デスゲームの終わり
赤佐田奈破魔矢
第1話 ゲームクリア
ラスボスの体力を示す赤いゲージが消滅した。
それと同時に、白い光と共にラスボスの体が消滅する。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
戦いは終わったが、緊張は解けるどころか逆に増していた。
それは俺だけでなく、仲間達も同じだろう。
頼むから、裏ボス登場なんて展開は、やめてくれよ。
誰に言っているのか自分でもよく分からなかったが、心の中で祈る。
数秒後、ラスボスの体の代わりに『クエストクリア』の文字が宙に浮かび上がった。
それとほぼ同時に無機質な声のアナウンスが響き渡る。
『────ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました』
ようやく、肩の荷が下りた。
忘れていた疲労感が蘇り、地面に膝を突く。
座り込む者、仰向けに倒れ込む者、周りも似たような感じだった。
『これより、スタッフロールの終了後。プレイヤーの皆様を順次ログアウト致します。その場でお待ち下さい』
アナウンスが告げる。
正面に白い巨大な長方形の光が浮かび上がり、それを画面としてスタッフロールが流れ始めた。
プロデューサーやディレクターなど、このゲームの開発にかかわったスタッフの名前が次々に下から上へと昇っていく。
「スタッフロールっていうか......ぶっちゃけ戦犯リストだよな。これは」
芹名が静かに呟く。
酷い言い草ではあるが、あながち間違いでもない。
流石にここに名を連ねている全員が、この悪魔染みた計画に加担していたとは思えないが、それでも計画を未然に防ぐことができなかったという点では彼らにも責任があるだろう。
俺は全てが変わったあの日の事を思い出す。
専用のヘルメット型インターフェースの発生させる電界により、脳波を感知・干渉。そうすることで、仮想空間内を現実のように自由に動き回ることのできる技術である。
その技術を利用し、ゲームの中に入り込んだかのように遊べるフルダイブ型ゲーム機が一般家庭に流通するようになって、早十年。
ゲーム市場は、未だかつてないほどの繁栄を遂げ、数多くのソフトが作られたが、その中でも特に盛り上がっていたジャンルが、VR-MMORPGであった。
数千、数万のプレイヤーが広大な一つの仮想空間に集う。そこはまさにもう一つの世界だった。
この『アスガルド』もまた時流に乗り、有名タイトルの一つとして数えられるようになった傑作ゲームである。
神話をテーマにした剣と魔法のファンタジーの世界で、邪悪な怪物達と戦うクエストをこなしていくこのゲームは、お世辞にも一般受けはしないであろう、高難易度であったが、その歯ごたえと戦闘の自由度の高さから、多くのコアゲーマーの心を捕らえた。
かくゆう俺もこのゲームの魅力に取りつかれた者の一人だ。
始めたきっかけは、大学受験に失敗した、現実から逃避するためであったが、俺はみるみるうちにこのゲームにハマっていき、寝食を忘れてひたすら仲間達とクエストに励んだ。
それは、ゲームの面白さもあっただろうが、仮想世界にのめり込むことで、辛い現実から逃れようとしていたのかもしれない。
類は友を呼ぶというが、俺の周りには似たような人間が集まった。
引きこもり、フリーター。皆世間からあぶれ、仮想世界に行き着いた者達だ。
多くのネットゲームの例に漏れず、このゲームにもプレイヤー同士のコミュニティーであるギルドが存在する。
俺達のギルド『オラクルナイツ』は、人数は30人程度とギルドとしては、中規模だったものの、現実の時間と引き換えに仮想世界での経験を積み重ねた精鋭が揃っていた。
期間内に討伐したモンスターの数をギルド間で競う、討伐戦では何度もトップに立ち、新たなクエストが配信されれば誰よりも先に攻略した。
そうしていつしか、オラクルナイツはアスガルドNo1のギルドと、周囲から呼ばれるようになった。
仮想世界の街を歩けば、周りからは羨望の眼差しを向けられた。
心地よかった。たとえ、それが仮想世界だけのものであったとしても、既にその時の俺にとっては、この仮想世界こそが自分のいるべき世界。理想郷であった。
だが、そんな世界はある日突然、地獄に変わった。
それは、今より半年前のことだった。
