第18話 大きな神木の木の中に
バッタバッタと斬り倒して行く、ヨキと長義さん。
数世紀分の鬱憤を発散するかのように、暴れまくる山吹さん。
皆(私以外)の活躍により、怨霊は全て退治された。
樹海の闇が徐々に晴れて行き、辺りにうっすらと光が戻ってくる。
すると、今までは見えなかった大きな木が眼前に現れた。
「これに集まっておったのか……」
ヨキは猫又に戻ると木の根元に近づいた。
「霊力のあった神木のようだが、いつしか邪なものに取り憑かれ、巣食われてしまったのだろうな」
「災難だね……あれ?」
回り込みながら木に近づいた私の目に、ぽっかりと幹に空いた穴が映った。
それは、人が一人軽く入れそうな穴である。
好奇心で覗いて見ると、なんとそこには漆原さんがいた。
「ヨキっ!漆原さんがいるっ!」
「おっ、そうか!それで無事か!?」
ヨキが叫びながらやって来ると、長義さんと山吹さんもそれに続く。
私は恐る恐る穴の中に手を伸ばし、意識のない漆原さんの手を触ってみた。
暖かい……ちゃんと脈も打っている。
「大丈夫!顔色もいいわ!ああ、良かった……」
「なんとまぁ。怨霊に一昼夜囚われて、それでも尚、生気が漲っているなんて……この男、恐ろしい精神力ですわね」
山吹さんは感嘆するように、右上脚で口を押えた。
いやいや、その女郎蜘蛛の姿で「恐ろしい」なんて言われても……ね。
あなたの方が数倍恐ろしいんですけど。
と、私は乾いた笑みを張り付けた。
「しかし、無事で良かった。ではさっさと助けてここから出るぞ!私の妖力にも限界があるからな」
ヨキの言葉に全員が同意した。
長義さんが漆原さんを引っ張り出すと、山吹さんが糸で絡めとり背にのせる。
それから、来るときと同様に長義さんに担がれた私とヨキも共に山吹さんの背に乗った。
「では、皆様!しっかり掴んで下さいまし!」
その言葉を合図に、また女郎蜘蛛と行く、暫しの空の旅が始まったのである。
帰り際、藤山美術館の駐車場に寄った私達は、漆原さんを車の運転席に押し込めた。
何故ならば、画廊で目覚めてもらっては大変面倒なことになるからだ。
どうしてここにいるのか、何があったのか……それを説明するのはかなり困難である。
彼に何があったか……それは、私とヨキは知らぬ存ぜぬで通す方がいい。
漆原さんならそのうち勝手に目覚めて、元気に運転して帰るだろう。
そう考えたのだ。
そして、私達は円山画廊へと帰ってきた。
「やっと会えたのに、またお別れですわね……」
山吹さんは蜘蛛の姿から、艶やかな女性に変化し、寂しそうに呟いた。
二人はまた別々の絵へと帰らねばならないのだ。
「山吹。私はこれまで、そなたを見つめ続ける日々がとても愉快であった。それは、そなたも同じであろう?」
「もちろんでございますっ!」
「ならば、寂しがることはない。私はいつまでも永久に山吹を見ている。私達に終わりなどないのだよ?」
長義さんが優しく山吹さんの肩に手を置くと、涙ながらに見つめ返す山吹さん。
それを見て私は考えた。
もともとは一つの絵であったのに、誰かの悪意から分かたれてしまった二つの絵。
今、これを一つに戻すことが出来るのは私だけかもしれない。
出来るかどうかはわからないけど、やってみる価値はある!
「長義さん、山吹さん。私、絵を元の一枚に戻して貰えるように館長に掛け合ってみます。聞いてもらえるかどうかはわかりませんけど……」
「芙蓉殿……そうか。事が成れば、またあの頃のように……」
「そんな夢のような事が……」
長義さんと山吹さんは夢見るように微笑んだ。
そんな二人に私は大事な一言を付け加えた。
「あ、でも!失敗しても、恨まないで下さいね?」
「ふふっ、もちろんですわ!芙蓉様!長義殿の隣に居れるだけでも十分な幸せなのですから」
「うむ。気にするでない。芙蓉殿の心遣いが嬉しいのだから」
「まぁ、話半分に聞いておけ。叶ったら儲けもの……くらいにな」
ヨキは軽いステップで私の側にやって来て、からかうように言った。
長義さんは豪快に笑い、山吹さんは扇で口を覆いながら控え目に微笑む。
それから、強い眼差しで絵の前に立った二人はヨキの妖力で、絵の中へと戻っていった。
「元通りだね?」
「騒がしい奴らであったな。しかし、折角この世に出てこれたのに、やけにあっさりと帰ったものだ」
ヨキは不思議がって首を傾げる。
確かに、あの二人の強い力なら、別に絵の中に戻らなくてもこの世で一緒に暮らして行けるはず。
でも、そうしなかったのは、きっと……。
「誰にも邪魔されない二人だけの世界にいたかったんじゃない?」
「二人だけの世界?つまらなくはないか?」
「ええっ!ヨキは私と暮らすのつまらないの?」
少し論点がズレたけど、ここぞとばかりに言ってやった。
すると、ヨキはプイッと顔を背け、近くの絵の中に消えて行く。
「……誰もそんな話はしてないだろうが……」
という言葉をボソリと残して……。
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