約束の写真

平 凡蔵。

第1話

「えーい。これも捨てるか。」

真二郎は、1LDKの自宅のマンションで、左手に持った大きなゴミ袋に、やけくそ気味に、大切にしていた中島みゆきさんのCDを放り込んだ。


来月、結婚をして、新居に引っ越すのに、少しでも自分の荷物を減らそうと、この2週間ほど、時間があれば、断捨離をしているのである。


「しかし、マリ子と結婚するとは、思ってもいなかったな。本当に、やっていけるのかな。」

真二郎が、心配しているのは、20歳という年齢の差だった。


実は、マリ子は、真二郎の高校の教え子なのである。

教え子だけには、下世話な言い方だが、手を付けないというルールを自分に課せていた真二郎だったが、マリ子が高3の時だったか、進学するか就職するか迷っていた時に、相談に乗ったのがきっかけで、その後、映画の趣味が同じ香港映画ということもあって、一緒に映画を見に行くようになって、それが、気が付くと、自分に課したルールを忘れて付き合っていた。

そして、卒業を機に結婚へと進んだのだ。


「まあ、悩んでいても仕方がない。マリ子を愛しているという、今の気持ちに素直になろう。」そう自分に言い聞かせて、机の引き出しを整理していると、白い封筒に入った1枚の写真を見つけた。


大学の校舎の前で、真二郎が写っている。

そして、その横に知らない女性がいる。

「誰だろう。」

不審に思って裏を返したら、「生まれ変わったら、一緒になろうね」と書かれているじゃないか。

そして、その文字の下に、「真二郎 怜子」とある。


確かに、写真に写っているのは僕だと、真二郎は確認するように、写真を目の前に持って来て、見入った。

間違いがない。

しかも、写真の裏の名前も、真二郎とある。


なのだが、隣の女性が分からない。

「怜子」って誰なんだ。

どうしても、思いだせない。


大学時代の友人の顔を思い出しながら、写真を見比べる。

いや、それでも、まったくもって、思いださないのだ。


「それにしても、『生まれ変わったら、一緒になろうね』なんて、こんなことを書いていたなんて、芝居がかってて、若いなあ。」

と、学生時代を懐かしく思いだしながら、しばらく眺めていたが、いや、それにしても、一体、この女性は誰なんだと、またも写真に見入る。


或いは、忘れてしはまったが、実は同級生で、遊び半分で、こんなゲームをやったのだろうか。

いや、それにしては、封筒に入れて大切にしまってあった。

真二郎は、自分がやったことなのに、どこか、自分には関係ない写真であるような気がして、誰か覚えていない焦りと、どこか、のんびりとした懐かしい気持ちで、ただ眺めていたのである。


その写真の中の、男女は、お互いに30センチほどの距離を置いて、校門の前に立っている。

生まれ変わったら一緒になろうという割には、愛しているもの同士の親密な感じも出ていないし、どことなく、人生を達観したような、言い換えれば、人生を諦めたような表情にも見える。


