第25話 最後の晩餐

 それからのレナロッテは、なるべく穏やかな生活をするよう努めた。

 剣と弓の鍛錬もやめ、狩りもノノに任せるようになった。


「なにかに心を乱されそうになった時は、立ち止まって深呼吸してください。感情の溜め込むのではなく、適度に吐き出す方法を覚えるのです」


 少しずつ感情――寄生魔物――を制御する術を学んでいく。


「もー! レナってば食材探しは手伝わないのに人一倍食べるんだから。触手人間からタダ飯喰らいにジョブチェンジ? あ、騎士廃業だから無職か!」


 ……人の感情を逆撫でする子狐が傍にいるので、この上ない訓練になる。

 心がささくれると、右腕がざわつくのが判る。

 フォリウムの言う通り、この魔物はレナロッテの一部だ。

 だからこそ、彼女自身が支配し、封じ込められる。


 ――狼の襲撃から十日程経過した。


 最初は気を抜くと蠢く触手に怯えたが、今は紫の痣があるだけのただの人の腕だ。指だって普通に動かせる。

 レナロッテは寛解したのだ。


「……そろそろ、街へ戻りますか?」


 夕食の席で何気なくフォリウムに問われて、レナロッテはシチューを掬うスプーンを止めた。


「か……帰って、いいのか?」


 声が上擦る。聞き返す彼女に、魔法使いはいつもの優しい笑顔で頷く。


「ええ。状態も良いようですし、これ以上ここに居ても出来ることは変わりませんから」


 ごくん、と唾を飲み込む。やっと……元の生活に戻れる。


「明日、街までノノに送らせましょう」


「はいな! ついでに薬売ってお菓子も買ってきましょう。ボクとお師様のイチャラブ二人暮らし復活記念に、ちょっとイイ塩漬け肉を買ってきてお祝いしましょう!」


「……私が去ったことへの祝賀パーティーを開かないでくれ」


 ちょっと悲しくなる。

 不満を述べるレナロッテに、ノノがキッと目を吊り上げる。


「なんだよ、今まで散々ボクとお師様の同棲生活を邪魔してきたくせに!」


「同居です、同居」


 一応、フォリウムが訂正する。


「それじゃ、明日の商品の準備しなくっちゃ」


 空になったシチューの皿を持って、幼児サイズのノノが大人用の椅子から飛び降りる。


「レナ、ご飯作り手伝わないんだから、皿洗いくらいやってよね」


「はいはい」


 水を張ったたらいに食べ終わった食器を浸ける子供に、大人の女性は苦笑しながら腕まくりする。フォリウムは基本家事をしないので、ノノとレナロッテで分担している。


(三人での夕食も、これで最後か……)


 昼間は各自好きに過ごしているから、三人でテーブルを囲んでゆっくり話すのは、夕食くらいだった。


「……」


 皿を洗う手が止まる。

 鼻の奥がツンとして、急に寂しさがこみ上げる。

 レナロッテがこの森に来たのは、生きるためだ。身体を治し、ブルーノと結婚するためだ。

 それが叶うのだから、もうこの場に留まる理由はない。

 もっと喜ぶべきなのに……。


「……」


 深いため息が漏れる。


「もう寝るよ。明日は忙しくなりそうだから」


 布巾で拭いた食器を棚にしまい、レナロッテは無理矢理微笑む。


「そうですね、おやすみなさい」


「おやすみー!」


 魔法使いと弟子に見送られ、自室に入る。

 彼女のために空けてくれた部屋と、彼女が作ったベッド。

 ……たった二ヶ月半の間に、思い出が増えてしまった。


 レナロッテは早々にベッドに入ったが……。


 その夜は、全然眠れなかった。

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