第3話 親友が策士になっていた件について

「2時間くらい、外に行ってるから。好きなだけいちゃついてよ」

「新太先輩も意地悪な事言いますね……」


 そんな声と共に、バタンとドアが閉まって、二人が出ていく様子が見える。

 完全に嵌められた。目の前の彼女と二人して、そう悟った。


 元々は、大阪に帰郷した親友を祝おうとしただけだった。

 しかし、思えば、宴が始まってから、どうも様子が少し変だった。

 それ以前に、最初に時間を聞いたときも。


「宴会の時間やけど、18時開始でええか?」

「うーん……ちょっと、用事あるし、19時でどう?」


 と、時間を後ろにずらそうとして来た。

 まあ、あいつはあいつで新生活の準備があるだろう。

 その時は特に不審には思わなかった。


 しかし、今思えば、愛ちゃんが来るタイミングを図っていたんだろう。

 昔から、頭が良い奴だったけど、こういう方向に頭を使うとは。


「梢。その……」


 二人が去った後の食卓で、向かい合わせになる。

 何か言葉を発しなければと思うのだが、なかなか言葉が出てこない。

 臆するものはないというのに、本当に好きな人を前にすると、こうなるとは。


「梢。まずはやな。すまん。今まで、気持ち、ちゃんと言えへんで」


 謝るべき所かはわからない。

 ただ、大学4年間、一緒に過ごしても、なお告白すら出来なかったのだ。

 その情けなさ故に、自然と謝りの言葉になっていた。


「そ、それは、私もやよ。人志君の事、ずっと、好きやったのに」


 好き、という言葉に、心臓がドクンと跳ねる気がした。

 もちろん、幼い頃から何度となく遊んだ仲だ。

 それに、大学生になってからも、何度デートに行った事か。

 

「俺も、好きやわ。梢。昔から、ずっと」


 俺と新太しんたこずえあいの四人は近所で育った。

 先頭に立つ俺と、いつも何を考えてるのかわからない新太。

 それに、物静かな梢に、俺たちを慕う、礼儀正しい一つ年下の愛。


 そんなグループだった俺たち。

 でも、俺はその中で、いつの日か梢から目が離せなくなっていた。

 俺達が中高に進学しても、俺の彼女へのどんどん想いは大きくなっていった。

 いつか、梢と恋人になれる日が来るんだろうか。

 そう漠然と考えていた日、チャンスは訪れた。

 新太が東京の大学に進学するのだという。


 親友が東京に行くと聞いて少し寂しい気持ちを覚えた。

 同時に、二人の時間を作るのには、これがチャンスではないか?とも思った。


 しかし、二人きりで、仲良く遊んで終わりの時間が4年間も続いてしまった。

 新太の奴は、妙なところで鋭いから、そんな微妙な距離感に気づいたんだろう。

 手段については、どついてやりたいところだが。


「なんか、妙な気持ちやね。想いが通じたはずやのに……」


 少しだけ涙を流しながら、楽しそうに笑う梢。


「新太の奴がムードも考えずに、爆弾残して行きよるからやで、ほんま」


 あいつなりのお節介だというのはわかるが、どうすればいいのだろう。


「思えば、新ちゃん、昔から、突拍子も無いことするの好きやったよね」


 梢は、遠い昔を回想しているんだろうか。

 でも、確かに、小学校の頃から、破天荒な奴だった。


「そうそう。何度、あいつの行動に驚かされたことか」


 「秘密基地、作らない?」なんて言い出したら、本当に秘密基地を作ってたり。

 家の台所を使って、化学実験をやってみたり。

 妙なエピソードには事欠かない奴だった。


「ほんと、新ちゃんは……。でも、今回は私達のためやろうね」

「ああ、それはな」


 新太ははっきり言って変人の類だが、同時に義理人情を重んじるタイプだ。

 だから、煮え切らない俺たちの仲を見て、焦れったかっただろう。


「で、私達、どうすればええと思う?」


 そう。それが本題なのだ。

 お互いが好き、というのは、不本意ながら新太のおかげでわかった。

 じゃあ、どうすればいいのか。


「その……付き合うてみるか?」


 少し、目をそらしながら、なんとなく提案してみる。

 梢以外眼中にない俺は、今までの告白を全部お断りしてきた。

 そのせいか、どう動けばいいのかわからないのだ。


「なんやの?付き合おうてみるか、って。付き合いたいんやないの?」


 まずい。機嫌が悪くなって、目つきが鋭くなっている。


「あ、そういうんやなくて。付き合いたいのはほんまや」


 それだけは、確かだ。


「ただ、梢とは今まで一緒やったやろ?どうすればええのかなって」


 新太がこれを聞いたら、ため息をついていそうだな、なんて思う。


「やったら。これからは、ちゃんと「デート」として誘って欲しい」

「そうやな。すまん。これからは、誘うわ」

「それと、今度からは、手えくらい繋いで欲しいんやけど」

「ああ、それもやな」


 もうすぐ社会人になろうというのに、本当に情けない。

 梢は大学院に進学するから、俺が支えないと、なのに。


「でも、私も偉そうに言えへんよね。4年間、ずっと、足踏みしとったんやし」


 ふと、視線を落として、自嘲気味に言う梢。

 梢も、同じように感じていたのか。でも、それなら。


「そやな。まあ、少しずつ恋人らしくなってければ、と思っとるよ」

「やね。これからもよろしくな、人志」

「ああ、よろしくな、梢」


 お互い、きちんと向かい合って、笑い合う。

 よちよち歩きの俺たちだけど、これで前に進めそうだ。


「なあ、人志。そういえば、気づいたんやけど」


 何かを思い出したように、ぽんと拳を叩く梢。


「どうしたんや?梢」

「新太の恋人って結局、誰やったんやろ?」


 そういえば、さっきの話で有耶無耶になっていた。


「愛ちゃん……はないよなあ。彼氏持ちやし」


 確か、三年前の話だったか。彼女に彼氏が出来たと聞いたのは。

 しかし、聞いても、彼氏の写真も、どんな人かも教えてくれなかった。

 「恥ずかしいから、秘密です」とのことだ。


「それなんやけど。ひょっとして、彼氏って新太のことやない?」


 梢の言葉に、え?と一瞬思った。

 しかし、考えてみると、そこまで隠したがる理由というのが納得行く気がした。

 お相手が身内に居ると、かえって言いにくい心情という奴だ。


 それに、愛ちゃんの言動。

 思えば、新太と打ち合わせをしていたとしか思えない。

 それに、出ていく時に、愛ちゃんが慌てて追いかけて行った気もする。


「思いっきり、ありえそうな気がしてきたわ。愛ちゃんもグルやったか」


 後輩として可愛がっていた彼女と、新太がグルで色々仕込んでいたとは。


「思えば、愛ちゃんも、なんちゅーか、計算高いところあったよね」

「わかるわかる。ちゃっかりしとるんよね」


 相手の懐に入り込むのが上手いといえばいいのか。


「でも、それやったら、新太たち戻って来たら、色々吐いてもらわんとな」


 今更、俺たちを嵌めた新太たちが、腹立たしく思えてきた。

 俺らを観察してニマニマしてたんだろうけど、後でからかってやろう。


「そ、その。それはいいんだけど……そっち行っていい?」


 なんて思っていたら、梢からか細い声で何やらお願いが。

 彼氏彼女になったと思ったら、いきなりの難題だ。

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