第4話 夢の世界その二
「おはようございます。こんにちわ。こんばんわ。おやすみなさい。今日も一日お疲れ様でした。いつもと変わらぬ日常はいかがでしたか?」
「ソフィアさんこんばんは。僕はいつもと変わらぬ日常を送っていたと思いますよ。アリスも元気にしているし、変わったところは特になかったと思うんですけど、昨日の朝なのか今日の朝なのかちょっと記憶が曖昧になってるかもしれないです」
「うーん、その症状がどういった理屈でなっているのかわからないけど、私はあなたがここの事を覚えていた事の衝撃で言葉が出てきません。どんな人でもこの世界の事はある程度過ごしておかないと忘れちゃうもんなんですけど、二回目でこうして覚えているなんてちょっとした才能ですかね。
「あ、その事なんですけど、昨日って僕の知り合いと戦うことになったんですけど、知らない人と戦うみたいなことを言ってませんでしたっけ?」
「あれ、この世界には神候補の数と同じくらいの人間がいるので知り合いに会う確率はほとんどないと思ったんですけどね。ま、そんな偶然もあると思いますし、あんまり気にしないでくださいよ」
「ところで、戦いたくない相手と遭遇した時ってどうしたらいいですか?」
「そんなときはとりあえず、相手の攻撃を食らわないようにして一方的に攻撃してください。それさえ出来ていれば負けることは無いと思いますから」
「そう言う事じゃなくて、戦いを回避する方法って無いんですか?」
「一度であったが最後、どちらかが戦えなくなるまで離れることは出来ませんよ。逃げるってことは戦意を喪失して負けを認めるってことですからね。意識を失ってしまった場合は戦意を喪失したのとは違うんで大丈夫ですけど。でも、今の砌さんとアリスだったら神に近い存在でも出てこない限り負けることは無いと思いますよ」
「ねえ、ご主人様はどこか行きたいとこはあるかな?」
「そうだね。特に行きたい場所は無いんだけど、アリスと初めて散歩した公園がこの世界ではどうなっているのか見てみたいかも」
「それは良い考えかも。僕もあの公園がどうなっているのか興味あるよ。ご主人様は僕の気持ちをいつもわかってくれて先回りしてて凄いよね」
僕はソフィアさんが戦闘を回避する方法を教えてくれなかったのでその方法を考えていたのだが、こうして歩いている間にも戦いを挑まれたらどうしようかと思っていた。
公園まではそんなに距離も無いので大丈夫だとは思うんだけど、とにかく好戦的な人に出会わないように気を付けておこう。この世界ではすれ違うだけで喧嘩を売られることも無いし、こっちから何かをしようとしても直前で避けられることが多かった。僕に好戦的な態度で挑んでくるやつがいたとしても、それを真似して直前で避けてしまえばいいんだと学ぶことが出来たのは大きな収穫だと思う。
「ご主人様。ご主人様。僕が強くなるには今よりもご主人様の愛情を一杯受ける必要があるんだけど、この世界でもそれは有効なのかな?」
「たぶんだけど、有効なんじゃないかな。この前もなでてるとアリスが強くなっていったような気がしたからさ」
「そっか、それなら僕の事をもっと触っていいんだよ。背中とかお腹とかもっと触ってほしいな」
「さすがに人間の姿をしている時にそれはマズいでしょ」
「僕なら気にしないけど、誰かに見られているのはちょっと恥ずかしいかも」
「アリス以上に僕の方が恥ずかしいって」
「そうだよね。あんな風に見られたら僕だって恥ずかしいって気持ちになっちゃうかも。でも、ご主人様がしてくれるなら僕は平気だよ」
そのアリスの言葉が気になった僕は、アリスが見ていた方角を向いて愕然とした。そこに立っているのは、またしてもクラスメイトだった。熊山姉妹の腰ぎんちゃくその一である
その横にはアリスと同じくらいの大きさの男子が立っているのだけれど、どう見ても鮭川昇の弟と言った風貌ではない。鮭川昇がペットを飼っているのかは知らないけれど、きっと横にいるのだからアレはペットなのだと思う。
「よう、熊山様にちょっかいをかけてる蛆虫の回天砌じゃないか。この世界になんでお前がいるのか知らねえけど、さっさと死んでくれや。おっと、それはこの世界じゃなくて現実世界で実行してくれてもいいんだぜ。お前みたいな蛆虫が熊山様と同じ空間にいるってのは全人類が耐えられないくらいの事なんだぜ。なあ、世界平和のためにも黙って一人で死んでくれや」
