第10話 脱力系女子大生の華麗な演技、と言うか変身

「おうおう! 姉ちゃん、ゴイスーにキレイじゃねぇか! 俺と一緒に茶ぁ飲んで、そのあとしっぽりしようぜ! 良いだろう! おおん?」



 僕は何をしているのだろう。



 昨日見せてもらった、たんぽぽちゃん作・超小型通信機。

 それを耳に装着して、ターゲットの国立くにたちがやって来るタイミングになったら『はい!』とたんぽぽちゃんの合図が飛んできた。


 それでもって、真っ白で清楚なワンピースを着て、ふんわりとセットされたヘアースタイルで、どこからどう見てもご令嬢な蘭々ららさん。

 あなた、さっきまでジャージ着て伸びていたのに!


 そして、国立くにたちが丁度路地を通り過ぎた。


 国立は結婚詐欺のターゲットとは別に、私生活でも女性をとっかえひっかえしている、生来せいらいの女好き。

 そんな彼が、こんな蘭々さんを見逃すだろうか。


「ああ! そこの方! 助けて下さい! この方が、あたしを乱暴に!」



 演技力もすごいなぁ。

 さっきまでカフェで「ポッキーって食べてる途中で疲れなーい? あー。ダメだー、青菜くん残り食べてー」とか言ってたのに。



 最高の獲物を見つけたハイエナのように、ひどく品のない笑顔を見せた国立を僕は見逃さなかった。

 そして、その表情もほんの数秒。

 ツカツカと迷いのない歩みで僕の手前まで歩いて来て、開口一番。


「おい、てめぇ! 強引なナンパしてんじゃねぇよ! ぶっ飛ばすぞ!」


 どの口が言うんですか。


「あ、ありがとうございます! 助かりました! あの、お礼をしたいのですが、今、持ち合わせがなくて。ごめんなさい、あたしったら自己紹介もまだ! 山森やまもりと申します。どこかでお茶でもいかがですか? すぐにお礼を用意しますので」


 こっちの口の方がすごかった。

 蘭々さん、頬を赤らめて、潤んだ瞳で国立を見つめる。

 ちょっと遠慮がちに野郎のシャツの裾を掴んでいるのも計算だろう。


「あ、ああ! もちろん良いぜ! クソ野郎! 今日は見逃してやる! 消えろ!!」


 そして2人は去って行った。

 1分もしないうちに、入れ違いになって芹香せりかちゃんが走って来る。


青菜あおなさん、すごい演技でしたよぉー! わたし、ビックリしちゃいましたぁ!」

「芹香ちゃん、僕はクソ野郎にクソ野郎呼ばわりされたよ……」

「大丈夫です、青菜さんの良いところは、この芹香が100個知ってますからぁ! あとですねぇ、仮に青菜さんがクソ野郎でも、わたしは平気ですよぉ!!」


 いつもは重さを感じる芹香ちゃんの言葉が心に染みる。


『青菜! あとセリ姉も! 遊んでないで、次の現場に急げー! もう、ウチは本来ナビするの専門じゃないんだぞ! セリ姉、着替えさせて、早く早く!』

「そうでした! 青菜さん、次のお仕事ですよ! はい、服脱いでください!」


「えっ!? ここで!?」

「もっと近くで見てた方が興奮しますか!?」


「違うよ!? 今の僕のセリフでもっと近くに来いってニュアンス混じってたかな!?」

「いえー。なかったら作れがわたしのモットーですから!!」


 たんぽぽちゃんが『ガチで急いで』と急かすので、僕は着替えた。

 芹香ちゃんにガン見されながら。

 今度の衣装は、ものすごく高そうなスーツ。


 打ち合わせでは、僕はこれから若い執事らしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「本当に、あの時助けて頂けなかったらどうなっていた事か! あなたの勇ましさには感服しました! 先ほど、この話を父にしましたら、是非お礼をとの事です。不躾ぶしつけではしたないと思われるでしょうか? 受け取って頂きたいのですが」

