第17話 親友が知人の保証人になって闇金デビューしていた件

「あー。えーと。とりあえず、ご注文は?」

「お、おお。じゃあ、あの、コーヒー。なんか、おススメのヤツで」

「か、かしこまりました」

「…………………」



 とても気まずいのですが、どうしたら良いですか。



 マスターが言っていた。

 裏メニューを希望するお客様には、まず会話。

 どこまでも寄り添って、信頼関係を築くところがスタート。


 初代のマスターの奥さんも、先代のマスターも、そして当代の三姉妹もそうしているとレクチャーされた。

 僕だってもう『花園』の一員だ。

 自覚を持って、プロ意識も持って。


「えーと。邦夫くん。大学で会った時と、なんて言うか、喋り方が違うね?」

「え!? あ、おう。……あれ、キャラ作りだから」

「あ……。そう、なんだ。大学って、大変なんだね」

「…………………」



 マスター。僕にはまだちょっと、荷が重いです。



 目の前にいるのは素行の悪いロナウジーニョみたいな金髪ドレッドな僕の親友。

 そんな彼が、カフェを訪ねて、裏メニューを所望する。

 さぞかし困っているのだろう。

 しかし、親友だったからこそ、聞き出し方が分からない。


 そんな時に頼れる、うちのお姉さんが立ち上がった。


「仕方がないなぁ、青菜くんもドレッドくんも! ここはお姉さんが間に入ってあげよう! 良いかね、2人とも!」

「ら、蘭々さん! 助かります!!」


「うべっ!? な、中仮屋なかかりや先輩!? なんで先輩がここにいらっしゃるんすか!?」

「あれ? 邦夫くん、蘭々さんの事を知ってるんだ?」


「知ってるなんてもんじゃねぇべ! 中仮屋先輩って言ったら、大学で一番の才女で、かつ2年連続のミス御九郎ごくろうだもんよ! 知らねぇヤツはもぐりだって!」

「えっへん! 青菜くん、お姉さんの凄さを知ったかね? あたしは女子大生を謳歌しているのだよ! 恐れ入ったか! にゃっはっは!」


 恐れ入りました。

 普段のぐでたま蘭々さんの印象が強すぎたので、そんな想像できるはずがないです。


 そう言われてみれば、蘭々さんは超のつく美人だ。

 結婚詐欺師を簡単に転がせるくらいの美貌の持主。


 大学でミスコンの女王になっているのも、もしかしたら『花園』の活動のためなのかもしれない。

 やっぱり凄い人だなぁ。



 カフェにいる時は、下手すると牛乳飲むのにも僕の手を借りるのに。



「お、お前! 青菜! すげぇな! 大学で見たときは変わってねぇと思ったけど、とんでもねぇ! な、中仮屋先輩の家でバイトしてんのかよ!」

「そんなにすごいことかな?」


 とりあえず、コーヒーが入ったので、カウンターに座る邦夫くんの手元へ。

 砂糖とクリームも置いて、先ほど動揺のあまり出しそびれていたおしぼりも一緒に差し出す。

 邦夫くんは軽く頭を下げて、コーヒーに口を付けた。


「あーおーなーさーん!! お友達の方ですかぁ!? ねえねえ、青菜さん! お友達の方ですね!? わたし、自己紹介しても良いですかぁ!? 良いですね!?」

「えっ!? ちょっ!? あお!? 青菜!? なんでその子、お前に抱きついてんの!?」


「はじめましてぇ! わたし、中仮屋芹香です! 青菜さんの事が大好きな高校二年生です! よろしくお願いしまぁす!!」

「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」


 なんだか事情は分からないけど、邦夫くんが痙攣している。

 大丈夫だろうか。AEDが必要なのだろうか。


「セリ姉! ダメだよ、急に出てったら! ほーら、青菜から離れて! あ、ウチは妹のたん……。妹です。ただの妹です!」

「うわぁー! ヤメてくださいよぉ、たんぽぽー! わたしも、こっちでお話聞きますぅー!!」

「た、たんぽぽって言うなー!! セリ姉のバカ、バカバカ!!」


「あお、おま、すげ、ひぃ。ごめ、おれ、ちょ。いい、って、ごめ!」



「邦夫くん!? 邦夫くん!!!」



 尋常じゃない汗をかきながら、僕の親友が椅子から転げ落ちた。

 そして、ちょっと何言ってるか分からない。


「えっとね、彼はこう言ってるね。青菜、お前すげぇよ。ごめんな、昼間会った時は。久しぶりで、ちょっとだけマウント取りたくなっただけなんだ。俺なんか及びもつかないリア充のお前に、調子の良い事言って本当にごめん。まさか、こんな可愛い三姉妹に囲まれてるとか、予想もしなくて」


