第3話 日中その二

 僕の名前は回天砌かいてんみぎりどこにでもいる普通の高校二年生だ。朝はいつもペットのアリスに起こしてもらっているので目覚ましをセットした記憶はほとんどない。アリスが家に来たのは僕が中学生になった時なので、今年で五年目になる。

 家族はアリスの他には姉の回天霧氷かいてんむひょうがいる。父と母もいるのだけれど、今は研修でどこかに行っている。一年のほとんどを家で過ごすことのできない両親が番犬代わりに飼い始めたアリスではあったけれど、今では家を守るというよりも僕を守るような行動が多くなっているのだ。その事を少しだけ姉さんは気にしているように見えるけれど、アリスも姉さんも仲が悪いわけではない。


 いつも通りに通学バスに乗ると、いつもの席に同じクラスの双子の熊山眠くまやまねむり熊山巡くまやまめぐりがいた。最初の頃は普通に挨拶をかわすような仲だったのだけれど、いつからか挨拶を無視されるようになっていた。その関係は僕と熊山姉妹だけではなくクラス全体へも影響を与えて、僕はクラス全体からも無視されるようになってしまっていた。

 無視されるだけで他に何か嫌がらせをされるわけではないので僕は気にしていないのだけれど、担任教師は僕がいじめに遭っていると思っていて問題が大きくなったこともあった。でも、被害者であるはずの僕が何とも思っていなかったためか、教師たちの間でもいじめかどうか判断に困っているようだったのだ。

 さすがに僕もいじめに遭っていると思えばそれなりに行動を起こすと思うし、今はそこまで気にするようなことでもないと思っているのは事実なのである。


 同じバスで通学するということは、同じ時間に教室に入ることになるのだけれど、僕が教室に入っても誰も僕を見ようとはしない。少し遅れて入ってきた熊山姉妹はみんなとちゃんと挨拶をしていた。

 僕にはその様子がクラスの姫とその取り巻きのようにも見えて少し面白かった。

 そんな姫の取り巻きの一人が鮭川昇さけかわのぼるである。鮭川昇は一目見てわかる通り、柔道部員である。団体戦では一年生から大将を務めるくらいの実力があるようなのだが、そんなに強いのならば柔道の強豪校に行けばいいのにと思っていた。でも、そこまでの実力はまだないと自分で言っていたような気がする。弱小校に入って強豪校を倒すのが一番気持ちいいとも言っていたのだけれど、それは今のところ叶っていないみたいだ。

 もう一人の取り巻きである鹿沢翔しかさわかけるは軽音楽部に所属しているいかにもと言った見た目の男だ。去年の学際でもバンドで参加していたけれど、人前で演奏するくらいの技量も無いように思えた。音楽の事は詳しくないけれど、聞いていて心地の良いものではなかったのだから仕方ないだろう。

 彼ら二人だけではなくクラスの大半の男子は熊山姉妹の事が好きなのだと思うけれど、僕はそこまで熊山姉妹に魅力を感じていなかった。姉の眠も妹の巡もどちらもそんなに性格がよくなさそうだと思うのが理由なのだけれど、他の生徒はその辺を気にしていないのだと思う。見た目だけならアイドルと言っても良さそうなのだから普通は気にしないのかとも思った。


 部活にも委員会にも入っていない僕は放課後はまっすぐ帰宅するのだけれど、玄関を開けるとアリスと一緒に姉さんが僕を出迎えてくれた。


「あれ、姉さんは帰りが遅いんじゃなかったっけ?」

「何言ってるのよ。それは昨日だけだって。それにしても不思議よね」

「なにが?」

「アリスが玄関に向かったと思ってついて行ったら、ちょうどあんたが帰ってきたのよ。なんかアリスの好きなお菓子でも持ってるわけ?」

「いや、何も持ってないけど。アリスはいつも僕を出迎えてくれるよ。姉さんの時もそうじゃないの?」

「私の時はやってこないわよ。あんたがいない時ってアリスはほとんど寝てるのよ。なんでそんなに仲いいのかしらね?」

「さあ、僕がアリスを可愛がっているからじゃないかな?」

「私だってあんたを可愛がってあげてるんだからそれくらい返しなさいよ」

「はいはい。じゃあ、今日は晩御飯どうするの?」

「そうね。何か食べたいものあったら作るけど、何か食べたいものある?」

「うーん、今日は何となくハンバーグが食べたいかも」

「冷蔵庫と相談してみるわ。早く着替えてアリスの散歩に行ってあげなよ。アリスもそうして欲しいって言っているよ」


 アリスは僕の後について部屋の中に入ってくるのだけれど、僕が着替えている間は何かから守るようにドアの前で大人しくしているのだった。

 着替え終わってからドアの前のアリスをなでると、アリスは嬉しそうに僕の脚に体をこすりつけてきた。

 そのまま散歩に行って帰ってきたのだけれど、用意されていた晩御飯はハンバーグではなく鶏つくねだった。つくねも好きなので良いのだけれど、なんとなくハンバーグを食べた意欲はモヤモヤとした気持ちで僕の中に残っていた。


 いつもと変わらない日常も無事に終わろうとしていた。僕は出されていた宿題をさっさと終わらせると、少し早いけど眠ることにした。

 ベッドの横のいつもの位置で寝ているアリスを軽くなでると、アリスは僕の顔を見てから再び眠りについた。

 明日もアリスが僕を起こしてくれるんだろうなと思うと、いつも通り安心して眠ることが出来る気がした。

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