第24話 共生

「……で、どうしてこうなったのでしょう?」


 魔法使いの丸太小屋。向かい合って椅子に座って尋ねてくるフォリウムに、レナロッテは気まずげに目を逸らす。

 彼女の上腕部にはニョロニョロと細長い触手が蠢いていて……。肘や手の甲までブニョブニョの粘体で覆われている。


「くさっ! 久しぶりに嗅ぐと強烈!」


 粘液から発せられる異臭に、ノノが大袈裟にのたうち回る。

 ……乙女に臭いと言わないで欲しい。

 レナロッテは躊躇いがちに話し出す。


「私にもよく解らない。狼に囲まれて、もうダメだって思ったら……」


 いきなり触手が生えて、敵を殲滅した。


「その時、死の危険を感じましたか?」


「ああ」


「怖かったですー!」


 頷く女騎士に子狐も同意する。

 フォリウムは顎に手を当てて考えて、


「多分、深部に根付いていた寄生魔物パラタクルスが、レナロッテさんの恐怖心に共鳴したのでしょう」


 一つの結論に達した。


「どういうことだ?」


 怪訝そうに聞き返す彼女に、彼は説明する。


「再三申し上げている通り、この魔物は負の感情を糧にします。死の恐怖は生物にとっての本能、いわば一番大きな感情です。恐怖という栄養満点な餌を与えられた魔物は、爆発的な力を得て復活し、宿主であるあなたを守ったのです」


「それは……再発ということか?」


「残念ながら」


 魔法使いの言葉に、目の前が暗くなる。やっとここまできたのに……。


「で、でも! 治るのだろう? 同じ方法で!」


 すがるような視線を向けるレナロッテに、フォリウムは難しい顔をする。


「周りの粘体は石鹸で落ちるでしょう。腕も表面上は戻せます。ただ、パラタクルスを完全に除去することはできなくなりました」


「なぜ?」


「それは、あなたが受け入れてしまったからです」


「受け入れる?」


 鸚鵡返しする彼女に、魔法使いは困ったようにため息をついた。そして、紫の触手を一本掴んでギュッと力を入れた。


「いたっ!」


 その瞬間、他の触手もウニのように尖ってフォリウムを威嚇する。魔法使いは手を離し、女騎士を見た。


「触手を刺激すると、あなたが痛みを感じる。触手はあなたと感覚を共有している。つまり……この触手はあなたの一部になってしまったのです」


「え!?」


 驚愕するレナロッテに、フォリウムは淡々と、


「狼を倒したのも、あなたの意思に共鳴したからでしょう。あなたの体は魔物との共存を選んでしまった」


「じゃあ、レナは魔物になっちゃったんですか?」


 呆然とするレナロッテを置いて、ノノが質問する。


「いえ、どちらかというとレナロッテさんが魔物を取り込んでしまったのです。どっちにしろ、引き剥がせなくなったのは同じですが」


「そんな……」


 絶望感に眩暈がする。


「なんとかならないのか!?」


 身を乗り出してくる彼女に、彼は眉間にシワを寄せ、


「できる方法としては……腕を切り落とすとか」


「いやだ!」


 即拒否した。


「ですよね。寄生魔物は宿主がいないと死にますから、魔物的にも全力で応戦してくるでしょうし」


「他の方法はないのか? 治す方法は!?」


 必死なレナロッテに、フォリウムは顎に手を当てて考える。


「治せはしませんが、制御はできます」


「制御?」


「手を」


 言われるがままに差し出したレナロッテの右の掌に、フォリウムは自分の左手を合わせる。


「目を閉じて、私と呼吸を合わせてください。吸って、吐いて」


 すー、はー、すー、はー。

 段々と呼吸の回数が少なく深くなっていく。


「右腕に異物がわだかまっています。判りますね?」


 わかる。右腕の上で触手が脈打っている。


「それを


 ……しまう?


「イメージしてください。腕の中から引っ張って、触手を奥に沈めるのです」


 フォリウムの声は心地好く脳に響き、他のことが考えられなくなる。


「深く、深く。……そう、奥にしまったら、蓋をしてください。触手が出て来れないよう、皮膚を固くします」


 言われた通り、レナロッテは心で触手を腕の中へと押し込める。


「……はい、目を開けてください」


 ゆっくりと目を開くと……。右腕には粘体がこびりついているものの、触手は跡形もなく消えていた。


「……どんな魔法だ?」


「ただの暗示ですよ」


 驚くレナロッテにフォリウムは微笑む。


「あなたは元々寄生魔物に支配されなかった強靭な精神の持ち主。練習すれば触手を自由に操ることも可能でしょう」


「人外騎士レナロッテ爆誕だね!」


 ノノがけらけら笑って手を叩く。……笑い事じゃない。


「触手を出したくなかったら、出ないようにと願ってください。それが制御の仕方です。あと、激しい感情を持ったり、死の危険のあることはなるべく避けて。魔物が暴走します」


 魔法使いのアドバイスに、女騎士は渋い顔をする。


「それだと……騎士は続けられない」


「職務を選ぶか、命を選ぶかですね」


 ……そう言われると、諦めるしかない。


「いーじゃん、触手で戦えば。無敵だよ!」


 ノノは焚き付けてくるが、


「……それじゃ、私が討伐対象になるだろう」


 世間は魔物に厳しいのだ。


「とりあえず、ホリー石鹸で粘体を落としましょう。それから聖水で清めた包帯を巻きます。気休め程度ですが」


「解った」


 ……人として暮らすためには、職を諦めなければならない。


「レナロッテさん」


 しょんぼりと落とした女騎士の肩に、魔法使いがそっと手を置いた。

 見上げる彼女に、緑色の瞳が微笑みかける。


「今日はノノを助けてくれてありがとうございます。感謝しています」


「……っ」


 胸がぎゅうっと苦しくなる。

 人を救って感謝されるなんて、いつぶりだろうと思ったら、涙が出そうになって……。


 やっぱり自分は騎士なんだって、実感した。

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