ベルじゃないの



 暗い部屋の中、蝋燭の明かりが目に飛び込んでくる。

 それは、ユラユラと私の心のように揺れ動く。


「……私が、殺した」


 目の前に、誰かがいる気がする。

 けど、気のせいかもしれない。頭がふわふわしていて、よくわからないの。


「私が、埋めた」


 何を?

 私は、何を殺して、何を埋めたの?


 膝に置かれた両手に力を入れてみるけど、空を掻いてうまくできない。


「5年前の仇を取るために。私が、殺した」


 なのに、口だけはよく動く。

 それは、私の声なのに遠くから聞こえる……。





***




 あれから、丸1日が経った。

 窓から差し込む夕日が、それを教えてくれる。


 でも、私はベッドの上から動けないでいた。

 ずっとここで、上半身を起こして泣いてはボーッとしてを繰り返しているの。寝た記憶はないわ。


 なぜ、お父様は死んだの? 使用人って、誰?

 ミミリップ地方で、何が起きてるの?

 何も情報がない中、グルグルと同じことを考えて不安だけが蓄積されていく。といっても、教えてと言える内容でもないし。


「お嬢様、スープをお持ちしました」

「……いらないわ」

「では、白湯だけでも」

「……」


 急にどこかへ行ったかと思えば、イリヤはお盆にスープとグラスを持ってきた。


 食べないと怪しまれる。

 頭ではそうわかっているのに、身体が言うことをきいてくれない。


 そんな私を、屋敷中の人たちが心配してくれている。代わる代わるお見舞いに来てくれてね。サイドテーブルを3つ置いても置けきれない量のお菓子やお花が横目に見えてるの。

 嬉しい反面、今の私にはプレッシャーでしかない。そう思ってしまうのも、罪悪感として心に重くのしかかる。


「お嬢様、何かして欲しいことはございますか?」


 イリヤは、避けてしまった負い目もあるのか、こうやってずっと私に寄り添ってくれている。

 違うのに。それも、口にできない。


 質問に対して私が首を振るたび、「大丈夫ですよ」と言って頭を撫でてくれるの。それが心地よくて、出て行ってとも言えない。

 私は、何をしているのかしら。


「……何でも良い?」

「ええ、何でもやりますよ」

「変なことでも良い?」

「良いですよ。イリヤは、こう見えてお笑い芸人なのです」


 イリヤだって、昨日から寝てないのに。そんなこと微塵も感じさせない笑顔を私にくれる。

 それに甘えたくなった私は、視線を足元に落として重い口を開いた。


「……さっきみたいに、ぎゅーってしてほしい」

「え?」


 して欲しいことを聞かれたら、急に誰かの体温が欲しくなったの。

 お願いの仕方、これで合ってる? 言ったことないからわからないわ。


 イリヤの方をゆっくり見ると、そこには目を見開き固まる彼女がいる。なんだか顔が赤い気がするけど、夕日のせいかな。


「ダメなら良い……」

「あ、いえ。あの、ダメじゃないです。でも、そういうのは旦那様たちにお願いした方が……」

「私は、イリヤの方が良い」

「……少々お待ちください」

「イリヤ?」


 私の話を聞いたイリヤは、何故か部屋を出て行ってしまった。と思えば、ものの数秒で戻ってくる。しかも、なんか「パンッ」て乾いた音が聞こえたけど……。

 何してきたの? 頬が真っ赤よ。


「お嬢様、失礼します」


 そんな彼女は、さっきとは違ってキリッとした表情で私の方へと腕を伸ばしてくる。

 ……甘えて良いってことだよね。ちゃんと言ったから、前みたいに怒らないよね。


 私は、怖々としながらその腕に身体を預けた。


「……温かいね」

「生きてますから」

「……私、生きてる?」

「はい、生きておりますよ」


 イリヤの体温は、私よりも温かい。その温かさが、スーッと私の心の隙間を埋めてくれるの。


 アリス時代にこういう温かさを感じる時がなかったから、とても新鮮だわ。こうやって抱いてくれる人は、誰一人としていなかったし。私も私で、それを望んでいなかったけど……。