発売から3年。とうとうメインクエストの最終章が、配信されるということで、誰よりも早くラスボスを倒し、エンディングを見るため、俺達はその前日からアスガルドにログインしていた。
皆考えることは同じ様で、アスガルドの街には、アプデの行われる日付の変わる瞬間を待つプレイヤーが多くいた。
しかし、日付が変わっても一向にクエストは配信されなかった。
それどころか、ゲームからログアウトができなくなっていた。
アスガルドでは、特定のアクションをすることでメニューウインドウを呼び出すことができ、ウインドウの一番下にあるログアウトボタンをタップすればゲームからログアウトすることができる。
しかし、日付が変わるとほぼ同時に、メニューウインドウからログアウトボタンが消失していた。
ゲームからログアウトができない。
ハードごとに細かい仕様の違いはあるものの、基本的にフルダイブ型のゲーム機というものは、脳から体に向かって出力される命令を、頭に装着したインタフェースで遮断しつつ、アバターを動かす電気信号に変換している。
もし体への命令が生きていれば、仮想空間内で走ろうとした際、現実の体も動き、部屋の壁に衝突してしまうからだ。
つまり、ゲームにログインしている間は、俺達は現実の体を動かすことができない。
これは、重大な問題だ。
現実に戻ることができない以上、食事を取ることもできないし、トイレに行くこともできない。今はまだ夜中であるが、朝になれば仕事や学校に行かなくてはならない人間もいるだろう。幸い、睡眠はゲームにログインしたままでも可能だが、生活に影響が及ぶのは避けられない。
運営側からすれば絶対に起きてはならないバグのはずだ。下手をすれば、商品回収という事態にさえなりかねない。
プレイヤーの間でも既に騒ぎになっていることから、当然運営もこの異変には気付いているはずだ。
アスガルド、またアスガルドを動かすゲームハードである『コクーン』の開発会社である『ニューワールド』はゲーム業界の最大手企業であり、ユーザーからの信頼も厚い。
にもかかわらず、いつまでたっても運営からのアナウンスすらないのはいくらなんでも異様であった。
とはいえ、なにができるわけでもなく、俺達は街に留まりひたすら運営からの説明を待ち続けた。
そうして、日付が変わってから6時間ほど経った頃だっただろうか。
突然景色が変わった。
24時間青空が広がるセントラルエリアの空が一瞬の内に黒雲に覆われた。
周りの景色も中世風の都市から、朽ち果てた古代遺跡のような街並みに変化していた。
どうやら強制的に、別のエリアに転送させられたらしい。
俺がいたのは、大きな広場で、周りには三千人を超えるプレイヤーがいた。人数からして、現在ログインしているプレイヤー全員がここにいるのだろう。
ようやく運営から説明があるのだと俺は安堵した。
上空の黒雲が割れていき、雲よりもさらに黒い空が姿を現した。
そして、そこに赤い血のような文字で綴られた文章が現れた。
内容は以下の通りだった。
一、本日零時零分を持って、このゲームから自発的にログアウトすることは不可能となった。
二、外部からコクーンの取り外しや破壊が試みられた場合、または1時間以上の外部電源切断及び3時間以上のネットワーク回線からの離脱、以上のいずれかの条件が満たされた時、コクーンの信号素子から高出力のマイクロウェーブが発せられ、そのプレイヤーの脳は破壊される。
三、ゲーム中、ライフがゼロとなった場合も同様の手段でプレイヤーの脳は破壊される。
四、このゲームのメインクエストの最終章にて、新たに追加された30のクエストが全てクリアされた時、その時点で生き残っているプレイヤー全員がゲームから自動的にログアウトされる。これがこのゲームから解放される唯一の方法である。
五、現実世界では、既にこれらのことはマスコミを通じて周知されており、諸君らの現実の体は、猶予期間の内に病院等の施設に搬送され、厳重な看護体制の下に置かれるはずである。安心してゲームの攻略を目指してほしい。
訳が分からなかった。
確かにコクーンには大容量のバッテリが内蔵されており、そこに溜められた電力を使えば、プレイヤーの脳を破壊するだけの電磁波を発生させることは可能かもしれない。
だが誰が? 一体何のために、そんなことを?
