第二章
第15話 いざ入学式! ついてくるマスターと蘭々さん
この日をどんなに待ちわびた事だろう。
僕の1年間の頑張りが、いや、高校時代から数えたら4年間の頑張りが報われる日。
「あらぁー! んもぅ、青菜くんったら、スーツ似合うじゃないのぉ!」
「そうですか? ありがとうございます」
「ホントにとっても似合ってますよぉ! 写真撮って良いですか!? 写真!!」
「芹香ちゃんも高校の制服、可愛いね。ブレザーなんだ」
「えっ!? 可愛いですか!? わたし、可愛いですか!? 青菜さんの前でなら、スカートの丈もう10センチ短くしても平気ですよ!!」
「芹香ー。そんなにスカート折ったら、チラッとじゃなくて、常時見えちゃうよー。女の子は恥じらいが大事なんだぞー。ねー、青菜くーん?」
「蘭々さんって、そう言えば普段何をされてるんですか?」
「んー? 気になるかねー? お姉さんの生態がー。んふふー?」
「あれ? 青菜さんって知らないんでしたっけ? お姉ちゃんはですねぇ」
「ダメだよー、芹香ー。皆が知ってるけど青菜くんだけ知らないのが面白いんじゃないのー。内緒だよー。内緒ー」
ニートですかって聞きにくいったらないですね!!
「あー! 青菜、ネクタイ曲がってる! 仕方ないなぁ、ウチがちゃんとしてあげる! ほら、頭下げて! 手が届かないから!」
「そう? これは恥ずかしいところを。ありがとう、たんぽぽちゃん」
「ちょっとぉー! たんぽぽ、ズルいですよぉー!! わたしだって、そんな新婚さんみたいなシチュやりたいじゃないですかぁー! 青菜さん、こっちにも来てください!!」
「ま、待って、芹香ちゃん! ぐ、首が、締まる……!!」
「あらあらぁ! モテモテねぇ、青菜くんったら! んもぅ、ヤケちゃう!!」
マスター。言ってないで助けて下さい。
死んでしまいます。
大学の入学式の当日に、死んでしまいます。
「青菜、青菜! ウチの制服の感想は?」
「僕が一昨日クリーニングに出しておいて本当に良かったよ。胸のところに砕けたオレオが張り付いてた時には絶望したなぁ」
「違うー!! ウチのセーラー服にも、なんか感想言えー!! バカ、バカバカー!!」
「いや、だって普通に可愛いから。それ以上の感想は特に。オレオが綺麗にとれて本当に良かったね」
「むきー! 普通に可愛いなら、か、可愛いって言えー!! バカ、バカバカー!!」
「ほらほらぁ、あんたたちー! そろそろ出ないと遅刻するわよぉー! 新学期なんだから、遅れたら許さないわよ! はよう行かんかぁぁぁい!!」
ちょいちょい高田延彦さんみたいな声が出ますね、マスター。
そして慌ただしく出かけていく芹香ちゃんとたんぽぽちゃん。
大学の入学式が中学校や高校の始業式に重なるのって珍しいですよね。
まあ、そこは私立ならでは、という事なのかな。
ところで——。
「あの、マスター。なんですか、その恰好は」
「気付いちゃったぁ? 白いスーツ! ポイントはねぇ、真珠のネックレスよぉん! 全身純白のコーデで、清楚でしょぉん? スカートも、み・じ・か・め!」
清楚かどうかは判断に困るものの、マスターの恰好が明らかにお出掛けを意識したものだったことに疑念が湧いた。
同時に、嫌な予感も湧いて出た。
テレビから貞子がスキップしながらこっちに来るようである。
「どこかで大事な御用でもあるんですか?」
「野暮な事言うんじゃないわよぉ!」
「マツコの知らない世界に出演するんですか? オカマバーの世界とかで」
「違うわい! あんたの入学式に決まってんでしょーが!!」
人生、外れて欲しい予感ほど当たるものなんだなぁ。
確かに、入学式と言えば父兄の参加は付きものではあるけども。
「いえ! 大丈夫です! 僕は一人で平気ですから!」
「まーまー。そう言わずにー。お父さん、この日のためにエステに通ってたんだよー? その努力を
そんな情報を付与されると、いよいよ断れなくなるんですけど。
蘭々さん、ヤメて下さいよ。ぐでっとしながら人の退路を勝手に断つの。
「青菜くんはもう、うちの家族! だったら、ワタシが行かなきゃ誰が行くのよ! 安心してぇ! あなたのお母さんには連絡してあるから!」
「えええっ!? 僕の母さんと話したんですか!?」
「モチのロンよ! 息子をよろしくお願いしますって何度も言われちゃって、恐縮したわよぉー! 良いお母さんねぇ!」
郷里の母に思いを馳せる。
母さん、電話だったら分からなかったのかもしれないけど、あなたが息子を任せた相手、真っ赤な唇をしたゴリゴリのオネエだよ?
