第22話 ワイルド・アッガイ部


               ※


 アサルト・キャンサーに勝利したトウラたちは、掃討ミッションを切りあげてラビュリントスに帰還した。時間的には予定の半分以下という早期であったが、敢えて帰還した。


 大事を取ってのことである。


 出撃中に得たアイテムやドラクは、各プレイヤーごとの戦利品インベントリに収められ、拠点に帰還した時点でようやく正式に入手できる。もしも撃破されて敗走となった場合、出撃中に得た戦績と戦利品はデス・ペナルティとして消失するし、PKされた場合は相手に奪われてしまうのだ。いずれにせよ、せっかく入手した宝を失うリスクは避けたかった。


 格納庫で機体を降りた二人。

 道中もそわそわしていたマキナだから、無事帰還できたことに安堵の息をついたのも束の間。すぐに整備コンソールを操作して、ガストラフェテスにサーベラス・リボルバーを装着させた。

 ラクスマナの機体が光のエフェクトに包まれる。

 やがて光が消えた後には、すでに改造処理は完了していた。

 バレルを縮めて折り畳んだ待機状態で左肩に装備されたガストラフェテス、その機関部に輪道式弾倉が増設されている。まるで元よりそうであったかのように、見た目もカラーリングも違和感ない状態だった。


 ゲームならではの迅速な改造処理は、やはり、マキナには味気ない演出なのだろうか──?


 トウラは訊ねようとして、しかし、紅い瞳をキラキラさせて愛機を見上げている彼女の姿に、無粋は控えることにした。


「あぁ……♪ これでガストラ四連発できるのね」


 マキナはうっとりと吐息まじりに感歎する。

 そんな嬉しそうな彼女を見ているのはトウラとしても安らぐが、あまりジッと見つめているのも不躾であろう。

 そう思い、彼は並び立つシャナオウの前に向かった。整備コンソールを開いてメンテナンスを選択し、耐久値を回復しようとしたのだが──。


「ふむ、これは……」


 思案げに唸ったトウラ。

 マキナも何事かと向き直る。


「どうしたの?」

「それがな、あのかにの機関砲で思ったより削られていたようだ。耐久値が軒並み半分以下になっていた」

「……オイ」


 どうしてそれに今まで気づかなかったのか?

 ジットリ睨みつける紅い瞳に、トウラはバツが悪そうに頭を下げる。


「すまない、まだまだ操作に手一杯なのだ。今後はもっと表示に目を向けるよう努める」

「……そっか、キミ、ゲーム自体が初心者だったわね」


 シャナオウの動きが凄まじ過ぎて忘れてしまうが、トウラはそもそもマルチ表示されるディスプレイ情報に慣れていないのだ。

 今さらながらに思い出したマキナは「うーん」と首をひねる。


「いっそナビとか積めれば良いんだろうけど……。あ、ナビっていうのはナビゲーションの略で──」

「それは知っている」


 トウラはタイムスリップしてきた侍などではないのだ。俗世の文化や横文字には疎いが、疎いだけで無知ではない。

 もっとも、その疎さが時代錯誤の域であるのは事実だが──。


「確か、様々な案内をしてくれるカラクリだろう?」

「ええ、そうよ。ナビがあれば、普通はギリギリまで鳴らない各種警告を詳細に設定できるし、警報音だけじゃなく音声でも補助してくれるの。例えば〝敵がどっちから何体きてます〟とか〝耐久値何パーセントです〟とかみたいにね。カスタマイズ次第で道案内とかデータ管理もできるし、高性能になると戦略や戦術も補佐してくれるみたい」


 ただし──と、苦笑うマキナに、察したトウラも微笑で応じた。


「便利なものは、容易には手に入らぬか」

「その通り。平均相場は百万ドラク。高性能なのは稀少品で、そもそも市場に出回ってもいないみたいね」

「百万か、それは大金だな」


 昨日の初心者ミッションの報酬が五百ドラク。通常の報酬は一千から五千。高報酬と言われるのが一万あたりからだ。さらに機体の修理費や弾薬代を考えれば、地道に百万を稼ぐのがいかに大変かは推して知るべしであろう。


「ふむ、二十万の修復費が払えぬ身には、夢のまた夢か」

「部位破壊一箇所で二十万だもの、本格的に壊れたらいくらになるか……だから今後は、ゼッ、タイ、に、気をつけてね」

「うむ、肝に刻もう」


 ズイと詰め寄ったマキナに、間髪も引かずに応じるトウラ。その笑顔は脳天気なまでに爽やかだ。


「なによ。イマイチ緊張感がないわね」

「そんなことはない。肝は冷えている。ただ、それを表に出さぬよう律しているだけだ。常に動じず、沈着に冷静に、曇りなき明鏡止水たれ、それこそが──」


 トウラが言い淀んだのは一瞬。


「──武士であると、教えられてきたからな」


 ことさら穏やかに笑って言い切った。

 それは、穏やかであることに努めた上っ面であると、間近に向き合えば良くわかる作り笑顔。

 マキナは──。


「…………そう」


 マキナは、微妙な沈黙を挟みながらも同じく努めた微笑で返した。

 なればトウラもまた浮かべた微笑を崩さぬままに。


「それで、これからどうするのだ? 早速に四連発を試しに行くのか?」

「んー、とりあえず、まずはミッション報告かな」

「うむ、承知した」


 頷き合う二人だが、直前のやり取りのせいか、その空気はややぎこちなかった。マキナは気を取り直そうとしてか「そうだ♪」と、いかにも明るく提案する。


「どうせなら、タワーに直接報告にいってみる? この街の中心施設で役所みたいなとこなんだけど、まだいったことないでしょう?」


「……〝みのす〟とかいう塔のことなら、まだだな」

「そう、その〝ミノス・タワー〟よ。なにかで調べたの?」

「昨夜、公式の〝わいるど・あっがいぶ〟とかいう説明書を読み込んだのだ。原則知識だと妹に強く勧められてな。情報量が多くて、なかなか覚え切れていないが」

「……ワールド・アーカイブのこと? あれ説明書じゃなくて世界観補足の資料集だから。攻略ガチ勢とか考察好きならともかく、普通のプレイヤーで読んでる人なんてほとんど居ないと思うわよ」


 ゲームの世界観や設定を深く知るためのファンブックだ。役に立たないとは言わないが、必須の知識などではない。そして、そのあたりは妹君なら承知だと思われた。


「……キミ、妹さんとは本当に仲良いのよね?」

「うむ! 雪月花はいつもそれがしを気遣い助けてくれる、自慢の妹である!」


 当人がそう言うのだから、そういうことにしておくべきなのだろう。

 マキナは色々と思うところを呑み込むように、深い深い溜め息を吐いたのだった。


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