いや、動機なんてものはもはやどうでもよかった。
問題なのは、ゲームをクリアしなくては、現実世界に帰ることができないこと。
そして、もしゲームの中でライフがゼロになったら、死ぬかもしれないということだ。
そもそもこれは、本当のことなのか。ただの悪趣味なイベントの演出ではないのか。
しかし、相変わらず、ゲームからログアウトすることはできなかったし、それ以上運営からの説明も無かった。
広場から少し歩くとクエストの受注場所があり、そこには、見たことのない30のクエストが追加されていた。
アスガルドには複数の街があり、街によって受けられるクエストは異なる。
おそらくここが、最終章の舞台となる街なのだろう。
よく調べてみると現在受けられるクエストは30の内の1つだけだった。
どうやら一つ一つ順番にクエストをクリアしていくことで、次のクエストが受けられるようになる仕組みらしい。
正直、その時の俺は運営からのメッセージを本気で信じてはいなかった。
たかが、ゲームに生き死にが掛かっているなんて馬鹿げている。
あれはきっと運営スタッフの誰かが無断で行った悪ふざけで、きっとその内ログアウトもできるようになるだろう。
周りからも大体似たような声が上がっていた。
とはいえ、この状況でクエストに行くのも気が進まず、俺は再び街の片隅で、事態が進展するのを待った。
それから、しばらくして、十人程度のグループが追加されたクエストに行ってみると言い出した。
当然、止める声も多くあったのだが。
「どうせ、あんなのはでたらめだ。それに結局のところ死ななければ問題ない」
そう言って、彼らはクエストを受注し、出発してしまった。
街の門の前からクエスト用のフィールドに転送される彼らの姿を大勢のプレイヤーが見届けた。
しかし、彼らが帰ってくることはなかった。
アスガルドのクエストに制限時間はないが、クリアするにしろ、失敗するにしろ、長くとも1時間もあれば一つのクエストは終了する。
クエストが終了すれば、プレイヤーはその街の広場に戻される。
しかし、出発してから何時間経っても、彼らが広場に姿を現すことはなかった。
そうして、ようやくプレイヤー達の間に危機感が芽生え始めた。
ゲームからログアウトできなくなってから3日以上が経過しても、状況に変化は無かった。
押し寄せる不安に耐えきれなくなったのか、これまでに百人近い数のプレイヤーがゲームのクリアを目指し、新たなクエストに挑んだものの帰ってくる者はおらず、その事実がさらに他のプレイヤーの恐怖を煽った。
そして、アスガルドに囚われて一週間が経った頃には、もはや、そこは地獄となっていた。
恐怖に押しつぶされ、うずくまって慟哭する者や地面をのたうち回る者。互いに罵り合う者。
街のあちこちから怒号や狂ったような叫び声が聞こえた。
俺もまた、道端に座り込み、意思なき目でその光景を見続けていた。
新たに追加されたクエストはまだ一つもクリアされていない。
どうやら、その難易度は、これまでとは比較にならないようだ。
もともと高難度として知られていたアスガルドであるが、それでもここまで攻略に手こずることはなかった。現在、クエストに挑むプレイヤーの数自体が激減していることを加味してもである。
最も実際のところ、クエストの難易度もクエストに行ったプレイヤー達がどうなったのかも分からない。
クエストに行った者は誰一人として帰ってきていないのだから。
だが、それこそが、一つの事実の裏付けとなっていた。
おそらく、彼らは死んだのだ。
もし、あのメッセージに書いてあることが全てでたらめだったとしたら、今頃俺達は外部からコクーンをはぎ取られ、現実世界に戻っているはずだ。
