第9話 手がかり
(一)
「うーん、おそらくそれはシャクラーイだ。本来は砂漠の悪霊だから、河原なんかにいるわけないんだけどねえ。」
あのあと部に戻って先輩方に襲われたことを話した。
みんなで河原に戻ったが、あんなにあったカラス?の死骸はきれいさっぱり消え失せていた。
そして今日、左近寺先輩が襲ってきた化物の正体を調べてくれたのだ。
「群れで襲って魂を吸いとり殺す。以前襲ってきたミリ・ニグリよりずっと恐ろしい敵だ。たった二人でよく切り抜けたね。」
紗耶香ちゃんがフルフル首を振った。
「紗耶香は何もしてないよ。堀田君が凄かったの。あのたぬきさん…本当に強いなあ。」
僕は誇らしげ、いやそれを越えて有頂天だ。
見た目は可愛いけど、僕の分福茶釜は賀茂先輩や左近寺先輩の霊体よりずっと強いんじゃないか。
「調子に乗ってるんじゃないだろうね。」
賀茂先輩がぎろりと睨む。
そ…そんなことありませんてば!
「そうだよ。ミリ・ニグリにせよ、シャクラーイにせよ、先日のグールにせよ、あくまで邪神に仕える下級の卷族にすぎないからね。他にもっと強いのがいっぱいいるんだよ。」
どんな強い相手でもやってみないとわからないですよ…
「あっ、お前いま反抗的な顔しただろう!」
賀茂先輩、そんなことありません。でも…心が読めるんですか!あっ、暴力反対…胸ぐらつかまないでください。
「やめなよ…もはや彼は貴重な戦力だ。それに、この部に関わったせいか敵のターゲットになっているようだしね。」
賀茂先輩はチッと舌を鳴らして手を離した。
「いいかい、これだけは言っとくよ。実力の過信は命取りだからね!」
(二)
「さあ途中経過を発表してもらおうか。」
古びてぎしぎしいう木製ラウンドテーブルを囲んで、賀茂、左近寺、入来院の各先輩、福西顧問、紗耶香ちゃんと僕が座る。
「ゲームの配信元をつきとめた。」
!!!!!
「どこだ!」
賀茂先輩が立ち上がった。
「インクアノックというアメリカ企業だ。」
左近寺先輩がスマホを使って検索する。
「…夢の国にあるという都市の名と同じだね。代表の名は…オーベット・マーシュか。」
福西顧問が驚く。
「その名は確か…。」
左近寺先輩が頷いた。
「はい…小説に出てくるルルイエ教団の教祖ですね。邪神クトゥルーを信奉するという…。」
ルルイエ…クトゥルー?何のこと…小説に出てくるって
「きょとんとしてるね。」
左近寺先輩が僕の顔を覗き込んだ。
「混乱したときはイメージしてごらん。ここにくるまで魔法自体が小説の世界のことだったろう。」
まあ、そうですね。
「それが成り立つなら小説の登場人物が現実に存在するってこともあり、そう思わないかい。そもそもラブクラフトの著作は、まったくの想像に基づくわけではなく取材に基づいたイメージだから、そこに現実が混入している可能性は無いとは言いきれない。」
えっ、でも20世紀初頭が舞台ですよね。
「子孫って可能性あるだろう…まぁ、本人かもしれないけど。」
賀茂先輩が話を遮る。
「インクアノックという企業は何をしている会社なんだ。」
左近寺先輩がスマホを見ながら答える。
「ビジネスツールを中心に、クラウド管理やらネットどっぷりの企業らしいね。ただ、ゲーム配信とかは行っていないようだ。」
賀茂先輩が豊満な胸の前で腕組みする。
「ネット運用のスキルは十分…ゲーム配信を行っていないのが、かえって怪しいね。ただ、気にくわない。」
「どこがだい…。」
「これ見よがしだろう。少しラブクラフトをかじっていれば気づく会社名に代表者名。罠の臭いがプンプンするね。」
「罠でなくても、尻尾を出さない自信があるんだろう。ゲーム自体があんなに徹底したセキュリティを持っているんだから…。そう考えれば、会社名や代表者名は敵というより信者に向けたメッセージかもしれないね。」
(三)
わかった!そう思った。
「あのターバンの男がオーベット何とか…どうですこの推理。」
左近寺先輩が頭を振る。
「おそらく…違うと思うよ。」
ええっ、ゲームの親玉がオーベット何とかなら、化物を操っているのもそうじゃないんですか?
