第五話 一瞬の結末

 剣が交錯した時間は一分にも満たず、老剣士が振る舞っていた剣は、相対していた少年が使っていた剣により弾かれ宙を舞い、少し離れた位置の地面に突き刺さる。

 老剣士の名は、元円卓騎士エクター=シュトロハイム。

 過去、最強の盾と呼ばれた男が衰えたとはいえ、たった十六歳の少年に破れた。

 この事実にエクターを知るものが聞けば、腰を抜かすことはまず間違いない。

 それほどまでに驚くべきことなのである。


「ようやく完成したな。お前だけの技能すべが」


 だと言うのに負けた本人は妙に清々しい表情を浮かべ笑っている。

 少年の剣の腕は、現在の老剣士より優っている事実に加え、少年の剣から吹き出る赤い炎が揺らめいていた。


「はい師匠、これも師匠のお蔭です」

「何を言うジークよ。お主が提案しなければ、このような戦い方誰も思いつきもせぬ。いや思いついたとしても実行できぬかっただろう。ワシはお主の戦い方を戦闘で扱えるよう昇華させる手伝いをしたに過ぎぬ」

「ご冗談を師匠」


※※※


 俺が師匠の正式な弟子になってから、三年以上の月日が経っていた。

 師匠のもとで腕を磨き、をようやく形に出来た。だと言うのに師匠の言葉が引っ掛かる。

 俺はやれることをやったまでなのに……。


「冗談であるものか」


 てっきり冗談だとばかりに思った俺だが、師匠の真剣な顔つきは冗談の類いで言ったものでは無いのだと認識せざるを得ない。


「魔法と剣を複合した戦い方をする者は、稀にいるが、お主のものはまるで異質。どの様にして思いついたのか、聞きたいところだが矢張教えてはくれぬのだろう?」

「教えるも何も、前説明した通りですって」


 自分の今のスタイルに行き着いたのは、ある夢のお蔭だ。

 幼少期から時折見る夢の数々。全く体験も、本で得た知識の再現のようなものでもない奇妙な夢。

 その夢の形は千差万別であったが、どの夢に置いても俺は騎士として魔獣達と戦闘を繰り返し、その騎士の記録を追体験したような気分に誘われた。

 その件があって、頭に染み付いたその戦い方を手本にし、今のスタイルを確立させた。

 夢での出来事を師匠に話しても、師匠は信じてくれなかった。


「でも考えれば誰にだって、考え付いたことではありませんか?」

「外を知らないお主には知り得ぬこと。伝えを怠ったワシの責任だな。ちょっと待っとれ」


 師匠は、一度として触らせてもらえなかった、蔵の奥に大事に保管されていた普通の剣とは似ても似つかない形状をした剣を携えて戻ってきた。

 その剣を何の前触れもなく地面に突き刺す。


「騎士の称号を持つ者は、剣士と魔法師この二つに分かれる。そして剣士とは戦場では前線で戦う戦士、魔法師は戦場で主に剣士を支援し戦況を有利に運ぶ者達のことだ。だがこの武器を扱う者達は前者の二つとは異なる」

「その武器って触らせてもらえなかったんですけど、一体何ですか?」

「いいから持ってみろ」

「分かりました」


 俺の右手前方、師匠が決して触らせてくれなかった、蒼い宝玉が柄中央に填まってある不思議な形をした剣を持ち上げる。

 意外と軽い。

 それが俺がこの剣に一番初めに抱いた感想だ。握ってみて初めて分かるが、これはただの剣ではない。

 

「その剣の原理は魔具と同じようなものだ」

「えっこれが魔具」


 魔具とは、魔石を内蔵した道具のことを指し示し、食べ物を新鮮な状態で保存しておく冷蔵庫や、汚れた水を人が飲める物に置換する浄水器など一般市民から見れば生活を豊かにする物の通称だとてっきり俺は思っていた。


