未練は、ない



「……あれ、ここで合ってるわよね」

「……多分。ごめんなさい、イリヤ自信ないです」


 ロイヤル社専用馬車に揺られて屋敷に帰ると、……いえ、ここ本当にフォンテーヌ家のお屋敷? え、何これ。もしかして、ロイヤル社の御者が場所を間違えた?


 そう思って周囲を見渡すも、見るところ全てにおいて見慣れた景色しかない。その延長線でイリヤを見ると、私と同じことを考えているのか屋敷をポカーンを眺めている。

 その後ろを、ロイヤル社の馬車が帰っていくわ……。


「私も自信ないかも」

「あ、でもバーバリーが居ますね。間違いない……と思います」


 イリヤが指差した方向を見ると、木の上にバーバリーが居た。ってことは、フォンテーヌ家で間違いない。


 どうして、私たちがここまで戸惑っているのかって?

 それはね……。


「……私、今までパーティを開いてもらってアレだなって思ってたけど、序の口だったってことがわかったわ」

「そうですね……。その場のテンションって大事だと思います」


 まず、煌びやかな装飾がこれでもかと施された門!

 どこから引いてきたのか、昼間なのにも関わらず電球がピカピカと光輝いているの。カラフルじゃなくて、単色ってところが救いね。


 それに、玄関までの道のりには真っ赤なカーペットが引かれている。その両端に咲くバラの花はとても綺麗だわ。こんな唖然としていなきゃ、きっと楽しめたと思う。

 でもね、それを全て台無しにするように飾られているクリスマスかなって感じの玄関の飾りつけが、私の判断力とか思考力の類を全て奪い去っていく。


「私、お屋敷の中に入りたくないわ」

「イリヤもです……。僕の中にある芸術って言葉が、これ以上足を進めることを拒否しています」

「私、バーバリーと一緒に木登りして良い?」

「お供します」

「あんらぁ、お嬢様、イリヤお帰りなさい!」


 そんな光景に唖然としていると、玄関からザンギフが出てきた。いつも通りの姿だったから、とても安堵したわ。コックの白い生地にこんな安堵するなんて、もうないかもしれない。貴重な経験をしたわね。


 ザンギフは、門前で立ち止まっている私たちに向かって手を振っている。

 どうやら、木登りしなくても良さそう。

 私は、踏みたくないけど赤いカーペットの上をゆっくりと歩いてザンギフへと近づいていく。続けて、イリヤも。


「ただいま、ザンギフ。……これは何?」

「あのね、皇帝陛下の付き人が来るのですって。旦那様ったら、張り切っちゃって」

「陛下の付き人? どうして?」

「理由までは聞いてないですね。お昼に来ていただけたら、お料理を振る舞うのに。お嬢様、私は大人しく先に客間の飾り付けの続きをしますので!」

「……そう」


 なんと声をかけて良いのかわからなくなった私は、スキップでも始めそうなほどご機嫌なザンギフの背中を無言で送り届けることしかできない。

 絶対「大人しく」飾りつけなんてしてない。


 今声をかけなきゃ絶対後悔する未来しか見えないのに、私は無言でカーペットを踏むしかできなかった。というか、これ私が先に踏んじゃダメなやつよね。先にお客様が踏むやつよね……。


