期待している自分がいて


 気づけば、ダービー一家が指名手配されたと聞いた日から5日が過ぎていた。いまだに、サヴィ様のご両親は見つかっていない。

 このまま逃げ切ってくれることを願いたいわ。だって、そうすればサヴィ様もフォンテーヌのお屋敷でお過ごしできるから。


「サヴィ様! こちらで休憩いたしましょう」

「そうしようか」


 2日前、ラベル様と見慣れないお方……後から、元老院の使いの方と聞いたわ。その2名でお屋敷に来られた時は、ゾッとした。

 でも、ご両親が捕まってないし事情聴取された結果サヴィ様は関わってないことが判明して、まだここに居て良いってことになったの。だから、このまま捕まらなければ……。


 とはいえ、サヴィ様が逃げる可能性を……ううん、違うと思いたい。ダービー伯爵が最後に立ち寄ったのがここだったからというそれだけの理由で、門番に騎士団のお方が交代で見張っているの。

 今日は、ヴィエン様だからちょっとだけ安心するわ。やっぱり、知らないお方に監視されているのは嫌だもの。


 今は、少しぎこちないけど歩けるようになったサヴィ様と一緒に、お庭でお茶をしようと思って。アインスが、歩くのも治療の一環ですって言ってね。たまに顔をしかめるけど、サヴィ様は頑張って歩いていらっしゃる。

 どうやら、毒を排出するには汗をかくのが良いのですって。だから、たくさん水分もとらせないと。


「今日は、ザンギフの指導の元で作った、私特製の紅茶なのです!」

「それはそれは。ぜひ、飲まないとな」

「美味しかったら、また作りますね。でも、茶葉を乾燥させるのって結構時間がかかって……」

「どのくらいなんだ?」

「この陽気でしたら4~5日で行けますが、これからどんどん寒くなりますのでもっとかかりますね。だから、……えっと」


 私は、先にサヴィ様をティーテーブルの椅子に座らせて言葉を詰まらせた。


 その次の言葉は、「だから、連れて行かれないでください」と続けたかったの。決めるのは、サヴィ様じゃないのに。彼が望んだって、連れて行かれる時は連れて行かれるし、処刑される時は処刑される。

 湿っぽくならないように振る舞っていても、やっぱり色々考えてしまうわ。どうして、サヴィ様が……元老院でも関わりがなかったと判断したのに、サヴィ様も罪を背負わないと行けないの? 私には、難しくてわからないわ。


「ベルよ、俺様のことで泣くな。これは、俺様の家の問題なんだ。それに、気づかなかったのも罪だろう」

「違います! そんな……家庭で起こっていることを子が止めることなんて、できません! 子は……子は、いつも親の言いなりです……」

「……ベル」

「あ、ご、ごめ……」

「お嬢様~! お茶をお持ちしましたあ」


 衝動的に叫んでしまった言葉に反省しているところに、イリヤがやってきた。その奥で、門番をしていらっしゃるヴィエン卿が、これでもかというほど敬礼しているけど……どうしたの? まあ、それは良いとして。


 そのトレイには、お茶の用意とクッキー……最近、イリヤがアイシングクッキーを作ることにハマっているとか。アインスが食べたら「いける。味はともかく」って言っていたから、安心できる食べ物みたい。

 色とりどりで、とても綺麗なの。これ、お砂糖なのですって。「今度はチョコレートで作ります!」と張り切っていたけど、ぜひそれもサヴィ様と一緒に召し上がりたいわ。これからもずっと、一緒に居たいわ……。


「お嬢様?」

「あ、ごめんなさい。ありがとう、イリヤ。淹れてもらえる?」

「はい! 今日の湯温は、イリヤスペシャルですよ~。サルバトーレ様はミルクお砂糖蜂蜜何を入れますか?」

「ベルが作った紅茶なら、何もいらん。そのままが良い」

「かしこまりました~。愛ですね」

「ちょっと、イリヤ……」


 イリヤの軽快な声に、サヴィ様が笑い出した。本当に、楽しそうに。楽しそうに……。

 それを見た私も、意味もなく一緒になって笑う。



 一瞬だけね。

 サヴィ様が処刑されれば、私があちらに還った時にご一緒できるかなって考えちゃったの。あちらに行って1人は嫌だから。

 そんなこと、一片たりとも思っちゃいけないのにね。私は、どこまでも自分本位な人間なんだわ。それが、とても憎い。




***

 




 医療室に居ると、お庭でお茶をしていらっしゃるベルお嬢様とサルバトーレ様のお声が聞こえてくる。窓を開けっぱなしにして空気を入れ替えているから、その風と一緒にとても楽しそうな声を運んでくれるんだ。

 今の私にとってその声は癒しであり、反面、耳を塞ぎたくなるほどのもの。特に、サルバトーレ様のお声が、眉間の皺を深める。彼のこれからを思うと、やり切れないよ。全く。


 きっと、ダービー伯爵が捕まった時点で、彼も王宮へ連れて行かれ民衆を前に処刑されるだろう。

 以前、王族を狙って剣を振りかざした人物の一族が民衆の前で斬首刑に処されているのだが、あの時の処刑するまでのスピードは異常だった。もちろん、人を傷つけるのはダメだが、見せしめのようなあのやり方はいまだに納得がいっていない。