「元々魔具とは、魔石を媒介とし、道具に施した魔法術式を展開することで性能を発揮するものだ。そして魔石が大きい物や質の良い物を用いれば、性能は向上する」 

「じゃあこれにも」


 持っていた魔具に自身の魔力を、流し込んだがこれといって反応がない。

 それを見て笑いを堪えている師匠が、妙に腹立たしく思えてきた。

 その態度に意地になってこの魔具を発動させてやると意気込んだが、うんともすんとも言わない結果に俺は諦めてしまう。


「降参ですこぉーさん。これのカラクリ教えてください」


 師匠が魔具を手にすると魔力を流し始めたら、蒼い宝玉が光輝く。

 透明な壁が出現した。


「戦闘用の魔具は基本的に、一番始めに持ち主を特定しておく。そうすることで他者に使用させないようにするのだ」

「つまり師匠はそれを教えるためだけに、俺に触らせてくれたって訳ですね。この意地悪っ!」

「そういじけるな、ジーク。お主には魔具よりも素晴らしい力を身につけているのだぞ」

「聞いているとこれって俺の魔力剣と殆ど同じ造りじゃないですか」

「いや、根本的に違うがその説明は長くなりそうだからまた今度にしよう。それでだ、話は戻るが魔具を持つ者との戦いは、注意してかかれということだ」

「りょーかいです師匠」

「では最後に神具についても、伝えておこう」

「神具って何ですか?俺聞いたこと一度も無いんですが…」

「無理もない。神具の所有者はこの国にも両手で数える程もいないのだからな。そもそも魔具とは、太古から存在する神具の構造を基にしたとさえ言われている。そして神具には同一の物は決して存在せず、その性能は魔法具が戦況を優位に運ぶ代物だと例えるのならば、神具は使用する陣営に絶対的勝利を導く物だ」


 師匠の言葉に、次から次へと疑問が湧いてくる俺は聞き逃さないよう神経を尖らせ、疑問を解消していく。

 次第に俺は神具をこの目で視たいという欲求に駆られる。


「そんな顔をしても無駄だぞ。ワシは神具を持ってはおらぬからな」


 ちっバレてたか

 心の中で密かに思っていたが、表情に表れていてすぐに師匠に気づかれてしまった。

 魔具の武器としての扱いを聞き終えて、冷静に考えてみると一つだけ気になることがあった。


「でもあれっ?師匠、結局のところ魔具と俺のってやっぱり同じじゃないですか」

「根本が違うと言っておるだろ。説明したいが、時間なんでな」

「時間って……あっ」


 いつの間にか辺り一面暗くなっていて、すっかり夜を迎えていた。


「そろそろ夕飯の仕度をしなければならないのでな」


※※※


 そう言えば師匠以外と対人戦をするのって久々だな

 師匠との思い出を懐かしみながら、呑気に構えていると、ラルトはその行為に腹を立てたのか苛立ちを顕著に顔に出した。


「田舎もん!折角チャンスをくれてやったって言うのに、棒に振りやがって。よかろう俺をこけにするのならこっちから動いてやる」


 ラルトが詠唱を始めると、彼の真横に大きな槍の形をした水の塊が創られていく。


 試しだと、三十秒といったところだったな。だとやっぱり派手にいくとするか。

 手にする支給された剣のことを、考えながら自分がどう動くことが、この場において最も適した行動なのか瞬時に選択した。


 水槍は真っ直ぐ標的である俺を目掛けて向かってくる。それでも俺は落ち着いていた。

 ラルトの攻撃は、今の俺には遅すぎる。十分目で追える速さだが敢えて動かず、迎撃体制を整えるべく支給された何の変哲もない普通の剣に自分の魔力を纏わせた。


「『魔力剣・焔』」


 魔力を纏わせた剣から放出する溢れんばかりの炎は、俺へと迫っていた水槍を焼き斬り、蒸発させた。


「な、なんだそりゃぁーー」


 狙い通りっ!!。

 本来起こり得るはずのない事象が、目の前で起きていることにラルトは困惑し間抜けな声を上げ、隙が生まれる。

 それを逃すつもりは毛頭ない。

 俺は『身体強化』の魔法を自らの身体に付与し、困惑収まらないラルトとの距離を一気に詰め寄り、剣の切っ先をラルトの喉元一歩手前の位置で停止させた。


「これでチェックメイトだな」


 耐え難い屈辱だったのか、現実を受け止めようとしていないラルトに最後の言葉を告げて解らせてやる。

 

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