「イリヤ、皇帝陛下のお付き人が来るのですって。私も挨拶したいのだけど、こういう時って顔を出しても良いの?」

「……」

「……イリヤ?」


 とりあえず何からしたら良いのかわからなくなったから、イリヤに声をかけてみた。でも、そんな気軽さとは裏腹に、彼女の様子がおかしいことに気づく。


 後ろを振り向き声をかけると、そこには眉間の皺を深めたイリヤが居たの。唇を真一文字にキュッと結び、お化粧をしているのに男性としか見えない。


 彼女のそんな顔を見たことがなかった私は、玄関に向けていた歩みを止める。

 ……ああ、もう。邪魔ね、あの門の装飾の光! 見ないようにしてるのに、視界にチラチラと入ってくる。今は、それどころじゃないのに。


「イリヤ、どこか具合が悪いの? 連れ回しちゃったから」

「……いえ、イリヤは元気です」

「陛下のお付きの方とは良い思い出がないとか? だったら私、部屋でお仕事をしているからお茶を運んで「お嬢様」」


 騎士団時代に何かあったと思った私は、そう提案をした。でも、言い終わる前にイリヤが口を開く。

 今の今まで気にならなかったのに、コツコツと敷き詰められたレンガを歩く音がとても反響して聞こえてくるの。カーペットがあるのに、それはよく響く。


 その音と共にこちらへと近づいてくるイリヤは、逸らしたらいけないと思わせてくる視線を向けてきた。無論、その強い眼差しに全ての意識を持っていかれる。


「なあに、イリヤ」

「……お嬢様は、全てが終わった後どうされますか」

「全て?」

「グロスター伯爵家で起きている事件が片付き、伯爵を殺したお方が見つかったその後の話です」

「……え、な、なんで、その話?」

「今、お答えください」


 視線だけじゃないわ。その声色、話し方、それに、立ち位置全てが、私の身体を固定させてくるの。

 イリヤは、こんな話し方ができるのね。騎士団の団長だったなんて想像もつかなかったけど、この雰囲気なら信じられる。今なら、ちょっとだけラベル様の気持ちがわかるわ。


 私は、真っ直ぐに向けられた視線に囚われながらも、口を開く。幸い、その答えを持っていたから。


「そうね。私も恩知らずじゃないから、過去に私を殺したのが本当に家族だったのか、それに、今起きていることが解決してもすぐにはこの身体から離れないわ。ちゃんと、フォンテーヌ家が子爵の爵位を保てるのを確信したら、その限りではないけど」

「確信したら、どうされるのですか」

「そうなったら、私の役目は終わりよ。元々、私はここに居てはいけない存在だから、ちゃんとベルにこの身体を引き渡す」

「……じゃあ、貴女様は居なくなられるのですか」

「そうなるわね」


 もっと喜ぶと思ったのに、イリヤの表情は私が話せば話すほど険しいものになっていく。険しいというよりも、悲哀に近い。そんな顔をさせるために、言ったのではないのだけれど。


 私には、彼女の気持ちがわからない。

 どうして、そんな悲しそうな顔をするの? もっと早く、ベルに戻ってきて欲しいの? でも、貴女は優しいからそんなことを口にしないのはわかっているわよ。


「大丈夫よ、お父様たちのことが済めば未練はないわ。シャロンはそもそも私から去っていったのだし、アレンも私の味方じゃなかったんだもの。ちゃんと駄々こねないで、ベルに返せるって約束する。誓約書を交わしても構わないから」

「……未練、ないのですか」

「ええ。私は、所詮嫌われ者のアリス。こんなみんなが好いてくれるベルではないもの。身体もこの環境も、全部借り物だから私にとっては夢みたいなもの。一時だけでも、この温かさを体験できて儲けものだったし、未練なんて贅沢だわ」

「……そうですか、わかりました」


 これが、嘘偽りない私の気持ち。そして、私の着地点。


 せっかく目覚めたのだから、少しは過去の私について知りたいじゃない? そこは、あれよ。好奇心ってやつ。

 具体的には、本当に家族に殺されたのか知りたいって感じ。


 私が死ぬ直前に、みんなが罵っていたのは聞こえていたわ。でも、それでも家族を信じたいの。

 信じた先にあるものが、私の思った通りのものじゃなくても構わない。だって、過去はもう変えられないし、そこに固執しても虚しいだけだし。


 すると、私の気持ちを聞いたイリヤから、悲しそうな表情が一気に消えた。

 何かを決意したかのような顔をしているけど、気のせいかしら? 大きく息を吹き込みながら、ゆっくりと私との距離を縮めてくる。


「僕は、今決めました」

「な、何を?」

「僕は、お嬢様のお手伝いをします」

「良いわよ。……これは、私の問題だし」


 どうやら、本当に決意した顔だったみたい。

 にしても、何を決めたの? お手伝いって? ちょっとだけ怖い。

 

 イリヤがこちらへ近づく度、ピリピリとした空気が肌を刺激してくる。それは、私に「怒り」を植え付けさせてくるような印象だわ。

 意味のわからない私は、赤いカーペットの敷かれた場所で立ち尽くすしかない。


「イリヤは、貴女様に未練を与えます。そのお身体から、離れたくないと駄々をこねるまで与えます」

「え?」

「手始めに、これから訪問される人を使いましょう。本当は会わせるつもりなかったのですが、気が変わりました」

「……イ、イリヤ?」


 言っていることの意味がわからない。

 でも、怖いってことだけはわかる。


 私は、今の今まで視界にチラチラと入って邪魔をしてきていた装飾品の数々が全く見えなくなったことに気づいた。

 だって、それよりもイリヤの気迫っていうの? が、ものすごいんですもの。




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