「お前は僕のご主人様に対して何を言ってるんだ。お前が殺されたくなかったら黙ってろ」
「なんだこの金髪の小娘は。もしかして、お前が飼ってるペットは金髪のメスなのか。お前みたいな蛆虫にしては上等なペットを連れているんだな。良いぜ、お前を殺した後にこいつを俺が頂いてやるよ。ペットは一匹しかダメだって決まりはないみたいだし、お前には上等すぎるペットだもんな。蛆虫君」
「それ以上口を開くと僕は本当に怒るよ。それでもいいならその臭い口を閉じてもらってもいいかな」
「なんだなんだ。お前はペットなのに俺に攻撃出来ると思っているのか。やったって無駄な事だ。この世界ではペットは人間に対してダメージを与えることなんて出来ないんだよ。そんな事も知らないなんて、お前のペットは脳みそ入ってないんじゃないのか?」
鮭川昇は挑発するように僕たちの目の前で止まると、アリスの顔を掴もうとした。アリスは鮭川昇の手が触れる前に一歩後退したのだが、そこに鮭川の隣にいた男子が立っていた。
「さすがは俺のペットだ。俺の行動とこいつの行動を先読みして一番嫌なところにただ黙って突っ立ってやがった。良いか、この世界ではペットは飼い主に勝てないんだ。それはどの飼い主に対してだって同じなんだ。だから、お前は大人しく俺のモノに慣れよ」
「何言ってんだ。熊山姉妹の腰巾着の癖に。大体、お前みたいな脳筋ゴリラを熊山姉妹が相手にすると思っているのか。お前は高校からの付き合いだから知らないと思うけど、熊山姉妹ってのはお前たちが思っているほど立派な人間じゃないんだぞ」
「何言ってんだてめえはよ。蛆虫の分際で熊山様の事を呼び捨てにしてんじゃねえよボケが。てめえがどう思おうがそれは勝手だ、だがな、その考えを俺に押し付けようとしてんじゃねえよ。大体、熊山様はその見た目だけでも人間を超えた存在なんだ。それをてめえみたいな蛆虫が知った口で語ってんじゃねえよ。てめえみたいなやつは本気でこの世から消してやるよ。トラジ、この小娘を片付けた後はこの蛆虫をやっちまえ」
「小娘をやるのは構わないのですが、この方は飼い主ですから私の攻撃は効かないと思うのですが」
「そんなのは知っているんだよ。この世界じゃなくたってお前なら出来るだろ。良いか、この世界で小娘をやった後は向こうの世界でこの蛆虫を叩きのめせ。勢い余って殺してしまっても構わないからな」
「やれやれ、私はそんな野蛮な生き物ではないのですが、仕方ないですね。恨むなら私ではなく力のない自分自身を恨んでくださいね」
トラジはそう言い終わると、トラジが軽くつかんでいるように見えるアリスの手を軸にしてアリスの体を空中に放り投げた。突然の出来事に驚いたのか、アリスは受け身を取ることも無くそのまま地面に叩きつけられてしまった。
あっという間の出来事だったのだけれど、うつぶせで地面に叩きつけられたアリスはピクリとも動かなくなっていた。
「おいおい、おめえのペットはたった一回の攻撃で意識を失ったのかよ。飼い主と一緒で根性ねえな。この世界では通用しないかもしれないけど、トラジ、お前の技をその蛆虫に体験してもらいな」
「はいはい、そのようにいたしますよ。本当は私も人間相手に戦いたいとは思わないんですよ。何をしたって人間相手には手ごたえが無いんですからね。それでも、ちょっとした恐怖感くらいは与えられると思いますし、絶叫マシーンに乗ったと思って楽しんでくださいね」
僕はアリスが動かなくなってしまったショックで動けなくなってしまった。こんな時でもペットと飼い主の動きが同期するとは思わなかったけれど、僕は目の前で起きた一瞬の出来事の整理がまだついていなかった。
この世界ではペットが人間に攻撃をしても効果は全くない。その事はアリスと触れ合っている中でも気付いた事ではあった。ただ、痛みは無くても殴られれば不愉快な気持ちにはなるし、それは噛まれたとしても一緒だろう。まして、それが柔道の投げ技だとしたら、一度ではなく何度も投げられたとしたら。僕はそんな事に耐える自信は無いと思ってしまった。痛みは無くても気持ち悪さは残りそうな気がしていたからだ。
「すいませんね。痛くないのは知っているんで手加減出来ませんが、そのあたりは気にしないでくださいね。私も好きでやってるんじゃないってことはご理解いただけると助かります」