しかしそうなっていないということは、現実世界でもコクーンを取り外すことのできない状況に陥っているということになる。
一体どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
あのメッセージを信じるなら、このゲームから抜け出すには、新たに追加された30のクエストをクリアするしかない。
しかし、もしクエスト中に体力が尽きれば、自身の命も失うことになる。
そんなのはもう、ゲームじゃない。
当分の間────下手をすれば一生。俺は元の世界に帰ることができない。
家族に会うこともできない。
そう思うと、あれだけ逃げ続けた、嫌なことしかなかったはず世界に戻りたくて仕方がなかった。
こんなゲームなどやらなければ良かった。
現実逃避なんてせずに、真面目に次の入試に向けて、勉強するなり、そうでなくとも就活するなりしていれば、こんな事件に巻き込まれずに済んだかもしれない。
今のこの状況に比べれば、自分がこれまで元の世界で、不満に思っていたことが、どれだけちっぽけで、下らないものだったか。
全ては結果論であるがそう思わずにはいられなかった。
もう、不平は言わない。真面目に生きる。だから頼むから元の世界に返してくれ......!
俺はうずくまって、嗚咽を漏らした。
どれだけ、後悔しても状況は変わらない。
この電子上の世界では涙を流すことすらできなかった。
そうして、どれだけの時間が経っただろうか。
数時間、数十分。もしかしたらほんの数分程度だったのかもしれない。
それは、俺の内から湧き出てきた。
『また、そうやって逃げるのか』
俺は間違っていた。
このゲームをプレイしたことじゃない。
現実から目を背けていたことだ。
このゲームをプレイする前から、感じていた。
オラクルナイツがアスガルドNo1のギルドになってからもずっと感じていた。
これでいいのかと。
これが、俺の望んだ人生なのかと。
だが、現実の俺は、何者でもなかった。これとった取り柄も無い。自分のやりたいことすらわからない。空っぽな自分。
そんな辛い現実を直視することが嫌で、目の前の仮想世界での栄光に酔いしれることで、気づかないふりをしていた。
生き方に正解はない。
肩の力を抜いてその日その日を楽しく生きる。
そういう生き方もあるだろう。
輝かしい成功を手にすることだけが人生じゃない。幸せに生きるために、身を削るような努力をしなけらばならないなんて決まりはない。
だが、少なくとも自分でも今の状況に不満を持ち、抜け出したいと思っていながら、立ち向かうことを恐れ、漫然と時間を浪費し続けるような人生は絶対に間違っている。
俺は立ち上がった。
俺はもう逃げない。本気で生きる。自分の人生を。
そのために、元の世界に帰らなくてはならない。
しかし、いくら俺がこのゲームのトッププレイヤーだからと言って、俺がゲームを攻略しなくてはならない道理はないだろう。
ただ元の世界に帰るだけなら、外部からの助けを待ち続けるのも手だ。
だが、俺はこのゲームをクリアすることを決めた。
それは......もしも、自分の力でこのゲームをクリアして、元の世界に戻ることができたら。この先、どんなことがあっても俺はやっていける。
そう思ったからだった。
俺は、最終エリアの南端にある転送装置に向かった。
アスガルドでは、街に一つずつある転送装置を利用して、街と街を行き来する。
幸い、転送装置は今も正常に作動しているようだった。
セントラルエリアに戻った俺は、オラクルナイツのギルドハウスに向かった。
いつもギルドのメンバーが集まり、賑わっていたハウスは静かだった。
中にいたのは8人。
ハウスに入った俺に、視線が集まった。
仲間達の表情を見て、俺は理解した。
それぞれのアバターの顔に、並々ならぬ強い意志が浮かんでいる。
