第21話 Survived


「今度こそ、気をつけて見せよう」

「え?」


 呟き駆け出したトウラ。

 疑念をこぼしたマキナはわずかに遅れて飛び出した。


 反時計回りに走り出た灰色と、時計回りに滑り出た紅色と、迎え撃つ黄金のガトリングアームは、自然、先に飛び出した灰色へと照準を向ける。

 六連バレルが唸りを上げ、激しい銃火が吹き荒れた。薙ぎ払う火線が、風鳴り駆ける猛禽をギリギリにかすめて赤火を散らす。


 右腕のガトリングで左方を狙うその挙動は、必然として右方に背を見せる形であり、ならば、そちらに回り込んでいるマキナは好機とばかりに左肩の重火砲を起動。両脚を踏み締め、大盾をアンカーのごとくに床に突き立て、展開した砲身をドッシリ構えて狙いを澄ます。

 三拍の集中を経て、ターゲットサークルは黄金の巨体に収束。


「吹っ飛べ!」


 マキナは気迫を込めてトリガーを絞った。

 ガストラフェテスが咆吼し、紅い機体が反動に揺れる。

 放たれた砲火は見事に直撃、激しい爆炎と爆風に、黄金ボディの半分が砕け散る。

 ぐらりと傾いたアサルト・キャンサー。

 だが、ひときわ激しく騒ぎ立てる駆動音。機械仕掛けの多脚が力強くも踏ん張って急速旋回し、ラクスマナへと向き直る。


 六連ガトリング砲が、反撃に吼えた。


「うわッ!」


 吐き出された逆襲の連射弾を、ラクスマナは盾で受け止める。が、元より砲撃の反動に揺れていた紅い機体は、衝撃を受け切れずに膝をついた。

 アサルト・キャンサーはゴッソリ抉れ砕けたボディから赤雷を噴きながら、なおも銃撃をゆるめない。身動き叶わぬラクスマナを目掛け、トドメとばかりに左腕のクレーンアームが大きく振り上げられる。


 あわや絶体絶命!


 瞬間、黄金ガニの頭上に、八枚羽根の猛禽が羽ばたいた。

 黒翼がひるがえり、翡翠の刃が鋭角に閃く。二連に響いた斬撃音にガトリングは沈黙し転落、クレーンアームはあらぬ方へと吹き飛んだ。

 両腕を斬り飛ばされた黄金ガニ。

 その眼前に舞い降りた灰色の猛禽が、握り締めた翡翠刀を腰だめに振りかぶって鋭く鳴いた。


「真結月封韻流〝月之羽つきのわ〟!」


 転身から横薙いだ回転斬りが、円月を描いて空を裂く。

 月光一閃。

 斬撃の音は高く鋭く、アサルト・キャンサーの上半身が水平にズレて崩れ落ちる。分かたれた金色の巨体が、それぞれに巨大な雷爆光を放って消滅。蒼くまばゆい逆光の中で、シャナオウは血払うように刃を振り抜きひるがえした。

 納刀の鍔鳴りは、鈴の音めいて涼やかに響く──が、それを掻き消す勢いでトウラが慌ただしい声を上げた。


「無事かマキナ殿!」

「え、ええ、大丈夫……。意外にどうにかなったわね」


 どこか呆然としたマキナの応答に、トウラは安堵も深々と天を仰いだ。

 まるで己の方が危機一髪であったかのごときトウラの様子に、マキナは苦笑いながらあきれを口にしようとして──。


「あ……れ?」


 唇からこぼれたのはそんな呟き。

 ボス撃破の雷爆エフェクトが消え、それと同時に二人のログに流れた獲得戦績と戦利品アイテムの表示。素材類や弾薬、換金アイテムなどが並ぶ中に、ひときわ目立つ表記があったのだ。


 ──〝サーベラス・リボルバー〟──。


 その金色に輝くアイテム名に、マキナは紅瞳を大きく見開いた。


「うわ、! 初めて見た」

「察するに、通常よりも貴重な品か?」

「その通りよ。リボルバーってことはハンドガン? あ、違う、武装じゃなくて強化パーツ……そっか、カニのガトリングについてたやつだ」


 マキナはやや早口で逸りながら、ログのアイテム名をタップし、開かれた説明を確認する。


【サーベラス・リボルバー[魔犬の咆吼]】

【UNIT/ARMS:CerberusRevolver】

 耐久性能:D

 基本重量:10.00

『装着した武装に、3回分のEXリロードを付与する』

『EXリロードによる装填アクションは、装着武装の種別に関わらず、当該パーツの回転挙動によって実行される』

『EXリロードによる装填アクションは、装着武装の性能に関わらず、リロード時間が[0.50sec]に固定される』

『EXリロード実行によるアイテム消費は発生しない』

『EXリロード回数は拠点格納時に全回復する』


「えっと……つまり、出撃毎にマガジン三つ分は高速リロードで撃ち放題ってこと? すごい! 超便利! ただでさえ高火力武装はリロードのスキが大きいし、弾薬代もたっかいんだから!」