「え、いや、まあくれるってんなら貰うけど。何くれんの? 商品券とか?」


 現場のファミレスに到着。

 もう既に会話が始まっていた。


「お客様、1名様ですか?」

「いえっ! 2人ですー!!」


 芹香ちゃんと一緒に入店。

 一人で居ると怪しまれるから、カップルを装おうとは、彼女の意見。

 『おー、それいい!』と太鼓判を勝手に押したのがたんぽぽちゃん。


 左腕になんだかやたらと柔らかいものが押し付けられているが、気にしたら負け。

 こんなもの、昔縁日で釣っていた水風船のようなものだ。


 ちなみに、通信機のチート性能で、蘭々さんたちの会話もこっちに雑音なく聞こえている。

 どういう技術なのかたんぽぽちゃんに聞いたら『それ、青菜に理解させるには2年くらいかかるかも。で、結局理解できないかも!!』と言われたので、僕は2年を棒に振らずに済んで助かった。


「あたしの父、ちょっとした会社の社長をしておりまして。お恥ずかしいのですが、大森フードサービスと言う名前をご存じでは……ありませんよね。小さな会社ですもの。ごめんなさい」


 国立が「げぇぇぇ!!」と言いながら立ち上がった。

 僕たちより目立っているので、多分周りを見る余裕はなさそう。


「大森フードって、あの!? 県内にうどん屋とか、和食レストラン出してるヤツ!? マジで!? 君が社長の娘さん!?」


 国立の目まではここからでは見えないが、多分よこしまな瞳をギラつかせている事だろう。

 そろそろ僕の出番らしい。


『あ、ララ姉から合図来た! 青菜、行って! いい? ファビュラスにだよ!?』

「たんぽぽちゃんも無茶を言うなぁ。やれるだけやってみるよ」



◆◇◆◇◆◇◆◇



「失礼いたします。お嬢様。何か御用でしょうか」

「ああ、良かった。山本。先ほどメールしたような事情なの」


 はい。今の僕は山本です。


「すげぇ! お姉さん、執事までいんのかよ!」


 気付きなさいよ、あなたも。さっきのチンピラですよ、僕。


「ええ。父が過保護なので、いつも近くに待機させておりますの。持って来てくれたかしら?」

「はい。こちらに」


 そして僕がテーブルに置いたジェラルミンケース。

 パカッと開けると、札束がこんにちは。


 一番上だけ一万円札で、あとはカフェのチラシを切って作りました。

 僕とたんぽぽちゃんが。

 蘭々さんはパピコ食べてました。

 そして全然吸えないと諦めて芹香ちゃんにあげてました。


 ああ、いけない。僕のセリフだった。


「しかし、お嬢様。このような現金を直でお渡しするのは失礼ではないかと」

「あら! そうですね! あたしったら、世間知らずで。ごめんなさい。でも、どうしましょう」


「じゃ、じゃあ、提案なんだけどー。お、俺の口座に、それ、入れて貰えっかな? あ、いや、俺も小さい会社やっててさ。大口の現金入れる口座持ってんだ!」


「まあ! それは良かったです! では、山本。こちらの方の口座にすぐ入金を」

「お嬢様。今は時間外ですので、日を改めませんと」


「そ、そんなら、送金してくれよ! これ、俺の口座番号と支店名と、色々書いてあっから!」

「かしこまりました。それでは、失礼します」


 頭を下げて、俺は芹香ちゃんのテーブルへ。


「たんぽぽちゃん、言われた情報聞いて来たよ。親切にメモまでくれた」

『りょー! これだけあれば充分! 5分もあれば貯金全額吸い上げて、別口座に移動させちゃうよん!』


 女子中学生ハッカー恐るべし。

 正義の心を持っていてくれて本当に良かった。


「それじゃあ、あたし、少しお花を摘んで参ります」

「ああ! ゆっくりいっトイレ! なんつってな! はははは!!」


 上機嫌な国立くにたち

 これから、悲劇が待ち受けているとも知らずに。


『セリ姉! ララ姉が離脱したから、詐欺野郎を外に連れ出してから、軽くボコっといてー』

「はぁーい。了解しましたぁ! 芹香、行きまぁーす!!」


 ああ、だから芹香ちゃん、ホットパンツスタイルだったのか。

 戦うんだね、今から。

 明るい声が飛び交う、バイオレンスな会話。


 本番はこれからなんですって。

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