各々理由は違うだろう。だが、彼らもまた俺と同じように元の世界に帰るため、ゲームを攻略することを決意したのだ。
俺が来た数時間後に新たに2人のギルメンがギルドハウスにやってきた。
そうして、俺達は11人で、クエストの攻略を始めた。
予想していたことではあったが、新たに追加されたクエストの難易度はこれまでとは比べ物にならなかった。
何より、自らの命がかかっているという恐怖が体を縛り、いつも通りの動きを妨げた。
だがそれでも俺達は諦めなかった。
これまで培ってきた経験を総動員し、恐怖によって精神を研ぎ澄ますことで、クエストを攻略し続けた。
そうして、半年後、とうとう俺達11人は誰一人欠けることなくこのゲームの最後のクエストをクリアした。
「......」
皆黙って、目の前のスタッフロールに目を向けている。
その表情に歓喜の色は無い。
ゲームをクリアしたところで、あのメッセージやアナウンス通りに、全プレイヤーがこのゲームから解放されるという保証はないのだ。
逆にこのスタッフロールが終わった瞬間、コクーンから高出力のマイクロウェーブが放たれ、全てのプレイヤーの脳が破壊される可能性だってある。
計画の主犯が誰かは知らないが、こんな悪魔染みた所業を行う人間だ。そのくらいの底意地の悪さはあってもおかしくはない。
一度悪い方向に物事を考えると、どんどん思考がネガティブになっていった。
徐々に大きくなっていく不安を無理やり押し込めるため、俺は口を開いた。
「なあ......元の世界に帰ったら何がしたい?」
周りの視線がこちらに向く。
「そうだなぁ。とりあえず普通に就職活動するかな」
一番初めに答えたのは芹名だった。
「へえ。あれだけ働いたら負けだとか言っていたくせに?」
俺はかつての芹名を思い出しながら言う。
現実での芹名は、無職の引きこもりだ。
大学進学のために上京したもののすぐに中退し、かといって働くわけでもなく親の仕送りに頼って、これまで生きてきたらしい。
「まあ、こういう状況だったしな。流石に自分の人生について考えたよ。空白期間も長いし、まとも就職先があるかは分からねえが。就職して、結婚して......。毎日夜遅くまでこき使われて、貴重な休みも家族サービスに費やされる。そういう人生も案外悪くねぇ。最近、そう思うようになった」
そう言って、芹名は少し照れくさそうに笑う。
次に口を開いたのは三神だった。
「僕は会社を継ぐために、勉強かな。ああそうだ、芹名。後、他の皆も就職希望なら口利くけど」
「お前ん家の会社って、『三神アーツ』だろ? もうゲームはこりごりだぜ」
「別にゲーム会社だからって、皆業務でゲームしてるわけじゃないけど。広報とか営業だってあるし......」
首を振る芹名に、三神が言う。
三神の父親が経営している会社、三神アーツはゲームソフトの制作会社である。
流石にニューワールドには及ばないものの、その規模は日本のゲーム会社の中でも5本の指には入る。
その跡取りである、三神は言うなればボンボンだ。
しかし、生まれた時から三神アーツを継ぐことが決まっていた自分の人生が嫌で、三神は親元を離れてフリーターをしていたらしい。
しかし、あれだけ嫌がっていたにも関わらず、今は会社を継ぐ気でいることから、この半年の間で三神の中でも何か変化があったようだ。
「俺はビックになりてぇな! 現実に戻ったら、このゲームでの出来事を本にして出版する! そうして、数千人のプレイヤーを救った英雄兼ベストセラー作家として、テレビやラジオに出まくり、ゆくゆくは国民的人気タレントに! その後は知名度を足がかりにして、国会議員となり、政治家として活躍の幅を広げる予定だ!」
こぶしを握って声を上げたのは狩野だった。