 切り傷を負った陛下もずいぶん止めたようだが……元老院が進めてしまってな。


 現場で心肺停止を確認する役を勤めたのもあり、今もあの光景が鮮明に思い浮かぶよ。その顔が、ダービー一家にすげかわるなんて、考えるだけで恐ろしい。どうにかならないものか。


「楽しそうですね、お2人」

「そうですな。きっと、イリヤの新作クッキーでも召し上がっているのでしょう」

「それは狂気」


 私は、シエラ殿の包帯を取り替えながらそんな会話を楽しんでいた。


 最近になってやっと、彼の負った傷口が塞がりつつある。このまま行けば、1ヶ月程度で包帯が取れるだろう。骨折や脱臼はまだ時間がかかるものの、刃物傷や銃弾の跡はある程度時間が経てば小さくなる。シエラ殿の自然治癒力の高さもあり、一般人よりは早めに床上げができそうだ。

 とはいえ、無理をさせてしまえばアキレス腱の回復が遅くなる。ここは、慎重に行った方が本人のためであるな。


「味は置いといて、腹痛も吐き気も頭痛もありませんでしたよ。イリヤなりに成長はしているようです。……まあ、土台を作ったのはザンギフですが」

「ふはっ、相変わらずだなあ。騎士団にいた時もよく作っていましたよ、殺人スイーツ」

「犠牲者の数が計り知れませんな」

「あの子のおかげで、みんなの胃袋が強化されましたよ。だって、食べれば機嫌が良いんですから。鬼のような演習プログラムを、笑顔のイリヤと行なうか真顔のイリヤと行なうか。僕たちにとっては、死活問題ですから」

「ははは、目に浮かびますなあ」


 シエラ殿は、こうやってポツポツと騎士団時代のお話をしてくださる。戻れないのを承知でこうやって話しかけてくると思うと、やはりやり切れない気持ちになってしまう。

 医療者の言う「完治」とは、傷を治すことではない。傷を負った以前の生活に戻すことを「完治」と言うのだ。もう、彼はそれが叶わないからやり切れないんだよ。


 決まり事とはいえ、第一部隊の団長をこうも簡単に除名してしまうのもなんだかなあとは思うが。組織とは、そんなものなのだろう。私には向かん。


「……私は、もう剣を握れませんがその代わりお嬢様を守れるだけの力をつけたいです。歩けるようになったら、イリヤに稽古をつけてもらう時間を儲けたいのですが、そのような要望は旦那様にいえば良いですかね」

「旦那様はNOとは言わないよ。そういう話は、むしろイリヤにお願いしたほうが良いですな。喜んで相手してくれるでしょう。おまけもつきますが」

「……おまけ?」


 最後の包帯を巻き終えると、シエラ殿は腕を曲げ伸ばししてきついところがないか確認してくれている。

 以前は私が言ってしていた作業だったのに、今は自ら率先して行ってくれるんだ。こういうところが、自然治癒力の高さをあげているのかもしれん。


 私は、膿や血のついた包帯を用意していた袋へと入れ会話を続ける。


「はい。うちには、もう1人番犬がいまして」

「あの庭師の……お名前なんでしたか?」

「バーバリーです。彼女も、イリヤ並の体力があります。組み手が大好きで、よく時間を見つけてはイリヤと一緒に戯れてますよ」

「……イリヤと互角にやるって、相当ですよ。何者ですか」

「そうでしょうなあ。でも、花を愛でて、甘いものを好む普通の女の子です。旦那様に拾われた1人……といえば良いでしょうか」

「拾われた?」

「あとは、彼女と親しくなってからお聞きください。強い男性が好きな子ですから、何度か組み手をすれば話してくれますよ」

「わかりました、そうします」


 包帯の収縮を確認したシエラ殿は、そのままゆっくりとした動作でベッドへと身体を預けた。その動作も、日に日に普通になりつつある。

 もう、彼は大丈夫だろう。あとは、清潔感を保って栄養のあるものを食べれば完璧だ。


 それよりも、今サルバトーレ様とクラリスの件だな。

 ダービー伯爵が捕まっても、関係のなかった彼が助かる方法はないのだろうか。あまりにも、背負う十字架が大きすぎる。


「では、続いて……」


 私は、サルバトーレ様の生き残る道を探したい。それに、まだ患者としての治療も終えてないしな。まだまだ、生きていただくつもりではある。が、現実の壁は高い。

 今、私にできることといえば、その傷を1日でも早く綺麗に癒すこと。


 幸い、バーバリーのおかげでさほど毒に関する症状は出ていない。

 口で毒を吸い出したと聞いた時は驚いたが、彼女らしいと笑ってしまったよ。助かってよかった。


 このまま、あの窓から聞こえてくる彼女たちの楽しそうな声をずっとずっと聞いていたい。旦那様に少しだけ相談してみよう。


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