第9話 結婚詐欺師を騙すんですって、僕と蘭々さんで

「つまり、こういう事で良いですか? あなたは恋人と思っていた男性と結婚の約束を交わし、言葉巧みに預金通帳の暗証番号を聞き出され、その翌日には恋人が綺麗さっぱり貯金と一緒にいなくなっていた、と」



 蘭々ららさん、うんうんと頷く。

 ちなみに、相談者の女性はまだ「あの、その」としか言っていません。



「いくらなんでも、そこまで分かるものですか!? あの、あなたも、違っているところがあれば訂正した方が良いですよ!?」


 だって、まだ相談者さん、4文字しか喋ってないもの。

 読点とうてん含めても5文字だよ。


「……はい。その通りです。私、私、自分が情けなくて……!!」


 その通りなんですって。

 もう、蘭々さんの超常推理に口を挟むの、ヤメよう。


「んもぅ、ひどい男ね! 恋は盲目って言うものねぇ! はい、コーヒー。苦い話させちゃったから、カフェオレにしといたわよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 マスターが置いたカフェオレには、ぐでたまのラテアートが。

 やっぱり、蘭々さんのぐでたま状態、家族の公式設定なんじゃないですか。


「でも、そんなに悲観することもないでしょ? あなた、今、支えてくれている男性がいますよね?」

「へっ? ど、どうして分かったんですか!?」


「すみません。スマホの画面を少し覗かせてもらいました。それから、さっきお店の前で車の停車音がしましたし。そのまま走り去っていったから、あなたの車じゃない事は明白。エンジン音がスポーツカータイプのそれだったので、男性かな、と」


 どえらいチートな推理力。

 口を挟む余地すらない。

 もはやツッコミくらいしか存在意義のない僕なのに。


「いやいや、青菜くんにも忌憚きたんなき意見を発言してもらいたいよ! 何がヒントになるか分からないからね! お姉さんを助けておくれよ!」



 そして何も喋っていないのに拾われる、僕の心の声。



「お、おっしゃる通りです。詐欺に遭ったのが、2ケ月前で。会社の同僚が親身になって相談に乗ってくれて……。尻の軽い女って思われても仕方ないですけど、私にとっては本当に心の支えのような人で……」


 何も考えないでおこう。

 無心になるのだ。


「分かるわぁ! 分かるわよぉ! 男の傷を癒すのは、やっぱり男なのよねぇ! んんー、もぅ! パンケーキもサービスしちゃう!! 元気出しなさい!!」


 あ、それ、僕が作ったヤツじゃないですか。

 マスター、ズルいなぁ。


「じゃあ、その男性のためにも、取り返さなくちゃですね! 幸せの貯金は逃げちゃいましたけど、現金だけでも取り返せたら、新しい幸せの第一歩になりますから!」

「た、助けて頂けるんですか!?」


「もちろんですよ! それがあたしたち、『花園はなぞの』の存在している理由ですから! では、詳しい話を伺いますね。センシティブな事も聞きますけど、頑張って!」

「は、はい! 何でもお答えします!」


 無心でいたら、触れてもらえずに背景と同化していた僕。

 蘭々さんが三姉妹の中で一番の強敵であることはよく分かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そして、蘭々さんが実に丁寧かつ迅速で、無駄のないスマートな聞き込みを30分で終え、相談者さんは帰っていった。

 次に来る時には、笑顔で本物の恋人とコーヒーを飲んで欲しいものだ。


 ああ!

 バイトを辞めたいのに、またしても気付いたらお店の一員的思考になってる!


「それじゃあねー。この計画書通りにさー。たんぽぽは情報収集ー。芹香せりかは買い物を頼まれてくれるー? お姉ちゃん、疲れちったー」


 ああ!

 そして蘭々さんが気付いたらぐでたまモードになってる!