一体誰なんだ。

暫く、写真を前に思いだそうとしていたが、その作業も意味がなく感じるほど、次第に、どうでもよくなっている自分がいた。


とはいうものの、こんな写真をマリ子との新居に持って行ったら、これは大変なことになるだろう。

マリ子に見つかったらと思うと、ぞっとした。

「これは、捨てよう。」

そう言って、ゴミ袋に放り込んだ。


そんなことがあった、2週間後、真二郎は、結婚の報告も兼ねて、学生時代の友人と、居酒屋で飲んでいた。

換気扇の調子が悪いのか、焼き鳥の煙が店中に充満して煙っている。


30分ぐらいしたころ、真二郎は、匠とルリに、話を切り出した。

「あのさあ。この写真に写ってる女性誰だか知ってる?」

真二郎は、捨てた筈の写真を、どうも気になって、また拾い出して、持っていたのだ。


その写真を見た、匠とルリは、絶句した。

そして、匠は、目を見開いて、真二郎を睨むように言った。

「お前、どうしたんだ。冗談で言ってるのか。お前、それじゃ、たとえ、冗談でも、人間失格だぞ。」

本気で怒っている様子だ。


ルリも、「ウソでしょ。」と、真二郎の顔を覗き込むように窺った。


その反応を見て、真二郎は、やっぱり、この女性と何かあったことを知った。

でも、誰だか思いだせない。


「いや、本当に、思いだせないんだ。」

そう言うと、匠は、「お前、ホント、最低だな。俺は帰る。」と言って席を立った。

いや、何があったんだ。

この女性と何があって、匠は怒っているのだ。


真二郎は、焦って、「ま、待ってくれ。話を聞いてくれ。いや、聞かせてくれ。頼む。本当に頼む。」と匠の手を握って、必死で頼み込んだ。


「ねえ、匠君。ちょっと待って。真ちゃんが、忘れてるのも、ホントのことかもしれないよ。あまりの衝撃で、それがトラウマになって、自分でも思いだせないことになってるんじゃないかな。一種の精神病みたいに。そんなことあるかもだよ。だから、話を聞いてみよ。ねえ。」

そういって、ルリが匠を説得した。


「本当に、覚えてないんだ。実は、机の中を整理してたら、この写真が出て来たんだ。」


匠は、どうしようもないと言った表情で、「はーっ。」と大袈裟にため息をついた。

「お前、この怜子さんと付き合ってたのは覚えているのか。」

「この女性と付き合っていた、、、、。いや、だから、顔も覚えてないし、その怜子っていう名前も覚えてないんだ。」

「やっぱり、病気なのかも。」ルリが言った。


「病気でも、なんでも、それじゃ、怜子ちゃんが可哀想だよ。お前、この怜子ちゃんと付き合ってたんだよ。それで、あ、じゃ、あの事件の事も覚えていないんだな。お前と怜子ちゃん、心中しようとしただろう。親の反対にあって、それでも結婚したいって。でも、それが出来ないのならっていうんで、心中したんだよ。覚えているか。」

「いや、思いだせない。」


「なんてやつだ。それで、学校の校庭の樟の木の下で睡眠薬を大量に飲んで心中したんだ。でも、発見が早くて、お前だけが助かったんだよ。玲子ちゃんだけ死んだ。それから、1年ぐらい、お前、何も考えられなくなって、半分死人みたいにボンヤリしてただろう。覚えているか。」

「いや、覚えてない。でも、そういえば、大学3年のこと何一つ覚えていない気がする。その1年だけ、スパッと記憶がない。」


真二郎は、今聞いた話を全く覚えていなかった。

しかし、話を聞くと、どれだけ酷いことをしてきたのか。


それにしても、怜子さんとは、どんな女の子だったのだろうか。

そんなことも覚えていないことが、真二郎自身、不思議だった。


「やっぱり覚えていない?」そうルリが聞いた後に、ルリが続けた。

「病気だよ。絶対に病気だ。今度、精神科に見て貰った方がいいよ。そしたら、思いだすかもしれない。いや、そんなツライ過去を思いだしたくないか。いや、怜子さんの為にも思いだすべきだよね、そうだよね。でなきゃ、怜子さんが可哀想じゃない。でも、怜子さんは、死んじゃったんだし、今、真ちゃんが思いだしても、今度は、真ちゃんがツライだけだよね。もう、どうしたらいいの。」

と、本気で心配してくれているのだろう、コップのビールを、勢いよく飲み干したと思ったら、「コン。」と、割れるんじゃないかと驚くぐらいの音をさせて、コップをテーブルに置いた。