「そんな事本当に言ってます!? 蘭々さん、適当に言ってないですか!?」


 すると芹香ちゃんが、無自覚に邦夫くんを仕留める一言を放った。

 やはり三姉妹のなかで最大火力を誇る格闘美少女。

 咄嗟の一言のチョイスが違うんだと思う。僕には分からないけど。


「ちなみに青菜さん、わたしたちと一緒に住んでまぁーす!!」


「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」



 この後、邦夫くんが落ち着くまで30分かかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ええと、つまり、邦夫くんはサークルの先輩の保証人になったってこと?」

「……すいやせん。そうなんですぁ。……青菜さん」

「ちょっと! ヤメてよ、邦夫くん! なんでそんな卑屈になってるの!?」


「いや、俺の親友が手の届かないステージに行っちまったかと思うと、つい」

「それ、まったく同じ感想を僕も昼間に思ったんだけど!?」


 僕の隣には芹香ちゃん。反対側にはたんぽぽちゃん。

 たんぽぽちゃんがパソコンをカタカタターンとやって、何やら情報を探している。


「じゃあ、昔みてぇな感じで喋るけど、いきなり出て行けとか言わねぇでな?」

「言わないよ! 僕が何に見えてるの!?」

天上人てんじょうびと

「分かりにくい! ツッコミしづらいよ!!」


「す、すまん!!」


 ちなみに天上人とは、天の上に住むような位の高い人を指すらしいです。

 殿上人てんじょうびととは似ているけど意味が違うので、要注意ですね。


「なんか、闇金で先輩が金借りるとか言って。名前書いてくれるだけで良いからって言うもんだから、契約書に名前書いて、印鑑押して……」

「そんなありがちな詐欺に……」


「だってよ! 妹が病気でとか言って、俺の前で泣くんだぜ!? そんなの、放っておけるかよ!!」


 この瞬間、ああ、邦夫くんは変わっていないなぁと思った。

 見た目の話はここではしないでおこう。


 見た目に全部持って行かれるから。


 とにかく、僕の知っている邦夫くんは、困っている人を見つけては助けて回る、ヒーローみたいな人だった。

 小学生の頃、上級生にリコーダーを取り上げられた僕の代わりに、我が身を呈して立ち向かってくれたのも邦夫くん。


 なんだ、全然変わってないじゃないか、君って人は。



 見た目以外は。



「オッケー! 情報出たよ! んっとね、闇金のデータ消すのはここからでも出来るけど、横山さんだっけ? 横山さんの家に押しかけて来たんだよね、闇金の怖い人」

「そうなんだよ……。いや、すげぇ剣幕でドア蹴りまくってさぁ。ビビって、財布とスマホだけ持って飛び出して来たんだ」


「じゃあ、今更データを改ざんしたところで手遅れだね。もう、根本的な部分を解決しないと」

「邦夫くん。ちなみに、その先輩は今どこに?」

「去年の中頃に大学辞めちまった。そっから、スマホも繋がんねぇし、連絡の取りようがないんだ」


「うひゃー。これは結構詰んでますねぇー。どうしましょうか? お姉ちゃーん?」

「お姉ちゃんはもう疲れちったよー。あとは、若い力でどうにかしなさーい」


 蘭々さんがリタイア宣言。

 すると、両隣の可愛い瞳が4つ、僕を見る。



「勝手が許されるなら、邦夫くんを助けてあげられないかな? 僕の親友なんだ」

「あ、青菜ぁ……! お、お前ぇ……!!」



「かしこまりましたぁ! 青菜さんの頼みをわたしが断ると思いますかぁ? この芹香にお任せあれ、です! さぁ、たんぽぽ、やりますよぉー!」

「うー。やっぱりウチもやるんだ。だよね、セリ姉だけじゃ絶対無理だもん。青菜、終わったらパンケーキだよ!」


「ありがとう、2人とも!」



 今回も巻き込まれてはいるけども、そうは言っていられない。

 当事者が僕の親友。


 本気にならない理由はなかった。

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