平馬がゆく
嵯峨嶋 掌
Prologue
夕闇の中にこだまするのは、人のざわめきだけではない。
通りの喧騒にまぎれて
・・・・それと悟った。
急ぎ足で表通りから
風が生あたたかいのは、そこに何かが蠢いているからである。それは、ざわざわとした感覚にも似ている。ときには、総毛立つこともある。風の流れの境目にひょいと現れてはたちまち消え失せる
平馬にはそれが
感じるのではなく、色彩として視える。けれど、その色合いのほどを
・・・・そもそも平馬は文字というものが嫌いなのだ。読み書きが苦手なのではない。むしろ大陸、半島のさまざまな経典や古咒書、伝承古文書などを暗喩している。
けれど、どうにもこうにも文字の羅列、というものにはいまだに信が置けない。むしろ、五感で感得し、その情報を色彩化させたもろもろの立体的質感として、平馬はとらえる。言詞には成し得ないものにこそ、真理が潜むことを師の
いま、十五歳。
といえば、この時代、十分に
ところが。
平馬には人並みの暮しというものができない事情を抱えていたし、また、ある意味、この少年は厳密には‘ひと’ではないのかもしれない・・・・。
いわば、修行僧や
その
ちなみに、一日三食が定着していったのも、元祿時代以降のことである。それまでは、庶民も武士も貴族も一日二食が当たり前であった。(富貴の者は、夜に餅菓子や甘系の加工物を食した記録が残っている。)いま、十五歳の平馬の時代は、まだ一日二食なのだとおぼえておけばいい。
さて。
平馬の横顔だけをみれば、誰もが女人だと
性の境界というものがあるとすれば、あるいは平馬は、まだどちらの性をも帯びていないのかもしれなかった。
それは。
師の不移山人が平馬にかけた
いままさに。
ここ数日、平馬を悩ませていたのは、
鞍馬時代から平馬の頭や肩をとまり木にして、懐いてきた河童烏のまことの名は平馬は知らない。便宜上、そう名づけてやったものの
第一、人には見えない。
もっとも平馬のように
それには理由がある。
河童烏は、ほとんど喋らないし鳴きもしない。ときおり、ふう、ぐぅ、ひぃ、といった、人に
・・・・三日前の黄昏時もそうだった。
川べりを歩いていた平馬に突如として手裏剣が四方から飛んできた。伊賀者である。
平馬にとっては宿敵とも呼べる相手であった。
かろうじて手裏剣を
・・・・それが最後の河童烏の抵抗で、そのまま巨大な手で掴まれたまま、覆面の連中も手裏剣を投げてきた伊賀者らもふっと
それから毎日、外を駆けては河童烏を、捜していたのだ・・・・。
ところで。
駆けながら両の腕を後ろに回し、左手で鞘を握った。いざというとき、右側から
浪人の次男坊。
と、いうことになっている。実はさる大名家の
・・・・平馬自身、そんなことは思慮の
そればかりか、悪障を
「
横合いから聴き慣れた声がした。年寄りのわりには甲高いその音質は、竹沢
あるいは。
なにものかが左京衛門に化けているのか。
くるりと平馬は
すると、左京衛門は皺の多い顔にさらに刻みを増やして、
「な、なにごとでござるか」
と、
たまたま平馬を通りで見かけたのか、捜していたのか、息咳きって肩で息をしている。
「
「あっ!す、すみませぬ」
ようやく得心して、平馬は左京衛門の
「さて、若よ、昨晩も姿をくらまして・・・・ほうぼう駆けずり回って、一体、なにごとでしょうや。困りますぞ、まことに、難儀でござりますぞよ、勝手に市中をうろつかれては・・・・」
竹沢左京衛門は、福井藩の
「
それだけ言うと、白髪混じりの
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