目立ちたがり屋の狩野らしい夢だと俺は思った。
ギルド対抗の討伐戦で、仲間内で最も1位を取り続けることに拘っていたのが狩野だ。
「俺は世界中を旅したい」
「大学入って、薔薇色キャンパスライフ!」
「ゲームしか能が無いし。本気でプロゲーマー目指してみるか」
「見逃したアニメの最終回を見る!」
「また引きこもるかな」
「燃えるような恋がしてぇ」
皆口々に自分のやりたいことを上げていく。
「西野は?」
俺は、まだ答えていない、右隣に座っていた仲間に尋ねた。
突然話を振られて、驚きつつも、西野が答える。
「俺? 俺はそうだなあ。とりあえず、自分のやりたいことを捜してみようとは思ってるけど、正直その日その日を生き残るのに精一杯であんまりそういうこと、考えてなかったな。ああ、でもとりあえず、真っ先にやりたいことは決まっているよ」
「へえ、何なんだ?」
俺が聞くと、にやりと笑みを浮かべて、西野は答えた。
「白米とみそ汁が食べたい」
ああ、確かにそれは真っ先にやらなくてはならないことだ。
最も、おそらく現在、現実での俺達は点滴もしくは経鼻経管チューブから流し込まれる流動食によって、栄養を取っているため、すぐに固形物を食べることはできないだろうが。
具なしのみそ汁ならギリいけるのだろうか?
まあ、とりあえず現実に戻ってからの楽しみが増えたのは間違いない。
「というか高宮。そういうお前はどうなんだよ?」
芹名が、こちらを向いて聞いてくる。
顎に手を当て、虚空を見上げたまま、俺は答えた。
「俺は......そうだなあ。漠然とした言い方になってしまうけど、誰かを喜ばせるようなことがしたいな」
「はあ?」
「いや、ほら。俺達がクエストをクリアする度、他のプレイヤーから感謝されただろう?」
「ああ。そうだったな」
思い出したように芹名が声を上げる。
クエストをクリアして街に戻ると、何人ものプレイヤーから感謝の言葉をかけられた。
ある者は顔をくしゃくしゃにして、ある者は何度も頭を下げ、感謝の意を伝えてきた。
初めてのことだった。人からあんなにも感謝されたのは。
「その時思ったんだ。現実でも自分の力で誰かを喜ばせることができれば、こんな俺でも少しは自分や自分の人生を好きになれるかもしれないって。西野の言う通り、毎日生き延びることばかり考えていたから、具体的にどうするかはまだ決まってないんだけど......」
「そうか」
一言そう言って、小さく笑みを浮かべると、芹名は正面のスタッフロールに視線を戻した。
俺もスタッフロールに目を向ける。
丁度、スタッフロールが終わろうとしていた。
再びこちらを向いて、芹名が言う。
「それじゃあ、最後にギルドマスターとして。何か一言言ってもらおうか」
ギルドマスターとは俺のことだ。
最もギルドを作る時に、ゲームのシステム上、ギルドのリーダーであるギルドマスターを定めなければならなかったため、ほぼ無理やり押し付けられた役職であって、別にリーダーらしいことをした覚えはない。
俺は少しだけ考える。
俺達は皆、現実世界からこの仮想世界に逃げてきた者だった。
だが、きっとこれから俺達は、一人一人違う道を歩むことになるだろう。
俺達の未来がどんなものになるのかはわからない。
だけど、ただ一つ確かなことがあった。
もう二度と仮想空間上で俺達全員が揃うことはないだろう。
「今日限りを持ってオラクルナイツを解散する────」
静寂の中、俺は呟くように言った。
それと同時にスタッフロールが終了し、画面から強い光が発せられた。
その光は、一瞬の内に周りの景色を飲み込み、そしてこの世界の全てを包んだ。
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