第11話 相方の目がすごい
白波が岩礁を叩きつけ、その表面を僅かに削っていく。
カンメラの南方にある無人島の一つに、敗北を喫したヘンリックは打ち上げられた。
タバル海最大だったはずの火薬庫も、今はもう海の藻屑。
塩水に浸り重くなったスーツに足を奪われながらも、彼は岩礁を手で伝い小さな砂浜までたどり着いたのだった。
「はぁ……はぁ……クソ、やってくれたな」
ヘンリックは手足を浜に付き、四つん這いのまま呼吸を整える。
彼にとってこんな敗北は初めてだった。
幼い頃からその魔法の完成度を褒められていた。
それしか出来ぬと罵った人間は、皆羨むばかりの者か光に飲まれて消えてしまったからである。
それゆえに自分に勝ち取れないものはないと疑っていなかったし、"急に現れた謎の女"のことさえも自分なら上手く利用できるとばかり思っていたのだ。
「大変だったのね、ヘンリック」
「ッ!?」
彼が顔を上げると、そこには先程船長室にて彼を待っていた少女が居た。
勿論、元から居たのをヘンリックが気付かなかったのではない。
いくら消耗した彼とて、そんな数メートルの気配を察知する程度には警戒心を持っていた。
そんな彼の驚きをよそに少女はころころと笑いながら続ける。
「やっぱり"
因子を持っている者……或いは、真章騎士は伊達では無いと言うことかも」
「何を、言っている……? いやそもそも! お前が何故ここにいる、さっきまで何を……していた!?」
息も整わないままヘンリックが吐き捨てる。
「あら、だって力を貸すとは言ったし事実として貸したじゃない。
強かったでしょ、
「だが負けたぞ……しかもあの男は
お前、一体何を隠してる?」
「嫌だわ、そんな。
ちゃあんと約束は守ったでしょ? 守ってないのは、貴方のほう」
少女が口元を歪めながらヘンリックの身体を指さす。
ヘンリックは初めよく意味がわからなかった。
しかし、自分の身体を見てようやく気づく。
身体が砂に埋もれていっている……否。
身体が、下半身からドロドロと溶け崩れているのだ。
「ヒッ?! なんだこれは!?」
「魔法は人間の叡智よ。天啓を得るとすればそれは、"その領域に踏み込む"と言うこと。
器が小さく浅ければ、その重みに耐えきれなくなるのは当たり前よね?」
ヘンリックが身体の感触を確かめるようにもがく。
しかしそれは逆効果。
緩やかに溶け出していた肉体はその挙動でますます崩壊していく。
やがて下半身は全て無くなり、白波に洗われた衣服だけが砂に投げ出される。
「実験は成功。ヘンリック、私貴方のことが好きよ。
貴方のような愚かなひとが、この魔法を紡いできたのだから」
ひどく楽しげに、しかし昂る心を押し殺してつぶやいた少女の一言。
それは彼の意識に届くことはなかった。
〇〇〇
「……消滅するって、何、文字通り消えるってこと?」
「あぁそうだ。熾天化を掛けた万理印が壊れると、肉体が塵になって溶けて消える。
それが熾天化の最大の代償だ」
あの化け物船の退治から一週間経った。
今はカンメラのギルドでセツナとユディトと一緒に昼食中。
メニューはブル脚の串焼きだ。セツナは回遊魔獣魚トゥーナスの生の切り身を食べている。
「ま、碌でもないものだってこと以外は俺もよく分からないんだけどな」
「そうだったんだ……でもあんなの初めて見たよ」
「私も見たことなかったわね。
貴方はその情報を探してカンメラまで来たんでしょう?」
「一応な。まぁそんな行った先ですぐ見つかるなんて思っちゃいない。
気長にやるさ、最近上手くやれているところだし」
そう言ってセツナに目をやる。目があった彼女がドヤ顔をした。
俺とセツナはここ数日、ニュータバルとカンメラの間の荷物の輸送を主な仕事としてやって稼いでいた。
セツナのマギビークルは速度があるので速いし、俺たちは何より街道より平野に少し寄ったルートで進んでいた。
そうすると、時々魔獣とかち合うのでそれを撃退してコンビネーションを鍛え、さらに倒した魔獣を素材として売る。
これを繰り返すことでなかなか良い収入が得られていた。
少なくとも、今の通り輸送依頼があれば食い繋いでいけるだろう。
「……しかしよ、そんな水棲魔獣の生の切り身なんざ食って美味しいのか?
