました。すぐに修正しましょう」


 ローカライズについての話が終わった後で、私たちはマルデア版スウィッツの生産について話をつめていった。


「製品が用意できるのはいつごろになりそうですか?」


 私が問いかけると、スーツを着た営業の男性が自信ありげに頷く。


「各所にご協力いただいているので、来月までには五千台。

マルデア向けのスウィッツを生産できる手筈です。輸送についてはどうしましょう?」

「現状は私がやる以外ないですから、本社まで持ってきてください。

私が輸送機で縮小して、マルデアまで運びます」


 そうしてすぐに話は決まり、生産の予定が決まった。


 さて、生産の問題が片付いたら、今度は販売の準備だ。

 製品を作っても、あっちの星で売る場所がなきゃ話にならない。


 地球の用事は一旦終わったので、私はマルデアに戻る事にした。



 研究所のワープルームに戻ると、私はすぐにガレナさんと相談を始めた。


 私たちは別に、自分たちの個人商店を開いてスウィッツを売るわけではない。

 そんな小さい規模では、一万台なんていつまで経っても売れやしない。

 マルデアの色んな小売店に置いてもらって、お客さんに届けるのだ。


「まずは、販売のための会社を作る必要がありますね」

「うむ。ただの個人では、販売店が相手にしてくれないだろうからな。

研究所名義で売ってもいいが、それだと利益を上に持って行かれる。起業した方がいいだろう」


 やはり、まずは自分たちで商社を作った方がいいという話になった。

 私はすぐに手続きをして、会社を設立する事にした。


 地球から仕入れたゲームを異世界で販売するための、輸入販売会社だ。


 社名は二人の名前を取って、『ガレリーナ販売社』とした。


 私はまだ十六歳なので、ガレナさんが社長に。私は副社長という立場に就く事になった。

 まあ、零細企業に副社長なんて肩書、意味ないけどね。


 小さな会社を作った私たちは、小さなビルの二階を借りてオフィスを用意した。

 そして、早速仕事を始める事にした。


 まずはゲーム機をお店に置いてもらう所からだ。

 そのために、実際に小売店に足を運んで、店長さんにお願いしていく必要がある。


「ビデオゲームという商品があります。魅力的です。絶対売れますから、是非お店に置いてください」


 こんな風に、私たちでプレゼンしていくのだ。

 店に発注してもらえるかどうかは、商品の魅力はもちろん、営業の腕も試される。


 一番スウィッツと相性がよさそうな店は、親子連れの客が集まる玩具屋だろう。

 私は首都圏内の玩具店を検索し、リストアップした。

 そして、店舗に売り込みに向かう事にしたのだった。


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