「じゃあー、そろそろ行こうかー? お父さんも準備できたみたいだしー」
「あれ? 蘭々さんもどこかに行くんですか?」
ああ、ハローワークですか?
「何言ってるのー。あたし、君の先輩だぞー?」
「ちょっと待って下さい。トンチですよね? 今、上手い答えを出しますから!」
蘭々さんは、ぷくっと頬を膨らませて、ぐでっとしたまま僕に抗議する。
「あたしー。
「おっしゃあ! ワタシの車で行くわよぉ! あんたたち、乗りな!!」
ああ、僕の入学式が。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「テニスサークルでーす! 新入生募集してまーす!! ひぃぃぃぃ!!」
「将棋に興味ありませんかー? 今、最も熱い盤上の格闘技ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「あらぁー! 活気があって良いわねぇ! 学生時代を思い出すわぁん!」
「……サークルの勧誘が、見事に割れましたね」
モーゼの海割りかな?
「あはは! 早速注目を集めているねぇ、我が
蘭々さんがいつの間にかやる気モードに。
大学生活ではそっちの顔で過ごしているんですね。
「蘭々さんのお父さんの女装のおかげで、僕の助走は助走のままで終わりそうです」
「おお! 上手い事言うねぇ! 落語研究会とか良いかもしれないよ!」
「そう言う蘭々さんはサークルに入ってるんですか?」
「それは内緒だよ! やっぱり蘭々お姉ちゃんはミステリアスなところが売りじゃん?」
「誰がどこで何を売りにしたんですか。と言うか、同じ大学なら教えて下さいよ」
「お姉ちゃんはミステリアスであれって、死んだお母さんが言ってたの!」
「えっ。それは、すみません。知らなかったとは言え、失礼なことを」
「嘘だよ!」
「なんで嘘つくんですか! あなたって人は、ああああ!!!」
喋り方がハキハキしていても、中身はしっかりと蘭々さんだった。
それにしても、桜舞い散るこの道はなかなかの景色。
去年は合格発表をネットで見てすぐに絶望していたから、一度オープンキャンパスに来ただけの大学構内は、やっぱり新鮮味に溢れている。
「じゃあ、僕はここで。入学式、行ってきます」
「頑張れ! 友達100人作って来るんだよ! あたしたちの事は気にしないで良いよー! 適当に過ごして帰るから! いってらー!!」
「ふれぇぇぇぇ! ふれぇぇぇぇぇ!! うっえっき、青菜ぁぁぁぁぁ!!! うちの息子に勝てるヤツ、いたら出てこいやぁぁぁぁぁ!!!」
この時のマスターの声援のおかげで、「植木ってヤツの父ちゃんか母ちゃんかよく分からん人、やべぇ」と情報が駆け回ったらしい。
それを知るのは、ほんの数分後。
◆◇◆◇◆◇◆◇
入学式が行われる体育館の入り口で、僕は運命の再会を果たした。
「お、お前! 植木!? さっきの声でまさかと思ったけど、青菜か!?」
「……その声は!?」
僕が間違えたりするものか。
君との約束を心の支えに1年間浪人までして、やっと来たよ。
中学校の卒業式以来だから、4年ぶりかな!?
やっと、やっと会えたんだね……!!
懐かしい親友の声に振り向く僕。
マスターの爆音のエールが、僕をこんなに早く彼と引き合わせてくれたのだ。
ありがとうございます、マスター。
蘭々さん、友達100人の、最初の1人と出会いましたよ!
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