「どうしたものだろうね。」さっきの勢いは消えて、何か落ち込んだような声で、匠が答えた。


その日は、それ以上の解決策もなく、また他に話題を振る余裕もなく、少し飲んで別れた。

帰り道、「ああ、僕は、なんてひどいことをしたのだろう。しかも、それを覚えていないなんて。」と、自己嫌悪になりながら、トボトボと歩いて帰った。

帰り道にある観音橋のどぶ川の腐ったような匂いが、今日は特にひどい気がする。

そう思ったら、「ポチャン。」と魚の水面を跳ねる音がした。


マンションに着くと、マリ子が、勝手に真二郎の部屋に入って待っていた。

「あ、勝手に入ってるよ。」

「ああ、今まで、飲んでいたんだ。」

「そうみたいね。でも、何か暗くない?」

そういって、マリ子は、真二郎の顔を覗き込んだ。


「そうかな。ちょっと、学生時代の嫌な思い出を考えていてというか、思いだしちゃったというか。」


そう答えると、マリ子は、真二郎の顔を、ジッと見て、言った。

「ねえ、ひょっとして、机の中の写真、見た?」


それを聞いて、真二郎は、びっくりした。

と同時に、どう答えるか迷ったのである。

学生時代の、怜子との話をすべきなのか。

マリ子は、これから結婚しようとする女性だ。

話すべきなのかもしれない。

いや、話すべきではないだろう。

知ったところで、これからの二人の将来に良い結果が出る訳がない。


いや、その前に、マリ子は、どうして写真の事を知っているのだ。

留守の時に、机の中を探っていたのか。

マリ子は、写真に写っている女性とのことを知っているのか。

いや、そんな筈はない、僕だって思いだせなかった事だ、マリ子が知っている理屈はないと、自分自身に説明をするように考えていた。


真二郎は、混乱した頭で、マリ子への返事を考えるが、何も言えなかった。

すると、マリ子は、いたずらっぽい顔をして、真二郎を見つめながら言った。

「あのさあ。まだ分からない?ううん、まだ思いだせない?」


何を言っているのだ。どういうことだと焦る。

「だから、あたしの事、思いだせないの?」

「マリ子のこと、、、。」

「あ、そうだ。あたし顔も変わっちゃったからね。まあ、そうなのかもね。あたしよ、怜子よ。」


真二郎は、そう言ったマリ子の言葉の意味が理解できなかった。

マリ子が、怜子。

何を言っているのだ。


いや、しかし、怜子と言う名前をどうして知っているのだ。

ありえないじゃないか。

僕だって、忘れていた名前なのにと真二郎は思った。


「え、マリ子が、怜子、、、。どういうこと。」

それだけ返した。


「ふーん。やっぱり忘れてるんだ。あー、もー、やーだ。やーだ。やーだ。あのねえ、あの写真に写っているのは、怜子でしょ。そんで、あの時、あたしたち愛し合ってたでしょ。で、反対されて、心中をしたじゃない。まあ、あたしは素直に死んじゃったけど、あなただけ生き残った。でも、あの時、約束したよね。あたしと。『生まれ変わったら、一緒になろうね。』って。だから、あたし生まれ変わって来たのよ。」

そう言って、マリ子は、ニヤリと笑った。


「生まれ変わってきた。そんな事、本当にあるわけないじゃいか。」

「あー、やーだ。だから、今ここにあたしがいるじゃない。それが証明よ。生まれ変わりはあるの。普通はね、生まれ変わる時に、前世の事は忘れる仕組みになってるの。でも、1万人にひとりぐらいかな、来世に強い気持ちを持っている人だけが、前世の記憶を持ったまま生まれてこれるの。それが、あたしなの。」


