第12話 トウラ見参!


 アマナギ学園高等部、三年A組。

 それが石動真希の通う学校であり、所属するクラス。

 いつも通りホームルーム十五分前に教室へと入った真希は、いつも通りに真っ直ぐ己の席に着いた。

 周囲の光景もいつも通り。

 受験や進路のあれこれに勤しむ生徒が多勢を占める中、集まって談笑する者や、携帯端末の内容に戯れる者も少数名。


 真希に話しかけてくる者はいない。

 それもまたいつも通り。


 別に、真希はハブられたりディスられているとかではない。

 純然たる〝ぼっち〟なだけだ。息を潜め、空気として振る舞い、自ら望んでそうなった。

 誰かと仲良く談笑。みんなで大ハシャぎ。なるほど、まさに青春、さぞかし楽しいことだろう。

 けれど、それに伴う様々なシガラミは実に面倒だ。端から見ていてもそう思う。だったらひとりが楽で良い。ソロ万歳である。本来なら学校も通信制にしたかったのだが、一身上の都合でやむなく通学制に殉じてきた。

そんな薄暗い学園生活も卒業まであと少し、数ヶ月の辛抱である。


 近くで女子グループが新作コスメの話題に花を咲かせている傍らで、真希は〝さて、放課後はなにを吹っ飛ばしに行こうか〟と、物騒な思考に耽りながら──。


「はい、皆さん、少し早いですがホームルームを始めますよ」


 入室してきた教師の声が丁寧に響き渡った。

 担任である中年の男性教師。教壇に立つその笑顔はいつも通りに穏やかに。しかし、確かに時間はいつもより早い。まだ予鈴も鳴っていない。常から時間に几帳面すぎるこの教師にしては、明らかに異質。

 なにかあるのか?

 教室内のみんなが不安と期待を半々にそれぞれ席に着いた。


「今日は、このクラスに編入生がきています」


 担任教師が端的に告げる。

 途端、教室中がザワついた。

 それは編入生への興味というより、三年生のこの時期に? という困惑めいた驚きが大きい。

 担任教師はザワつきを抑えることはせず、廊下へと呼びかける。


「入りなさい」

「うむ!」


 応じた凜々しい声音に、教室内のザワつきが気圧されたように静まった。そうさせるほどの覇気を宿した力強い声音だった。

 そして、真希には聞き覚えのある声だった。


(まさか──)


 真希の動揺は、入室してきた少年を見た途端に驚愕に変わる。

 逆ハを描いた太い眉に、目尻鋭くもギョロリと大きな双眸。やや獅子鼻だが鼻筋の整った精悍な顔立ち。不敵に引き結んだ口許と、ザンバラの赤毛を無造作に流しているのも相まって、いかにも武張った印象。たくましく鍛え上げられた体格を、本校指定の制服である白ブレザーと濃紺スラックスに詰め込んだ男子生徒。

 それは真希の想像した通りの姿であり、だからこそ予想外の姿だった。


真結月まゆづき冬羅とうらという! 都会に不慣れな田舎者だが、なにとぞ宜しくお願いする!」


 名前も声も言動も、全てがVRと変わらないリアル【トウラ】がそこにいた。

 愕然と見つめる真希と、冬羅の視線が交錯。

 途端、彼は満面の笑顔を浮かべて声を張った。


「おお、そなたはマキナ殿! よもや学友とは! まっこと人の縁とは奇なるものだな!」


 ビクリと大きく総身を震わせた真希、それはもう端から見ても露骨な動じっぷりだ。


 なに言ってんだなんでわたしがマキナとわかったんだそもそもなんでアバターまんまなんだどうなっているんだフザケンナ吹っ飛ばすぞ!


 真希の中に怒濤のように巻き起こった疑念と抗議の大嵐。だが、今はそんなことは問題ではないのだと、すぐに気づいて狼狽する。


 教壇の担任が、周囲のクラスメイトが、真希を見ている。


 思いっきり、見ている。


 驚きと、疑念と、確かな好奇を宿した視線を一身に浴びながら、真希は痛いほどに頬を引き攣らせたのだった。


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