僕は逃げないとダメだという気持ちが体にうまく伝わっていないようで、その場から一歩も動くことが出来なかった。トラジの手が僕の手に触れたのだが、不思議と掴まれている感覚は無かった。このままアリスみたいに空に投げられて地面に叩きつけられるのかと思っていたのだが、僕の体が地面から離れることは無かった。
僕が投げられるよりも早く、意識を取り戻したアリスがトラジの体を吹っ飛ばしていたのだ。
「ご主人様。大丈夫ですか?」
「うん、アリスのお陰で何ともなかったよ。アリスは大丈夫なの?」
「僕は平気だよ。顔を地面にくっつけるのって初めての体験だったから嬉しくてそのままにしてしまったよ。地面って冷たいのかと思っていたけど、意外と暖かいんだね」
「そうだったんだ。アリスが無事ならそれでよかったんだけど、これからどうしたらいいと思う?」
「そうだね。あの子も僕と一緒で地面の感触を楽しんでいるのかもしれないから、今のうちに攻撃しておいた方がいいと思うんだよね。ご主人様はそれでもいいかな?」
「そうだね。鮭川のペットにはかわいそうだけど、僕たちを殺そうとしたんだし仕方ないよね。アリス、やっちゃっていいよ」
「はーい、ご主人様の許可も出たんでやってきます」
トラジが意識を失っているのか、死んだふりをしているのかは判断がつかないけれど、判断がつかないならその状態にしてやればいいだけなのだと僕もアリスも思っていた。
アリスは横たわるトラジを仰向けの体制にすると、熊山姉妹のペットと同じようにトラジの顔を踏みつけていた。一度や二度ではなく、何度も何度もその顔を踏みつけていたのだった。
「もういい、俺が悪かったからやめてくれ。それ以上やるのはかわいそうすぎるだろ。お前のペットが強いのは理解したから許してくれ。なあ、頼むよ」
「ああ、わかったから。アリスももういいからこっちに来なよ」
「ご主人様。僕は今日もちゃんとうまく出来たかな?」
「そうだね、途中で心配したとこもあったけど、結果的には上手くて来てたと思うよ」
「よかった。じゃあ、またたくさん褒めてね」
「わかったよ。公園に行ったらそうしようね」
頭の半分が地面にめり込んでいたトラジを優しく掘り起こした鮭川は僕たちの事を睨んでいた。アリスとトラジが戦う前とは違う怒りが鮭川の内側にこみあげているように見えた。
「良いか、今日のところはここで退いてやるが、次に会ったときは逆の結果にしてやるからな。覚えてろよ糞蛆虫が」
こういう時の捨て台詞は大体一緒なんだなと思いながらも僕は近くにあったベンチに腰を下ろした。この前と違ってアリスは僕の膝の上に座っていた。
「一度でいいからご主人様のここに座ってみたかったんだよね。なんだか座りやすそうだなって思っていたんだけど、実際に座ってみると気持ちいいかも」
「そうだったのか、それならそう言ってくれてよかったのに」
「うん、今度から言うね。でも、ご主人様がここに座るまで忘れてたから、他の事も忘れてるかも」
そんな事を話していると、どこからともなくソフィアさんがやってきた。ソフィアさんは時間を気にしているようなのだけれど、そろそろ何かあるのだろうか?
「そんなに時間を気にして何かあるんですか?」
「何かあるというより、もうすぐ君が目覚める時間なんだよ」
「もうそんな時間なんですね。僕が目覚めるとこの世界から消えるんですか?」
「消えるというか、どこかほかの場所で眠るといった表現が正しいのかな。その場所は私も知らないけれど、この世界に呼ばれた者なら誰もがそこに行くと聞いてるんだよね。でも、それは神様しか知らないことみたいだよ」
「そうなんだ。じゃあ、僕が戻る前にアリスに聞いておきたいんだけど、なんであんなに執拗にトラジの顔を踏みつけていたのかな?」
「えっと、どれくらい攻撃すればいいのかわからなかったんだよ。僕はどれくらいの攻撃でやればいいのかまだ判断が出来ないんだよね。全力でやらない方がいいのかもしれないけど、全力じゃないと反撃されそうで怖いんだよ。ご主人様はどうしたらいいと思うかな?」
「今のままのアリスで良いんじゃないかな。その方がきっとアリスらしいと思うよ」
「そっか、それなら次もちゃんととどめを刺せるように頑張るね」
「そろそろお時間となるようですので、この辺りで今日は終わらせていただきます。また、夢の世界でお待ちしておりますので、現実世界で今まで以上にアリスに対して愛情を注いでくださいね」
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