十二の理の魔法使い〜成り損ないの印章士たち〜

秋休み

第1話 運び屋との出逢い

「早く片付けてくれよ、アラタ! 荒事は得意なんだろ!」



「いや走りながらじゃ当たらねぇのよ! セツナ、信じて一回止めろって!」



「無理! もう休憩取れてないからイグニッションするほどマナ無いんだよ! 今出力切ったら一晩平野ど真ん中で立ち往生だ!」



「ならもっと飛ばせないのかよ! 最速だって言ってたじゃねぇか!?」



「無茶言うなよ! アイツはフェンリル種だぞ、そもそも魔獣に勝てるなんて一言も言ってないだろ!」



 鉄の塊が牽く荷台の積荷を抑えながら、俺は前で運転している年端も行かない少年と喧嘩をしていた。いや正確には少年に見えるだけで、実際は俺と年齢は1つしか変わらないのだが。



 事態は極めて不味い。追っかけて来ているのは魔獣の中でも獰猛な四足歩行種、フェンリル種であった。



 全長は5メートル近く、前足が発達しており、行商人のブルトラックを漁ることを覚えてしまった凶暴な生態の魔獣だ。しかもいかんせん、脚が速いもんだから追い付く気満々では全力疾走して来やがる。



「お前の最速はそんなもんか!? 早く振り切れ、ただでさえこの乗り物音がうるさいんだから、魔獣が増えたらどうすんだ!」



「あぁ、もう、うるさいよ! 臨戦距離じゃないだけまだマシだろ! 良いから早く撃てって!」



 少し焦りながらも、俺は後ろを向き直す。依然としてフェンリルは追って来ている。確かに一応護衛として組んだのだから、仕事をしなければいけないのはその通りだった。



 俺は左手首から"鍵"を取り出し、目の前に突き出す。やがて鍵を中心として直径1メートルほどの魔法陣が浮かび上がり、魔法陣の向こう側に吸い込まれた。



 右手で魔法陣に手を突っ込んで、思い切り引き抜く。けたたましい雷鳴と共に碧色の稲妻が走り、俺の右手にその稲妻が握られる。




 「いい加減当たれ……うわっと!?」



 狙いを定めて、雷槍を振りかぶったその時、僅かに石が跳ねて荷台が揺れる。放った稲妻は右に逸れてしまった。くそ、こんなんだったらブルに乗りながら撃つ練習でもしておけばよかった。そもそも二人とも少し準備不足のケがあるのだろうか。ロクでもないところが一緒だな。



 俺たちがこんな目に遭っているのは、いい巡り合わせをして、街を出て数時間の事だった。



 あの時は、まさかこんなことになるなんて思ってなかった。完全に、油断していたのだ──────




○○○




 時は戻って、数時間前。



 ドルローン大陸、オウカ地方。大陸東端に位置するオウカ半島付近一帯がそう呼ばれており、大陸の中でも四季がはっきりと存在し、山脈・海洋の両方が存在する過ごしやすい地方である。

 そんなオウカ半島の中央部、ヒューガナツ共和国は首都ニュータバルに俺は居た。



 現在は明日の宿代分の依頼を一つ終えて、ヒューガナツの南端都市、カンメラに行くため南門まで来ていたところだった。だったのだが……。



「うーん、首都なだけあって物価も高いのか…? いや、タダで相乗りできると思ったのが甘かったか」



 ブルトラック──畜産魔獣のブルに積荷を牽かせる車だ──もここまでタダで相乗りできていたのだが、ここにきて代金が必要と言われてしまった。100エルツとまぁ宿泊代ほどもしないが、それでもそれを使ってしまえば、カンメラで宿にありつけるか、微妙に怪しくなってくる。



 基本的にこういう金額や払う払わないのシステムは、町によって決められた相場や値段で行われる。要は道中危険かどうかとか、御者や俺たち印章士アーキテクト──つまり護衛──の負担が大きい小さいとか、そういう条件によって道ごとに違うわけだ。



 徒歩はあり得ない。カンメラまでは今までの町から町の倍──すなわちブルトラックで丸々3日、歩けば1週間との事だった。しかも道中のタバル平野は、中央を通らないと大した生き物や果実もないと聞く。単独で中央地帯を通ろうものなら、魔獣達がこぞって襲いに来るだろう。



 つまり、どう足掻いても多用される迂回路のブルトラック行列に同行するのがいいのだ。もし襲撃があっても、同じく乗り合いの印章士、すなわち同業者と協力すればいいからである。



 「しかたない、もうちっと此処で稼いでからか……。よく考えもしないで飛び出してきたのが遂に響いてきちまったなぁ」



 本当は手早くカンメラに行きたかったが、諦めて依頼やバウンティでも見に行くか、と中央区へ戻ろうとすると、



「〜〜……!!  ……れ〜!」



と、何やら中央区から騒がしい声と音が聞こえて来る。音の方は……なんだこれ、聞いたことないな。遠くを見ようとするが、声のする方は人混みになっていてよく見えない。



「……て〜〜、お縄……け〜!」



 ん、お縄? 誰かやらかして追っかけられてるのか?



 だとしたら、チャンスかもしれない。騒ぎを突き止めて収めちまえば、魔警から謝礼金の幾らかでもぶんどれるだろう。

 今朝方の稼ぎだって魔法犯罪者の制圧だったわけだから、同じような仕事が向こうから来てくれた分、乗っておくほうが美味しそうだ。



「荒事は飯の種なのが印章士だな、よっしゃ!