真二郎は、絶句した。

いや、それが本当だとしたらと考えたら、何か寒気がしたのである。

マリ子、否、怜子の執念のような愛が、重く真二郎の心にのしかかってくるのを感じた。


「あのさあ。真ちゃんも、薄情だよね。あたしが死んだのに、後を追ってくれなかったじゃない。あたし、あの世から、真ちゃんを見て泣いていたのよ。知らないでしょ。」

「いや、そんなこと言っても、たぶん、その時は、何が何だか分からない状態だったんじゃないかな。」


「でも、ずっと、あたしの事、忘れてたんだよね。そうでしょ。まあ、いいや。こうやって、本当に生まれ変わって、一緒になれたんだもん。ねっ。」

マリ子は、うれしそうに真二郎を見て、唇を尖がらせた。

「はい。チューは?」

「あ、うん。」真二郎は、そっとキスをしたが、すぐに唇を離した。


真二郎が、学生時代に付き合っていた怜子と心中をして、真二郎だけが助かった。

そして、怜子は、生まれ変わって、マリ子になって、これから真二郎と結婚しようとしている。

すぐには納得できない話だけれど、そう考えると、マリ子の話と、友人の話が結びつく。


でも、時間が欲しかった。

心の中を整理する時間が。


「今日は、少し飲み過ぎたみたいだから、また明日、話をしよう。明日は、ふたりで家具を見に行く約束だっただろ。10時に迎えに行くよ。」

「そうね。今日の内に、よく、あたしの事を思いだしておいてよ。じゃ、明日ね。」そう言ってマリ子は帰っていった。


マリ子がドアのところで靴を履いている時に、一言聞いた。

「あのさ、僕と一緒になろうって、昔から考えていたの?」

「決まってるじゃん。中学の時に、あなたを見つけて、ずっと一緒になるの夢見てたのよ。」

手のひらに汗が吹き出しいているのを感じた。


部屋で一人になって真二郎は考えていた。

僕は、マリ子を愛している。

マリ子も、僕を愛してくれているだろう。

それは間違いがない。


いや、その愛してくれる執念がスゴイのだ。

前世から、この世に持ち越して、それで僕を探して見つけだして、僕に接近した。

その執念を考えると怖い。

理屈抜きに、恐くて仕方がないのだ。


このまま結婚して、同じ温度で暮らしていけるのだろうか。

あまりにも強烈な執念に、真二郎は怖気づいてしまっていた。

そして、こんな考えが、ぼんやりと真二郎の頭に浮かんできつつあった。

「別れよう。やっぱり結婚生活は無理だ。マリ子の愛が重すぎる。」

明日また、マリ子と話してみるべきだな。

そんなことを考えて、アルコールの力を借りて眠った。


真二郎のマンションを出たマリ子は考えていた。

ああ、やっぱり男は信じられない生き物なんだ。

いや、男と言うより真二郎さんね。

あれだけ、生まれ変わったら一緒になろうねって、約束したのに、あたしのことも、すっかり忘れてるんだもん。

というか、その約束のことも忘れてたみたいだし。

やっぱ、信じられないわ。


冷静に考えればさ、あたし、詰まり怜子ね、と一緒になる約束したのに、それを忘れてマリ子、これもわたしなんだけど、マリ子と結婚するんだよ。

これって、心変わりしたってことじゃない。


まあ、もちろん、怜子もマリ子も、あたしだから、あたしと一緒になるって約束は守られることになるんだけれどさ、結果的にはね。

でも、マリ子と結婚する時点で、怜子の事を忘れてるんだもんね。

これってさ、約束破って、他の女と結婚するってことと同じじゃない。


ああ、やっぱ、真ちゃんのことが信じられない。

きっと結婚しても、あたし以外の人を好きになるに違いないわ。

絶対そうよ。

あたし、真ちゃんの愛が、100パーセントあたしに向いてないと嫌なの。

せっかく一緒になったのに、たとえ数パーセントでも、他の女性の事考えるなんて嫌だ。

100パーセント、真ちゃんと一緒じゃないと嫌だ。


「でも。」と言って、怜子は、優しい顔になって、下腹部を何度もさすった。

「いつ、真ちゃんに言おうかしら。赤ちゃんが出来たこと。」と微笑みながら呟いた。


そして、次の日になった。

真二郎とマリ子は、これから新居に置く家具を見るために待ち合わせをしている。

喫茶店で、後から来た真二郎に、先日撮った写真を見せた。

まだ、家具もない何もない新居の部屋で、2人で並んで立っている写真だ。


「ねえ、今度こそは、一緒になろうね。だから、この写真の裏に、書いたのよ。」

見ると、「生まれ変わったら、一緒になろうね」と書かれている。

真二郎は、全身に鳥肌が立った。


「はい。ここにあなたの名前も書いて。」

「なんだよ。気持ち悪いよ。いやだよ。」真二郎は、怖かった。


「どうしてよ。あなたの愛は、その程度なの。それに、これから結婚するんでしょ。でも、この世だけじゃなくて、次に生まれ変わっても、ずっと、ずーっと、永遠に一緒になりたいじゃない。だから書いておくのよ。嫌なの、真ちゃん。」


そのマリ子の押しに負けて、真二郎は、名前を書いた。

マリ子は、うれしそうに写真を見ていたかと思うと、白い封筒に入れてバッグに仕舞った。


それから、喫茶店を出て家具センターに向かう。

駅のホームで待つ真二郎とマリ子。

あたりには、誰もいない。


真二郎は、考えていた。

「やっぱり、無理だ。こんな気持ちの悪いマリ子とは、暮らしていけない。なんだよ。また変な写真に名前を書かされたよ。生まれ変わったらって、これから新しい生活をするのに、気持ち悪いよ。」


