第23話 大陸横断鉄道

(一)

左近寺先輩のビッグマネーのおかげで、僕たちは列車で1号車4人がけの豪華個室をゲットした。

「レストランとか無いんですかね?」

うわっ、賀茂先輩にまた睨まれた。

僕は左近寺先輩に話しかけてるんですっ。

「あると思うよ。確か6号車が食堂車じゃなかったかな。」

夕飯まだだからお腹がペコペコだ。

「出発しないと食堂車もやらないよ。」

ああ、そうなんですか…

本当に何でも知ってる左近寺先輩…

ポーーーーーーッ

長めの汽笛が鳴り、ガタンと列車が動き出した。

本当に、振動といいリアルすぎてゲームの中であることを忘れそうだ。

カチャカチャカチャカチャ

その間も入来院先輩はパソコンにかじりつきっ放し

電池持つのかな…

それより空腹が限界だ。僕は6号車へ走った。

「おいっ!」

賀茂先輩の呼び止める声も耳に入らない。

2~5号車は2等客車で、通路に荷物が置いてあったりする。

僕はスーツケースを飛び越え、木箱を避けながらひたすら食堂車へ急いだ。

食堂車に近づくにつれ、鼻腔をくすぐる良い匂いが強くなる。

これは本場のステーキだな。

分厚く脂身少なく、味付けは素朴に塩コショウで

うーん、たまらん。ああ、ヨダレが…

緩む口許を袖で拭いながら僕は走った。

(二)

走り込んだ食堂車で1等客車のチケットを見せると

上品そうなボーイは、表情も変えずに僕を窓際の席に案内した。

席に座って辺りを見回すと、いかにもお金がありそうな紳士淑女が座って食事を楽しんでいる。

各テーブルには白いクロスと一輪挿しの花

静かでくつろいだ雰囲気

聞こえるのは、外でガタンゴトンいう汽車の音のみ

先程のボーイがメニューを持ってきた。

高っ…

持っている10ドルで買えるもの…

あった……何これ

Glass of Waterって…水?

水に金とるの!

空きっ腹に水のんで帰れってか!

こんなことなら、金持ちの左近寺先輩に一緒にきてもらうんだった。

ボーイが営業スマイルで注文を待っている。

えーい、支払いのときに先輩を呼びに行けばいいか!

ステーキは………200ドルだと!

いくら何でもボッタクリじゃない兄さん!

青くなったり白くなったりしていると、横から声がかかった。

「ご一緒してもよろしいですか…。」

はっ…そちらを見上げると

真っ白いスーツに白いターバン。

それに包まれる漆黒の肌、ピンクの唇、白い歯

「!、ナイアル……………。」

ターバンの男は一本指を立てて唇の前に置いた。

「静かに、ここは私にとっても敵の領域…いかに気配を隠しても、どんなきっかけで気づかれるかわかりません。」

目を丸くしていると、白い歯を剥き出してニヤリ笑った。

「もちろん恐れてなどいませんが、出来る限り平穏無事なのが私の流儀でして…。」

よく見ると、ターバンの後ろに黒いスーツを着た神経質そうな痩せ細った男を連れている。

「こちらですか…貴方のために大サービス。この世界について最も詳しい人物、我らの創造主をお連れしました。」

創造主って…青白く長い顔…キョロキョロと落ち着きなく動き続ける両目…

「創造主でわかりませんか…回りくどく言ったつもりは無かったのですが説明が要るようですね。」

混沌の邪神はため息をついた。

「この御方はH.P.ラブクラフト。我らとこの世界の創造主です。もちろんゲームのキャラクターですが、ラブクラフトとしての知識や記憶、メンタルまで備えた本物と寸分違わぬ存在ですよ。つまり…」

つまり…………何ですか?

