第38話 客人のいる食卓

「ノノ、バター取って」


「あんまり使わないでよ、レナ。居候が図々しい」


「ノノ、こちらにもバターを」


「はーい! いっぱい食べてくださいねー!」


 蒸かし芋と野菜スープで、魔法使い家のランチが始まる。

 長方形のテーブルの奥の長い辺にフォリウムとノノ、フォリウムの対面にレナロッテが座っている。ゲオルグは必然的に空いているレナロッテの隣に腰を下ろしたのだが……。

 三人があまりに自然に席に着いたので、なんだか呆気に取られてしまった。この家には、レナロッテの居場所があるのだ。


「さて、ゲオルグさん」


 蒸かし芋にバターを載せながら、フォリウムが客人に水を向ける。


「貴方はどのような経緯でこの森にたどり着いたのですか?」


「それは……」


 部隊長は部下をちらりと見て、


「レナロッテを捜しに」


「なんでレナがここに居るって知ってたの? あんた、以前まえにもここに来たでしょ?」


 ノノがくちばしを突っ込んでくる。


「以前?」


「オレンジブロンドの美人を捜してるって言ってたじゃん」


「なっ!? 何故、それを……!」


 本人レナロッテの前で暴露されてうろたえるゲオルグに、ノノは「うーん」と考えてから、小さな両手で顔を覆った。そして、『いないいないばあピーカブー』の要領で騎士に向かってぱっと手を離した時には、幼児の顔は大人の男のそれに変わっていた。


「は……!? あの時の薬師! 貴様だったのか!?」


「そう」


 幼児の体に大人の頭を載せたまま、ノノが頷く。もう一度両手で顔を擦ると、またあどけない子供の顔に戻った。


「俺はただ、レナロッテが死んだというのが信じられなくて。どうしても確かめたくて……」


「死んだ? 私は死んだことになっていたのですか?」


 しどろもどろなゲオルグに、レナロッテが食いつく。


「そうだ。葬儀があって」


「葬儀!?」


 驚愕の声を上げる女騎士に、フォリウムが「まあまあ」と割って入る。


「小出しにしても、情報は錯綜するだけです。最初から順に並べていきませんか?」


「最初……」


 ゲオルグはひび割れた唇を指でなぞって思案する。


「俺が知っているのは、魔物討伐で傷を負ったレナロッテがペルグラン領で療養中に死んだということだけ。そのレナロッテが、何故ここで生きているのかを知りたい」


 彼の言葉にフォリウムは頷き、レナロッテに視線を向ける。意を汲んで、彼女も頷く。


「では、私から説明しましょう。どうしてここに居るかを」


 そうして、一つ一つ思い出しながら語り始める。

 療養所で症状が悪化し、体中を魔物に蝕まれたこと。

 いよいよという時、自力で療養所を脱出し、森へ逃げたこと。

 森には魔法使いが棲むという伝説があったこと。

 伝説は本当で、魔法使いは実在し、レナロッテを治療してくれたこと。

 そして、寛解した彼女は街に戻り……事件を起こしたこと。


「ブルーノが……外遊先で結婚したと聞きました」


 かつての婚約者の名を口に出すと、右腕がじくじく痛む。

 話し終えたレナロッテに、黙って聞いていたゲオルグは重い息を吐き出した。


「ここまでよく堪えたな、レナロッテ」


 上官にねぎらいの言葉を掛けられ、部下の目頭が熱くなる。

 ゲオルグは食卓の一同を見回してから、厳かに口を開いた。


「次は俺の番だ。俺の知っている事実で、欠けたパーツを埋めていこう」

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