 退いた退いた、なんだか知らないが片付けてやろうじゃないか──」



 そう言って人混みをするりと抜けながら、右手首に仕込んでおいた"鍵"を取り出す。いざ報酬、と意気込んで雑踏を抜けた時、俺は後悔するしかなかった。



 いやなにせ、走ってきた見窄らしい格好の男が目の前で横に飛ぶや否や、俺の眼前には高速で突っ込んでくる妙な乗り物が迫っていたのだから。



「うおおお!? なんだそれ!?」



「あっやべっ、よいしょォッ!!!!」



 俺のちょっぴり裏返った悲鳴に乗り物に乗った人物と思しき声がして、鋭い摩擦音と共に乗り物は横滑りし、そのまま俺をどつき倒した。


 2,3メートルほど吹っ飛んだ勢いで、ちょっとした人だかりにもたれかかってしまう。



「ってて……もう何が何だか。あ、すんません」



 体勢を立て直して突っ込んできた物体の方を見ると、すでに先程の声の主は乗り物から降りて、こちらを心配そうに見ていた。



 見た目は成人もしてない10歳過ぎの子供。金髪の癖っ毛で細身、半袖シャツにサスペンダーと短パンに革ブーツ。ネクタイは、さっき俺に突っ込むほど飛ばしてきたからか風に晒されてよれてしまっている。



 乗り物の方は本当に見たことがない形だ。棒状の取っ手の後ろに椅子が付いていて、椅子の下は少年の2倍以上ある鉄の塊。その塊の前に2つ、後ろに1つ車輪が一個ずつ付いている……魔法か何かで動いてるのか?



「あっちゃ〜、やっちまった! 多分重症ではないだろうけど、ごめんね。まさか真正面から突っ込んでくるって思わなくって!


 っと、盗人は……」



 早口で金髪の子供がそう言って追われてた男をキョロキョロと探すと、少し離れたあたりで魔警が男を取り押さえていた。どうやら間に合ってしまったらしい。



「おお……俺のささやかな金稼ぎも失敗か」



「いや、ホントごめん……」



「で、君は何乗り回してるんだ、コレ?」



「んぁこれかい。僕の相棒、マギビークルさ。ブルも目じゃ無い、今んとこ恐らくヒューガナツ最速の乗り物だぜ! ……それだけっちゃそれだけなんだけど、はは」



 まぁあんな速度で人を乗せて動くモノは見た事ないから多分?最速なんだろうが、目の前にはね飛ばしてしまった俺が居るわけで。子供はバツが悪そうにしている。



「しまったなぁ。折角お尋ね者でも引っ捕まえて護衛を雇おうとしていたのに、挙句他人に迷惑かけてちゃ、笑えないよね」



「まぁ、君もそういう算段だったんだろうとは思うけどよ……って、ん? 護衛?」



「あぁそうさ。ここからカンメラまで、流石に一人で行けないだろ?


 乗り物はあるけど、こんな目立つ単独走行じゃ、野盗か獣かに目をつけられる」



「成る程な……ある意味、渡に船ってやつか」



 難儀な相棒を連れた子だなぁと思いつつ、この子に対して迷惑千万だという感情はなかった。余りにも、条件が揃っていたからだ。



 なんの処罰も受けると言わんばかりの直立っぷりを見せている少年に、ビジネスの話を持ちかけることにした。



「それなら、俺を乗せていってくれよ。


 雇う気だったならタダでいい、その代わりにもし何かあれば荒事はやってやるさ」



「へ? マジで? そ、そんな都合よくいいの?」



「俺はちょうどカンメラに行きたい印章士だよ。でも資金が潤沢じゃあ無いもんでね。


 そもそも、ブルトラックが代金出さなきゃ乗れないのに、君は雇わないと乗ってもらえないのか? 相場崩しちまわないのか」



「コレで相場なんだよ。変わりモノだからね、乗りたいって人が居なくって。


 もし乗ってもいいんならぜひ頼むよ。僕も潤沢じゃ無いのは一緒だからさ」



「なら、宜しく。俺はアラタ・ミアズマ。見せちゃ居ないが印章士やってるんで、役には立つ……と思いたいな」



「こちらこそ。僕はセツナ・ニシティ、運び屋をやってる印章士さ」



「何!? 印章士なのか! その年ですげぇんだな」



 印章士アーキテクトは、魔法の勉強をしただけではなれない。印章士とは自身で魔法を組み、更に万理印パレットという魔道具に魔法を記録する大掛かりな儀式が必要だからだ。



 だから、魔法を小さい頃から学べる環境があり、それだけの設備を用意できる財力や環境がなければ、子供のうちに万理印を手にできないし、そもそも魔法を勉強してなきゃ慣れないものなんだが……この子、もしかして良いとこの出身か何かなのだろうか。



「あぁ、見たことないかい? 僕は小人スクーナーだぜ。年は一応成人の18だよ」



「あ、そうだったんだな。悪い、確かに初めて見たよ。俺は他所者でさ。


 俺は19だから歳も近い。気楽な旅になりそうでよかった」



「ううん、こちらこそ! ぶつかった相手にまさかこんなに親切にされるなんてね。


 その分、素早くお届けしてみせるよ。任せといて!」



 俺たちは軽く握手をして、そのまま門を出た。どうやら向こうも旅の用意は済ませていたらしい。



 やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、良い巡り合わせじゃないか。案外、なんとかなるもんだなぁ────────




○○○



 「と思っていましたよ、えぇちょい前まではね!」



「誰に向かって愚痴言ってんのさ! ほら、戦闘態勢! まだ撃てるんだろ、慌ててないで片付けちゃってくれよ!」



「ならなんとか迂回路の合流地点まで走り切ってくれ! 引きつけてからじゃないと無理だ!」



「うぅ、途中で僕のマナ切れたら不寝番で守ってもらうからなぁ!」



 相棒の乗り物が燃料切れするのが先か、フェンリルが諦めるのが先か。一つ言えるのは、もうお互いマナに限界が来ているということだった。

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