名探偵は妖怪退治が生業!

独鷲田無

①妖怪と人間の住まう街

煌びやかなネオンや軽快な音楽で着飾っていた街も、慌ただしかったクリスマス商戦の終わりとともに瞬く間に姿を変え、来る正月に向け準備を始めていた。

クリスマスとは違い、正月が杞憂だ、憂鬱だという人は少ないのではないだろうか。少なくとも俺はそうである。

いわゆる正月気分に浸る人々。どこか浮き足立って、これから来る新年の始まりを心待ちにしているのだろう。いや、ただ単に親族で集まって酒が飲めるのが嬉しいだけかもしれないし、比較的長い休みがありがたいだけかも知れないが。

俺の仕事に決まった休みはない。というより、ほとんど毎日が休みである故に、正月を迎えるからと言って特別嬉しく思うことは無いのだ。だから嬉しそうに街行く人々の気持ちはそこまで理解はできなかった。ただ、忌々しい恋人たちのクリスマスが終わって一安心という気持ちだけである。いつの頃からだろうか、クリスマスが恋人たちのイベントだと言わんばかりに街も店も、メディアも揃いも揃ってはやし立て始めたのは。とにかく、その季節も終わりを迎え俺は一安心していた。

そして次のイベントへの支度を始めている街と人々を目で流しながら、今日の目的の場所へと向かう。

今日の仕事の依頼はそこまで難しい案件ではなかった。突然の出動ではあったが、話を聞く限りではそこまでやっかいでも無さそうだ。が、問題がある。いや、今回だけではなく、毎度のことなのだが……俺の隣で歩いているこいつ、俺の上司、であり相方……が全くやる気がないのである。怠惰、そして欲望に忠実といえばそれで片付いてしまうくらいの面倒くさがり。加えて傍若無人だから、依頼人への態度も終始荒っぽく、粗雑である。だからいつも決まって仕事の処理をするのは俺であり、こいつはそれを眺めるだけ。たまに助け舟も出してはくれるが、それは俺が余程追い詰められた時だけで、滅多にない。

今回もきっとそうに違いない、と心の中で愚痴りながら、目線を左下に落とす。

いつの間に買ったのか、自身の顔くらいの大きさのクレープを栗鼠のような小さな口で必死に頬張り、頭の上の狐のような両耳を嬉しそうに動かしていた。

「おいお前、いつ買ったんだ。それ」

俺の好物が甘味と知ってか知らずか、悪戯めいた目でこちらを見ながら頬についたクリームを彼女は舌で舐めとる。

「さっきそこの出店で、信号待ちしてるときに」

「仕事の邪魔にならんのか、そんなにデカイの」

あぁ、そんなの、と彼女は手を振り答える。

「邪魔もなにも、あたしは何もしないし。いつも通り頑張ってね」

まぁ、予想はしていたが今回も手伝う気はさらさらないらしい。聞こえるように舌打ちをしてみせたが、全く気にしていないようだった。

しばらく歩き、路地裏の三叉路を右に曲がったところで、視界の先に人集りが見えた。あれか。

小走りで近づく。その異変はすぐにわかった。どうやら正月で浮かれているのは「人間」だけではなかったらしい。

道を封鎖するように三体の小鬼、「妖怪」が楽しそうに宴会を開いている真っ最中だった。

ご丁寧に青いビニールシートを広げ、まるで花見会場かのように呑んだくれている。

人集りをかき分け、彼らの前に立つ。こちらに気づくと俺の顔をちらりと見たが、すぐに酒瓶を手に騒ぎ出す。

「おい、ここでやるな。他所でやれ」

声をかけるが、反応はない。というより、こちらの言葉を理解していないようである。こちらを見据え、三人でひそひそと話し始める。かと思えば地団駄を踏みながら、こちらに向かって大声で喚き出した。言葉は通じていないらしいが、注意されたことは伝わったらしい。いくら「妖怪保護法」があれど、許されないこともある。

「あっちで!やれ!」

身振り手振りを加えてこちらも怒鳴り返すが、伝わる気配はない。奴さんたちも声のトーンが高くなる。仕方ない。一体にゲンコツを喰らわそうかと拳を振り上げた瞬間、後ろで声がした。上司、コンの声だ。しかし、聞き覚えのない言葉。日本語ではない。

「やっとかよ……」

コンは彼らに向かって言葉を続ける。うるさく騒いでいた妖怪たちは、母親に怒られている子供のように小さくなり、萎縮していた。

相変わらず怠そうにしてはいるコンだが、三体の小鬼は完全に縮こまり、さっきの威勢は影も形もなかった。

すると妖怪たちはそそくさと帰り支度を始める。腰に提げていた瓢箪にビニールシートを詰め込み、酒を小脇に抱えてこちらにお辞儀をして慌てた様子で去っていった。

呆然とそれを見つめていたが、コンが突然踵を返し帰ろうとしたので慌ててそれを追う。

「おい、コン。いい加減普段からそれやってくれよ。お前は妖怪の言葉話せるんだし」

するとコンはけらけらと笑いながら答えた。

「嫌よ、面倒臭いもん。それに大半の妖怪はこっちの言葉分かるじゃん」

……まぁ確かに今まで出会ったほとんどの妖怪は日本語を話した。そして妖怪保護法によって雇用を約束されている種は必ずそうであった。

「久しぶりにお前が妖怪の言葉を話しているところを見た気がする」

「そうね。別に今までも出し惜しみしてるわけじゃないんだけど、今日は早く帰りたかったし、あんた今にも殴りそうだったし」

ううむ、と唸る。そういえばいつも困ったら暴力に走っていた気がする。妖怪相手だからだろうか、それとも「特務特権」があるからか、ついついやってしまう。事実、今まではそれで解決した案件も多かったから、慣れてしまったのか。

「あんた、暴力じゃ解決しないこともあるから覚えておきなさいよ。それに今までは強大な力を持った妖怪に当たっていないっていうだけで、もしそういう奴らに反撃されたら死ぬからね。いや、死ぬで済んだらラッキーなくらいよ」

さらりと怖いことを言う。死ぬ以上の恐ろしいこと……?背筋が薄ら寒くなったので、すぐ想像するのをやめた。

「き、気をつける」

「よろしい。じゃ、ご飯買って帰りましょう」

スカートの間から見えている長い狐の尻尾を機嫌良さそうに振りながら、コンは歩き始める。慌ただしく賑わう街を縫うように歩き、俺達は帰路についた。

そして、俺達にとって最初の大事件である北海道行きが決まったのはその日の晩である。その事件の凄惨さは恐らく一生忘れないであろうし、忘れてはならない悲しい事件であった。

悲劇の始まりを知らす電話のベルが、けたたましく鳴る。

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