「はぁー。ララ姉が仕事受けると基本こうなるから面倒なんだよね。まあ、やるけど! 困ってる人がいるんだし!」

「そうですね! じゃあ、わたしはお買い物に行ってきます!」

「ウチも部屋に行って、国立くにたちって人の情報拾ってくる」


 姉の指令を受けて、妹たちが散開していった。

 そして残されたのは僕。


 結婚詐欺師を相手にするのに、僕の力なんかが必要なのだろうか。


「ダメだよー。そうやって、自分を過小評価したらー。青菜くんにはねー、あたしたちの持ってない、隠された力があるんだよー」


 もうモノローグを拾われたってツッコミをするもんか。

 代わりに僕は質問した。


「僕にも、3人みたいな隠された力が!?」


 そうだったのか。

 だから僕は、このカフェにいざなわれるようにして!

 そうか、僕にも宿命めいた超絶異能スキルが……!!



「ないよー」

「ないんですか!?」



 ひどいなぁ、蘭々さん。

 男の子の純情を弄ぶなんて、あんまりですよ。


「違うよー。青菜くんにはね、実に稀有けうな特徴があるんだよー。それはねー」

「……期待しないで聞きます」



「すごく普通なところー」

「期待しないで聞いたのに、なんで落ち込んでるんだ僕は!!」



「こらこらー。ちゃんと話を聞きなさいな、お若いのー。普通って、なかなかなれないものなんだよー? 誰しも、特別になろうとするのが人間だからねー。そういうガツガツしたところが一切ない青菜くんはねー」

「ぼ、僕は……?」



「詐欺師の相棒に向いてるー」

「ああ! もう! どうして僕は何回も同じパターンで期待をするんだ! 自分が憎い!!」



 蘭々さんが人差し指を振って、チッチッチと言う。

 違う、言ってない! 人差し指振るのも諦めてる!!


「あたしたちは、ほら、3人とも色々特殊だからねー。普通の青菜くんとは、全員相性バッチリなんだよー。今回も、あたしのお手伝いしてもらうよー」

「はあ。分かりましたよ。分かりましたけど、僕は何をするんですか?」


「だからー。詐欺師の手伝いだよー」


 蘭々さんは、ぐでーっとした体勢のまま、ハッキリと言い切った。


「あたしと君でねー。結婚詐欺師をカモにするんだよー。詐欺師相手の詐欺師って、昔さ、流行ったじゃない? あのー。ワカサギー」



 蘭々さん。それ、多分クロサギです。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ララ姉ー! 国立くにたちの情報集めて来たー! 定職に就かないで、住む場所も転々と移動してる、かなりの常習犯だよ、こいつー!!」

「お姉ちゃん! 買って来ましたよぉー! ご注文の服です! ドーンっ!!」


 夕方になり、姉の密命を受けた妹たちがフラワーガーデンに帰還。

 たんぽぽちゃんは元からいた?


 違うよ。あの部屋は、異次元だから。

 さっき覗いたら、もう汚れてた。昨日あんなに掃除したのに。


「さあ、じゃあ行こうか! 青菜あおなくん! 早速、これに着替えて! サイズは目視で計っただけだけど、多分合ってるから!」


 蘭々さん、やる気モードにチェンジ。

 そして手渡される服。


「あの。これは、どういった趣向で?」


 世紀末救世主みたいなワイルド極まるダメージジーンズと、「そんなにチャックいる!?」と聞かずにはいられない革ジャン。

 まるでチンピラみたいじゃないですか。


「そう! 青菜くんはチンピラ役! 適当に、あたしに絡んでもらうから! イメージトレーニングよろしくね!!」



【ミッション!】

 結婚詐欺師からお金を取り戻せ!

 2度と詐欺がしたくならないようにアフターケアも万全に!



 ついにチンピラまでやらされる事になった僕。


 邦夫くにおくん、お元気ですか。

 物知りだった君に、一つ聞きたい事があります。


 カフェの店員って、チンピラにならないといけないシチュエーション、あります?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る