マリ子は考えていた。

「やっぱり、真ちゃんは、あたしのことを裏切るわ。それは絶対に嫌。真ちゃんは、100パーセントあたしのものじゃなきゃ嫌だ。でも、さっき、写真の裏に名前を書いたよね。ねえ、あなた知らないでしょ。写真の裏に書いたメッセージにサインをしたら、それが現実になるのよ。だから、あなたは、たとえ生まれ変わっても、またあたしと一緒になる運命が決まっちゃったんだから。もう諦めてね。」


ホームに電車が近づいて来る。

真二郎は考えていた。

「やっぱり別れよう。」

マリ子は考えていた。

「今度、生まれ変わったら、100パーセントあたしのもの。」

その瞬間、マリ子は真二郎をホームの外に押し倒していた。

やってくる電車の急ブレーキは効かない。

真二郎を轢いた電車が停まった頃、そこにマリ子の姿はなかった。


それから1か月経った頃だ。

死んだ真二郎は、雲の上にいた。

そして、次に生まれ変わるべく下界を見下ろしている。

「いや、あっちの親は金持ちそうだなあ。あっちに生まれたいな。それに比べて、こっちは、喧嘩ばっかりしてるし、なんか嫌だな。」

すると、後ろにいたあの世の番人が言った。

「あのなあ。それは、わしが決めることや。どこに生まれるか、その時の気分次第や。」

「そんなあ。番人さん、あっちにしてください。お願いしますわ。」


しばらく、下界を見下ろしていた真二郎に、あの世の番人が、「よし、あそこだ。」そういって、真二郎の背中をポンと押し出した。


あの世の番人の手には、マリ子がサインをしろと言った写真が握られていた。

「よし、願いを叶えてやったぞ。」そういって、意味ありげに笑った。


雲の上から、落ちて行く間に、真二郎は気を失ってしまった。

気が付くと、柔らかい布団のようなものにくるまって寝ていた。

「ああ、温かい。これが子宮の中なんだな。気持ちが良いなあ。だんだん、前世の記憶が薄らいでいくよ。もう、怜子のこともマリ子のことも忘れてしまおう。少し眠たくなってきたな。ああ、気持ちがいいなあ。」

ウトウトとする真二郎の耳に聞きなれた声が聞こえてくる。


「真ちゃん、もう、あたしのお腹に入ったのね。あたし分かるのよ。人間はね、受精してもまだ、人格がないのよ。でも、3ヶ月ぐらいしたら、あの世から新しい魂が降りてくるのね。今、あたしの赤ちゃんに新しい魂が入ったの分かったわ。ねえ、あなたでしょ。真ちゃん。だって、あたし、あの写真にお願いをしたもの。生まれ変わったら一緒になろうねって写真の言葉が現実になりますようにってね。きっと番人さんが、願いを叶えてくれたのよ。」


それを聞いて真二郎は、愕然とした。

選りによって、マリ子の赤ちゃんとして生まれ変わってしまうのか。

「嫌だ。」真二郎は、叫んだ。

でも、声にならない。


マリ子は、マリア様のような、優しいほほえみで、お腹をさすって、お腹の中の赤ちゃんに語りかけている。

幸せの絶頂だった。


そして、お腹の中の赤ちゃんに向かって呟いた。

「これで、あたしたち、一緒だね。もう、恋人じゃなくてもいいや。これで、本当に一緒になれる。真ちゃん、あなたは100パーセントあたしのものになったのよ。これで生まれ変わって、本当に一緒になれたのよね。」


それを聞いた真二郎は、身震いするほどの恐怖を覚えた。

これからの人生を考えると、心底、怖かった。

「助けてくれー。だれか、助けてくれー。」

いくら叫んでも、誰にも聞こえないし、何も変わらない。


暫く、恐怖に身もだえしていたが、やがて温かさに、ウトウトとしだして、眠ってしまった。

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約束の写真 平 凡蔵。 @tairabonzou

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