「ラブクラフトの著作や数々の記録に出てくるターバンの男とルルイエ教団は関係ない。旧支配者というカテゴリーは同じでも属する邪神が違うんだよ。」
へっ、旧支配者?地球の…
「地球じゃなくて宇宙のね。宇宙的レベルの支配者。」
う、う、う、宇宙って?
「いきなりは混乱するよね。ミクロ的に話した方がわかるかも…。まずね、ルルイエ教団が信奉しているのはクトゥルーという邪神。遠い昔に宇宙的規模の戦いに敗れ、深海の底のルルイエという神殿で眠ったまま復活を夢見る存在だ。その頭部は巨大なイカのようでもタコのようでもあり、翼を持ち無数の触手、鱗ある胴体、鉤爪のある手足で表現される。」
宇宙的規模ってスター・ウォーズ?
それとイカ、タコ…鱗って想像がついていかない。
「ターバンの男が仕えるのは、同じ旧支配者でありながらクトゥルーと敵対する存在だ。万物の王にして盲目の痴愚の神と呼ばれるアザトース。元々は秩序を司っていたが、戦いに敗れた彼は知能を奪われ、次元の狭間に幽閉されているという。その姿は謎、なぜなら姿を見たら発狂すると言われているからだ。」
(四)
「じゃターバンの男は、アザトースを信奉する教団の教祖なんですか?」
「そんなレベルじゃないよ。」
左近寺先輩は食いぎみに否定した。
「どういうことですか?」
何度も姿を見た僕は興味が尽きない。
「彼自身が邪神だからさ…。」
えっ…僕は絶句した。ロープレで冒険序盤にボスキャラに遭遇した気分
「彼の名はナイアルラトホテップ。アザトースの使者であり、秩序に対して混沌を司る神。人間として暮らしたことがあり、古代ローマ貴族のハエク・ヴィブルニアという名だったとラブクラフトは書簡に残している。旧支配者だが人間としばしば関わり、意味不明の行動をする曲者、変わり者でもある。無貌の神とも呼ばれ変幻自在、スフィンクスはナイアルラトホテップがモデルとも言われるが、円錐形の頭部と不定形の肉の固まりで現れたという記述もあり、その真の姿は謎につつまれている。」
そ、そ、そんな大物…僕しか見てないということは、もしかして目をつけられてる?
「次にターバンを見たとしても、決して近づくんじゃないよ。邪神ナイアルラトホテップが本気になれば、あんたなんか一瞬でチリに分解されてしまうよ。」
わかってます。僕にはそんな勇気ありませんよ…
「しかし…クトゥルーと敵対しておるなら何故、クトゥルー信奉者の企みを解こうとする我々の邪魔をするんじゃろうな。」
福西顧問が首をかしげた。
「そのあたりが、ナイアルラトホテップのナイアルラトホテップたる所以ですよ。混沌を司る神として、その行動も不条理そのもの…理由を探っても決してわからないでしょう。」
左近寺先輩が大袈裟に肩をすくめて見せた。
ああ、そんな大物…
僕は何気なく窓の外を見た。薄暮の新校舎が見える。
あれっ、屋上に白いスーツにターバンの男が…
「せ、せ、先輩、屋上、屋上に…た、た、ターバン。」
賀茂先輩が跳ねるように立ち上がり、旧校舎の外へ向かって走った。
僕らも慌てて後を追う。
旧校舎を出たところで賀茂先輩は立ち尽くしていた。
「いないじゃないか。本当に見たのか?」
た、確かに…見間違いじゃない自信があります。
「変幻自在、神出鬼没。いかにもナイアルラトホテップらしいじゃないか。」
左近寺先輩、フォローありがとうございます。
「でもー、なんで堀田君にしか姿を見せないのかしら。」
紗耶香ちゃん、それ僕が一番知りたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます