第14話 ギルティ
※
遺構都市ラビュリントス。
フルダイブVRオンラインゲーム〝ギガンテック・コア〟のスタート地点であり、主要拠点となるエリアである。周囲を堅牢な防壁に囲われ、上空をドーム状のバリアに覆われた、まさに電子と鋼器の摩天楼な景観は、SFファンタジーでは定番といえるものだろう。
そんなサイバーシティのメインストリートでのこと。
上空に浮かび上がった巨大な空中ディスプレイの内容に、多くのプレイヤーたちが注目していた。
『──つまりGTCって、元は剣と魔法のファンタジーで開発してたんですよ。でも、某有名シリーズとタイミング被りそうだってんで、偉いさんから急遽ジャンルを変えろって無茶振りされちゃって……。武装とかエネミーの名称とかはその名残というか、ぶっちゃけ考え直す余裕がなかったんです。まあ、ある意──』
映し出されているのは、メガネで小太りな男性がニコやかにインタビューに応じている姿。GTC運営の公式ライブ放送であり、出演者は開発のメインプロデューサーのようだ。
『──ものの、徹底した情報規制といっても限界はあるわけで。まあ、それでも〝自分たちで切り拓く〟というコンセプトに関しては概ね成功してる感じですね。実はサービス初期から実装されているのに、未だに発覚していないネタなんかもありますよ』
ゲームへの反響や評判から始まり、製作サイドの苦労話や裏話を経て、話題が攻略情報に踏み込んだところで、居並ぶプレイヤーたちが大きくザワつく。そんな皆の反応を感じ取っているかのように、画面のメガネPはドヤ顔のカメラ目線。
『もちろん、今回の大型アップデートにもたっぷり隠し要素をブチ込んでます。武装やパーツとかのアイテム類はもちろん、なんと言っても今回の目玉は〝ミリテ──』
瞬間、ブチンと断ち切られたように画面が暗転した。
直後に映し出されたのは、緑の景観に囲まれた水面を、小綺麗な客船が航行していく環境映像。明らかな放送事故に、視聴していたプレイヤーたちがたちまち騒ぎ出す。
そんな喧噪の片隅で、同じく放送映像を眺めていたひとりのプレイヤーアバター。ザンバラの赤毛に鋭い眉目、筋肉質に引き締まった体躯を灰色の初期衣装に包んだその少年は、いかにも思案げに首をかしげて黙り込んでいた。
トウラである。
その立ち姿は腕組み仁王立ちと剛毅に、しかし、浮かべた表情はなんとも深刻に弱り果てている。
別に、彼は周囲の者たちのように放送内容に思うところがあるのではない。元よりなんの気なしに眺めていただけ、彼を悩ませているのは全く別の事柄だった。
「恩を、仇で返してしまったのだろうか……」
暮れなずむ空の茜をバリア越しに見上げ、溜め息まじりに独りごちる。
それは今日のリアルでのこと、アマナギ学園高等部3年A組の教室での失態についてだった。
編入学の挨拶のおり、無彩色の景色に座した灰色の生徒たちの中に、色鮮やかなマキナを見つけた彼は、偶然の再会に喜び勇んで声をかけた。
しかし、当のマキナは動揺もあらわにうつむき、呼びかけをガン無視。
彼は困惑しながらも、休み時間に改めて声をかけたのだが、彼女はまるで昨日のことなど知らぬかのように、現に初対面だと明言した上で、悲しいほど素っ気ない態度を返された。
人違いなはずはないと思った。
どう見ても昨日GTCで世話になったマキナと同一人物だったからだ。
姿形は違うが、立ち振る舞いや仕種、まとう雰囲気からそう感じた。実際、話してみれば声が同じだった。あの独特な色気のある落ち着いた声音は、トウラの記憶に印象強く残っており、間違いないと確信した。
ならば、なにか事情があっての知らぬフリか?
そう思ったトウラは、人違いであったということにして謝罪し、それ以上の接触は避けた。
そして帰宅後、妹に次第を相談してみたのだが──。
〝貴方は相変わらずのスボケ野郎ですわね。クラスの皆さんの前で、恩人のヴァーチャル事情をさらすだなんて、無礼千万の恥知らず。今すぐ腹を切るべきだと思います〟
オンラインでは相手の素性を詮索するのはもちろん、自分の素性を語るのも要注意。それは礼儀云々だけでなく、身辺の安全にも繋がる基本にして大原則の心得。だからこそ、普通はヴァーチャルとリアルでは姿も名前も変えるもの。それを無遠慮に口外するなど浅慮にすぎる愚行であると、冷ややかにたしなめられた。
そういうものか──と、トウラは頷いたものの、正直、腑には落ちない話だった。
だが、それはひとえに彼が特殊であるゆえなのは了解している。
彼の認識と、世間の認識とに差異があったならば、概ねオカシイのは彼の方なのだ。
トウラは世間知らずの
〝は? 昨日ログアウトした場所で待ち構えるのですか? なるほど、完全にストーカーですね。せめて誠心誠意に謝罪して、相手が少しでも拒絶したなら、すぐに引き下がってくださいませ。セツは犯罪者の妹にはなりたくありませんので〟
ログイン前に受けた妹の忠告を思い出す。
トウラにはストーカーの意味はわからなかったが、誠心誠意という点はイチイチもっともだと思った。
トウラは気を引き締めつつ、マキナのログインを神妙に待ち望む。
眼前の大通り、そこに行き交うプレイヤーたち。
その姿は、改めて多種多様である。
SF的な戦闘服や軍装を始め、スチームパンクなレザースーツや、荒野の旅人めいたフードマント。メカメカしい全身パワードスーツもいれば、リアルの街並みに歩いていても違和感のないカジュアルな姿もいる。騎士や魔法使いといったファンタジー衣装に、果てはテーマパークのマスコットのごとき着ぐるみ姿まで、ハロウィンのコスプレ群もかくやな混沌ぶりである。
だが、それに戸惑っているのはトウラばかり。道行く者たちの誰もが平気の平左であるが、さもありなん。
好きに着飾り、好きに振る舞うが仮想空間の醍醐味なれば、この混沌こそが当たり前にして日常の光景ということだ。
そんな浮世離れた光景の中で、ジッと待ち続けること数十分。
新たに目の前に現れた白光のエフェクト。人型に収束したそれが、ついに銀髪長身の女性を象った。
「マキナ殿!」
ようやく現れた待ち人に、トウラは早速に呼びかけたのだが──。
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