「ふむ、例えば、その肩の〝どすこいふぇすた〟などか?」

「ガストラフェテスだ。確かにこれに積めれば最高ね。でもガストラ砲はカノン系だから」


 カノン系武装はその凄まじい威力に加え、射程と攻撃範囲にも優れた超高火力兵装。代わりに装弾数が極端に少ない上に、拠点以外での弾薬装填が不可──つまり、仕様になっている。

 中でもガストラフェテスは火力に特化しており、引き換えに装弾数一発こっきりというピーキー仕様だ。もしも連射可能になったら強力に過ぎるというもの。


 だが──。


「あれ? でもこれ〝3回分のEXリロードを付与〟ってことは、もしかして──」


 サーベラス・リボルバーの装備制限を確認するが、特に記載はない。マキナが所持中の武装に照合してみると、全てに装着可能となっていた。もちろん、ガストラフェテスにもだ。


「嘘、これあったらガストラ三連発できるの?」

「初弾を入れれば四連発だな」

「四連発……、四回も吹っ飛ばせる……」


 マキナは紅い瞳をキラキラさせながら、


「ステキすぎる♪」


 感極まった声を上げる。

 さすが金レア!

 素直に欲しい!!

 ものすごく欲しい!!!

 そう心から渇望するマキナだったが、しかし、戦利品は自動でランダム分配になるよう設定していた結果、この金レアをゲットしているのは彼女ではなくトウラだった。


「ああ、やっぱりソロだったら──! でも、ソロじゃあんなの勝てなかった!」


 うわぁぁ──と、頭を抱えて苦悩するマキナ。

 だがしかし、まだ希望はあると奮い立つ。

 いくら強力なパーツでも、銃火器を装備していないトウラには無用の長物。頼めば売ってくれるかも知れない。そう思ったマキナは、悲壮とも呼べる真剣な面持ちで両手を合わせた。


「トウラ君! お願いがあります!」

「承知した」


 皆まで言うなとばかりにメニューウィンドウを操作するトウラに、マキナは恐る恐るの上目遣いで伺い立てる。


「えっと、お代はいかほどでしょうか……?」

「いらぬ。二人で倒した敵から手に入れたのだから、相応しい方が持つのが道理だろう」


 当たり前のように平然と言い切ったトウラ。

 いかにも彼らしい返答ではあったが、それではマキナも気が引ける。


「いや、さすがにタダでっていうのは……だって金レアよ? すっごい貴重なのよ? これ売ったらシャナオウの頭も余裕で修理できるよ?」

「兜は別にこのままでも構わんが、そなたの気が済まぬのなら……そうだな、それがしの欲しい宝が出たならば、その時には譲ってくれ」


 笑顔も穏やかに、あっさりレア・アイテムを送りつけるトウラ。それはマキナとしても悪くない条件だし、それで良いならそうしたい。

 けれど……しかし……でも……と、逡巡に百面相すること、しばし。


「じゃあ、その……ありがたく受け取ります」


 礼を言う声音はいかにも小さく、笑顔もぎこちなく、目に見えて赤面しているのは照れか遠慮か──。

 なんであれ、トウラとしては、彼女に喜んでもらえれば重畳であった。


「礼には及ばん。マキナ殿には世話になっているし、これからも世話になるつもりだからな。宝のひとつも献上しておかねば、当方も肩身が狭いというものだ」

「ふふ、なによそれ」


 マキナは小首をかしげてくすりと笑う。

 あきれ顔や苦笑いとは違う、甘やかなる微笑。それが金レアの対価だというなら、トウラにとってはこの上もないこと。


 外道には、実に過分の褒美であると──。


 浮かべた彼の笑顔は、自嘲に濁った苦笑い。それを自覚して、ならばこそ自嘲はさらに苦々しく込み上げる。


「……まっこと、それがしは未熟者である……」


 思わずこぼれ出た弱音は、幸いにも、マキナに聞き取られずに済んだようだった。



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