「このゲーム攻略のキーです。」

さらっと重要なことを言って、邪神とラブクラフトは僕のとなりに座った。

(三)

油をはぜる分厚いステーキがテーブルに置かれた。

塩コショウのみのシンプルな味付け

赤身でナイフが通りにくいほど硬い肉

ハフハフ言いながら夢中で頬張った。

食べながらふと考える。

口を通って胃のなかへ入る感覚

ヴァーチャルではあり得ない気がするけど

脳が騙されているだけなんだろうか…

目の前の神経質そうな男はスープを一口すすると窓の外に目をやった。

ターバンをした邪神は二人の様子をじっと眺めている。

「お腹は落ち着きましたか?」

はい、錯覚かわかりませんがもう食べられません…

「錯覚ねえ…この状況を分析しようと言うのですか…」

ええ、だって気持ちは落ち着きませんし…

「あなたは胡蝶の夢という話をご存知ですか?」

はい、漢文の授業とかで…確か

「現実は夢、夢は現実…意識を中心として存在する限り、ヴァーチャルとかリアルとかの区分は無意味となるのかもしれません。」

すみません。僕には意味がよくわからないというか…

「まあいいでしょう。世の中には考えても仕方ないことがあるということです。あなたはお腹が減って腹を満たした。それが大事、それで十分。」

うーん、わかったような…わからないような。

邪神はラブクラフトを見た。

「我らは彼に産み出されたとされていますが果たしてどうか………。」

ち、違うんですか?

邪神は薄く微笑んだ。

「元々存在する我らが、彼の意識を支配して産み出させたとしたら……。」

えっ…なるほどそう考えると…。

「どちらが真実だと思いますか?」

う、うーん。どっちと言われても…

「フフン…それはどちらでもいいのです。」

ええっ…でも自分の存在って

「永劫の時の中ではどうでもいいこと…大切なのは我らにせよ、あなたにせよ今ここに存在しているということ。」

えっと…話がだんだんわからなく…

「難しいですか…私の話はここまでにしましょう。」

邪神はラブクラフトの方を顎でしゃくった。

「彼にこそ聞きたいことがあるでしょう。」

(四)

ガタン…

列車がブレーキをかけた。

駅についたようだ。

PHENIX…中西部のフェニックスか。映画か何かで聞いたことある。

人々が乗り降りしている。

駅舎ごしに見える夜の町でも、人々がのんびり語り合ったり、バーテンが仕事をしている様子が見える。

何度も思うがゲームの中であることを忘れそう。

ナイアルラトホテップの理屈

AIでも何でも、目の前に存在しているということが大事でそれ以上のことは重要じゃないということ

なんとなくわかるような気がしてきた。

僕にとって大切なことは、目の前にいる顔の長い神経質そうな男から情報を得ることだ。

「あの、ラブクラフトさん…」

カシャン…

男は手にしたスプーンをスープの中に落とした。

「何かね………申し訳ない、僕は人と話すのが苦手でね。」

男は伏し目がちにキョロキョロ視線をうろつかす。

「僕らはオーベット・マーシュの行方を探して…」

食いぎみに返事が帰ってくる。

「ああ狂信者の首魁の…彼ならインスマウスの呪われた屋敷にいるはずだよ。そういう設定だから…」

原作はそうでもゲームでもそうなんだろうか?でもこのラブクラフトはゲームのキャラだから…

「質問はもういい?僕は忙しくってね…」

おっと…いろいろ聞かなくっちゃ。

「オーベットはクトゥルーを呼び出そうとしているんでしょうか?」

ラブクラフトはイライラしたように見えた。

「オーベットはクトゥルーを崇めている。クトゥルーに再びこの宇宙を支配させたいはずだよ。けどね…崇める存在を呼び出したりするんだろうか。」

あー、聞き方を間違って怒らせた。

「オーベットはどうやって、クトゥルーの宇宙支配の手助けしようとしているんでしょうか?」

ラブクラフトの顔が柔らかいだ。今度は大丈夫だったらしい。

「クトゥルーはルルイエに閉じ込められている。何らかの形で、この世界とルルイエを結べれば呪縛が解けるはずだ。」

邪神が会話に割って入った。

「はい…ここがポイントですよ。結べば終わり…結び目がほどければ……。」

頭の中でその言葉がぐるぐる回った。

ガタン…

列車が駅を出た。

そして目の前の二人はいつの間にか居なくなっていた。








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