僕は正反対の兄に恋をした。

@kakaomma13

自覚はまだ

(まだ優燈(ゆうと)は誠(まこと)への恋心を自覚していません)

優燈Side


真夏の太陽。部屋の中でも汗が出てくる。現在、夏休みに入ったばかりの七月。なのに。


何でいつもと変わらない日常なんだろ……


そう言って、ため息をつく。


第一、クーラーではなく、扇風機しかないのだから、僕の部屋の中にいるのは間違っているとは思う。


けど、外に出れば死ににいくようなものだ。リビングに行くという方法もあるが、リビングにはクーラーが付いているものの、母がそこに居座っているので、行こうにも行けない。


つまり、僕はここで一日を過ごすしか方法がない。


いや、でも待てよ。……そうだ、兄さんの部屋に行けば済む話ではないか。兄さんの部屋にはクーラーが付いている。


兄さんは暑いのが苦手だし、今日は部屋にいるに違いない。勉強しているかもしれないが、僕が行けば快く部屋に入れてくれるだろう。


「兄さん、僕だけど。部屋に入っても良い?」


「好きにしろ」


隣の部屋をノックしながら声をかけると、兄さんの声が返ってきた。こんな風にぶっきらぼうな返事だけど、僕はそれでも嬉しい。


「お邪魔しまーす……」


入ると兄さんは勉強机に向かっていた。やっぱり勉強してたか。


兄の部屋に入るだけなのに、「お邪魔します」はおかしいとは思う。しかし、僕の家はそういう家庭だ。


一番大切なのは兄さん。僕は四番目ぐらいじゃないだろうか?いや、もっと下かもしれない。母は僕の存在をないものとしているし、父はここ最近帰ってこない。


僕を大切にしてくれるのは兄さんだけ。兄さんが、親と僕がこういう関係だと理解して、大切にしてくれているのかは不明だけど。


でも、理解してくれなくても良いと思う。兄さんが僕さえ大切にしてくれたら、それだけで嬉しいし。


「兄さんの部屋、こんなに涼しいんだ」


「……優燈の部屋は違うのか?」


「え……あ、あの、兄さんほど強く冷房してないな~って思って!兄さんは暑いの苦手だから当たり前だよね!」


この様子からじゃ、やっぱり兄さんは家庭内の事に気づいていないかも。慌てて誤魔化す。兄さんだって、バカじゃない。こんなド下手な誤魔化し方で納得するだろうか。


「……そうか」


一瞬、ほんの一瞬だけど、兄さんが僕の方をチラリと見た。鋭い視線が、いつも兄さんが付けている眼鏡から見える。


こんな目で見つめられたら、ついついバラしてしまいそうになる。でも兄さんがそんなこと知ったら、ショックを受けるだろう。


母は家庭内の事を上手く隠すから。いつも気持ち悪い笑みを浮かべて、猫なで声で兄さんと話す。


心底気持ち悪いとは思うけど、それを実際に誰かに言ったことはない。僕が相談出来る相手は兄さんしかいないから。


「何かあれば言えよ。俺に出来ることなら、力になってやるから」


「ありがと」


そんなこと、何があっても言えないけどね。そう思ったけど、兄さんの心遣いは普通に嬉しい。素直に受け止めておこう。


「そういえば兄さん、明日何か予定ある?」


「予定?何か重要な予定か?」


「重要ってほどじゃないけど……兄さんと一緒に出掛けれれば嬉しいなぁ~って思っただけで」


「悪い。明日は知り合いと出掛ける予定があるんだ」


耳がピクリと反応する。夏になると、兄さんはほとんど出掛けない。暑いのが苦手だし、紫外線に当たるのも嫌う。


そんな兄が、出掛けるのだと言うのだ。しかも、知り合いと。いや、知り合いと出掛けるのは当たり前か。逆に知らない人間とだったら、こっちが心配になる。


(兄さんが、知り合いと出掛けることなんてあったか……?)


頭の中で急いで整理する。いや、なかった。ないはずだ。兄さんが出掛けるのは珍しい事だから、しっかりと覚えているはず。


「優燈?……優燈、大丈夫か?」


「だ、大丈夫……」


兄さんの声に気づき、我に返る。その瞬間、兄さんの顔が映る。どうやら、何も返事しない僕に心配して、こっちに来たらしい。


「に、兄さん……顔近いよ……」


「そうか?」


そうか?って、自覚がなくてやってんの?止めた方が良いよ。絶対誰かに襲われる。男の癖に、弟の僕が認めるほど美人だし。


そんな兄さんに対して、僕は兄さんとは血の繋がった兄弟だというのに、全くもって顔は似ていない。


顔だけじゃなく、成績も似ていない。兄さんは秀才なのに、僕は普通。平均点にほとんどぴったりな成績。


自分でも自覚して、嫌になる。兄さんとは兄弟なのに、何でこんなに違うんだろう。兄さんと似ていれば、母だって僕を認めてくれたはずで……


「優燈、顔が曇ってる。何か心配事か?ついさっき言っただろ、何かあれば言えって」


「兄さんに話すほどじゃないし……あ、後、明日は楽しんできてね!」


「あ、おい!優燈!」


そう叫びながら兄さんの部屋を出て、自分の部屋へと向かう。兄さんが追ってきても会わないように、鍵をかけるのは忘れない。


ふぅ。何とか逃げ切った。でも、次はないだろうな……次に会ったときには問い詰められるに違いない。







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