腹壊しちゃうぞ」
「ふっ、アラタはおのぼりさんだなぁ!
前も言ったろ、これは刺身っていって立派な生食なんだよ」
「さいですか……焼いた方がなんか見てて落ち着くけどなぁ」
「貴方、連邦出身なの? それともミミヤキッカの山の方とか?
刺身を"生の切り身"とか言ってると、他所者だと思ってふっかけられちゃうわよ」
「分かったって。別に、食うなとは言わねえよ。
こっちだとそういう捌き方ってのもあるんだろうしな」
「食べてみる? 美味しいよ」
「いや……それは遠慮しとくよ」
ビビリだなぁ、とセツナが笑う。
水棲魔獣の生モノはなんとなく不衛生な気がしてならない。
乾燥させて燻製とかにするならまだしも、生はなぁ……
うるせぇやいと零しながら、串焼きの肉にかぶりついた。
うーん、ちょっと熱がこもってるのが絶妙だな。
タレはここのギルドの秘伝らしく、今までに食べたことがない味だった。
ちょっぴり甘めで、こんがり焼けた肉の臭みを消しつつ肉汁の旨みを加速させている。
正直故郷の味より好みかもしれない。
「やっぱ美味いなコレ。
看板メニューなだけあるよ」
「あら、ありがとう。
ついつい進んじゃう値段とやみつき感を目指してるの!」
ユディは満足げだ。
後から聞いたのだが、彼女はメインの受付もやるし厨房、果てはフロアまで手伝えると言う。
ギルド長の孫ということもあってギルド内での信頼も高いのだとか。
そんな彼女がセツナの味方をしたのだから、こないだの一件だって俺がわざわざ助力しなくても事は丸く収まったのかもしれない。
俺が、面倒ごとを持ってきてしまった形になるのだろう。
「どうしたの、アラタ?
美味いと言ったり物思いに耽ったり……情緒不安定?」
「お前に言われたかないやい!」
「なっ、それは言わない約束したろ! さもないと……」
「ぐっ」
そうだ、たしかに俺はセツナとそう契約した。
この前のことは一切チャラ、お互いお咎め無し。負い目も感じなくていい。
ただし、まぁ俺のした数々のハプニング──俺はあくまでハプニングであると主張させていただいた──もチャラにしてくれと。
「え? 何々、早速2人でなにか秘密があるの?」
ユディが面白いことを聞いたというように卓上に身を乗り出した、その時である。
バンッッ!!!
大きいな音とともに勢いよく扉が開かれる。
その向こうにいたのは、外の日光を反射して煌めく金髪に、ブーツにタイトめなスカート、全身青を基調とした礼装の女性だった。
襟元の青いフリルを揺らしながら、悠然とカウンターに向かっていく。
ユディはスッと立ち上がり、ギルド員として彼女を案内した。
「いらっしゃい。依頼?それとも登録?
私がギルド員だから、話を聞くわ」
「ここに、暴れ船を沈めたという雷使いがいると聞きました」
女性の声色は幼さと快活さを織り交ぜたような高くハキハキとしたものだ。
「雷使い?」
「はい! その方に、依頼したいことがあるのです」
ユディは俺たちの座るテーブルに目線を送ってきた。
恐らく、その"雷使い"ってのが俺のことじゃないか、ということなのだろう。
仕方ない、指名とあっては稼ぎ時だ。
「多分、それは俺たちのことじゃないか。
なぁセツ────」
「まぁ! 貴方なのですね!」
俺が名乗りを上げ、セツナと2人で自己紹介をしようとしたところを遮って、女性はこちらへ駆け寄る。
彼女は来るなり、単刀直入に……そう、それはもはや一刀両断と言わんばかりに、俺に顔をずいと寄せて言い放った。
「こんにちは!
わたくしの家に婿に来てくださいませんか?!!!」
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