第22話 狼の襲撃

 じりじりと艶のない灰色毛皮の狼達が四方から間合いを詰めてくる。


「ノノ、こいつらを一撃で吹き飛ばす魔法を使えるか?」


「無理だよ! ボク、普通の狐にできることしかできない!」


 振り向かずに尋ねるレナロッテに、ノノは首を振る。

 ……普通の狐は化けない。


「じゃあ、鳥になってフォリウムのところへ助けを呼びに行くのは?」


「ボク、このサイズより小さく変化できない」


 思いの外使えなかった!


「それなら、何ができるんだ?」


「んーと……。これ! 狐火!」


 ノノは掌を広げ、小さな火の玉を作って宙に投げた。


「この火が小屋の近くまで飛んでいけば、お師様がボクの魔力に気づくはず!」


 自信満々のノノだが……。


「おそっ」


 レナロッテは思わずツッコむ。狐火の飛行速度は人の歩く速さ程度だ。いつ援軍が来るか解ったものじゃない。


「ノノ、私にくっついて離れるなよ」


 心臓が痛いくらい脈打っている。久しぶりの高揚感。溢れ出す脳内麻薬に神経が研ぎ澄まされる。

 狼の群れと人間と狐が睨み合う。

 パキリと枯れ枝を踏み折る音を合図に、一番手前の狼が飛びかかってきた!


 パシュッ!


 レナロッテはすでに準備していた矢で、最初の狼の心臓を射抜く。一撃目を放った瞬間には次の矢をつがえていて、今度は地上に待機していた狼の目を撃ち抜いた。三本目は口を開けて踊りかかってきた狼の喉元に突き刺して、そのまま弓から手を離し、木剣に持ち替えて襲いくる狼の胴を薙ぎ払った。

 ノノも彼女の背後で狐火を出し、狼の鼻先を炙っては距離を保っているが……。


「レナ、鬼強い!」


 脳天、頚椎、心臓と確実に致命傷を与える箇所を狙って向かいくる狼を撃破していくレナロッテに驚愕する。


「騎士って本当だったんだ!」


「今まで疑ってたのか!」


 この状況で、茶々を入れてくる余裕が羨ましい。

 レナロッテはノノを庇いながら小屋のある方向へと移動する。一頭ずつなら対処できるが、多勢に無勢だ。こちらが力尽きる前に安全な場所に避難したい。しかし、小屋まではまだ距離がある。

 ノノだけでも逃したいが、狼に追いつかれたら終わりだ。


 ……腕が重い。


 十五匹目を倒したレナロッテは汗だくで、肩で息をしていた。膝がガクガクして、立っているのもやっとだ。それでも、


 グオオォォン!


 飛びかかってきた狼を木剣で叩き落とし、蹴り跳ばす。

 累々と転がる同族の死体に狼は怯み始め、レナロッテ達を追う足が鈍る。

 このまま逃げ切れるかと、淡い期待を持ったが……、


 ワオォーーーン!


 ……高い遠吠えが黄昏の空に轟いた。

 群れの一番奥にいた、一際大きな狼が仲間を呼んだのだ。声を合図に、森の奥から複数の獣の足音が近づいてくる。


「レナ……」


 耳を伏せ、尻尾をボワボワにしたノノが足にしがみついてくる。

 躍りかかる狼の爪が、レナロッテの右上腕を引っ掻いた。


「あっ」


 痛みに木剣を取り落とす。

 その好機を逃さず、三頭の狼が三方向から憐れな人間に飛びかかった!


「くっ」


 レナロッテはノノを抱きしめその場に蹲る。


(いやだ)


 切実に思う。


(こんなところで死ねない……!)


 生きたい。


 狼に引き裂かれた右腕が痛い。熱い。


 ――いや、違う。


 これは……。


 ドンッ!


 突然右腕が内側から跳ね上がった。


「……な?」


 視界がどす黒い紫色に染まる。

 呆然と目を見開くレナロッテの前で、飛びかかるモーションのまま三頭の狼が血煙に変わる。

 腕が勝手に振り回される。


「なに……これ?」


 信じられない気持ちで呟く。

 だって……。


 レナロッテの右上腕部――最初に寄生魔物が癒着した箇所――からタコの足のような触手が噴き出し、うねうねと蠢いていたのだから。

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