 本当は、誰にでも良いからこうやって抱きしめて欲しかったのかもしれない。今、ふとそう感じたわ。


 私は、そんな温かさに賭けてみようと思った。


「……イリヤは、私が何言っても離れない?」

「はい、離れませんよ。その代わり、イリヤが何言っても離れないでいただけると嬉しいです」

「どうして、私がイリヤから離れるの?」

「……それより、お嬢様は何を言うのでしょうか?」


 ベルの言う通り、イリヤが私を疑っていると言うならば楽になった方が良いのかもしれない。

 それに、イリヤなら……。この温かさをくれるイリヤなら、私を理解してくれるかもしれない。


 そう思った私は、彼女の腕の中でこう言った。


「私ね、ベルじゃないの」


 心臓の音が聞こえる。


 これは、どっちのものなのだろう?

 ドクドクと、まるで耳元で鳴り響いているかのように、はっきりとリズムを打っている。




***




「ロベール卿、一旦引きましょうか」

「そうですね。門番2名、屋敷内警備に3名残して撤退しましょう」


 遺体は、すでに侍医と共に王宮へと向かっていた。

 めぼしい証拠品も集めたし、ずっとここに居ても領民たちを刺激するだけ。クリステル様の言っていることは、正しい。


 俺は、戸棚にみっちり詰め込まれた本を眺めながら、それに賛同する。


「門番は3名の方が良いでしょう。万が一、領民がなだれ込んだら一大事です。それに、領民に混ざって犯人が証拠隠滅を図る可能性だってあります」

「確かに。そうしますね」

「ええ。交代制にして、ちゃんと休息を取るように」

「わかりました。お気遣いありがとうございます」


 実際、現場に来ている殆どの騎士団たちが疲弊していた。

 寝ずの作業をしているのだ、当たり前だろう。かく言う俺も、手足を泥だらけにして走り回ったせいか、少し眠い。


 それに、精神的にもキツかった。

 作業をしつつ、団員に指示を送るのは良い。そんなの、日常的にしていることだから。

 それよりも、作業しながらでも聞こえてくるアリスお嬢様への罵倒が辛い。何度、怒りを極限まで溜めたことか。


 それも、そろそろ限界が来ていた。

 これ以上聞いていたら、あの門のところにいる領民を持っている剣で切り刻んでしまいそうだ。故に、クリステル様のご提案にホッとする。


「では、30分後に撤退を。裏口からゆっくりと抜けましょう」

「そうですね。正門は出られそうにないですし」

「裏口を知っていて助かったわね」

「……ええ。昔からありましたから」


 アインスも、途中から来た侍医も、その裏口を通ってここに来ている。本当、5年前と変わっていなくて安心すら覚えるよ。


 この本棚だって、よくアリスお嬢様が息抜きに読んでらしたもので……。


「あれ?」

「どうされましたか、ロベール卿」


 先ほど侍医からもらった簡易検死の結果を読んでいたクリステル様は、俺の声でこちらを向く。

 そんな俺の視線は、相変わらずみっちりと詰まった本棚だ。いや、みっちりとは詰まっていない。


「……いえ。なんだか、冊数がおかしい気がして」

「冊数?」

「ここのグリム童話全集、1冊分あいています」


 全部屋確認したが、本は落ちてなかったし報告にも上がっていない。なのに、本が1冊ないんだ。

 一番下の段の右側が、1冊分抜けている。


 たいてい、このような本は持ち出しても庭まで。かなり分厚く、外に持ち出そうという気は起きないはず。

 とはいえ、持ち運ぶ人だっているか。そう思うも、やはり気になってしまう。


「本当ね。それも報告にあげましょう」

「ありがとうございます」

「ほかに、何か気づいたことはある?」

「特にありません」


 本棚から視線を外した俺は、書類片手にメモを取るクリステル様に向かって一礼をして部屋を出る。

 今から、屋敷全体を回って撤退命令を出さなくてはいけない。30分で終われば良いが。



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