☆1st Song☆

ひとけのない校舎。屋上の入り口前の踊り場。

そこで一眠りして帰るのが俺の日課だ。


この校舎は4階建て、特別教室ばかりが入っている。

放課後は1階にある“美術部”の縄張りの“美術室”と2階にある“吹奏楽部”の縄張りの“音楽室”以外は人がいない。

人と接するのが苦手な俺にとっては絶好の昼寝…いや…夕寝場所だ。

ちょっと埃っぽいのと風通しが悪いのが難点だが…。


屋上への扉は閉まっている。


この学校は問題を起こすことにやけに敏感だ。

髪を染めることに関しては校則では触れられていないのだが、染めている者に対しては教師の態度が少し厳しい。

チャラチャラした部活も作ってはくれない。“ダンス部”とか“フォークソング部”も…。

ましてや“軽音楽部”なんて絶対に作ってくれないだろう。

実際に俺が申請したわけじゃないからハッキリとは言えないが、クラスの奴らがデカイ声で騒いでいたから知っている…。


まぁ…俺には関係ないけど……。


遠くで人の気配がする。でもここは静粛。

入学して数か月がたった頃、部活に入る気もなかった俺が時間を過ぎるのを待つためにさまよい見つけたとっておきの場所。

俺だけの時間。誰にも邪魔されない。ひとりの時間。

余計なことを考えることはやめて、ただ時間が過ぎるのを待つ。

静かなときが流れる。

心地よくてウトウトしてき……


【ギュイイイィィィン!!!!!】


…た!?


身体が宙に飛び上がり心臓がギュッと縮み上がった。。

ものすごい音が耳から入って頭の中を走り回った!!何の音だ!?

慌てて上体を起こす。


【ギィィ~~~~ギュイン】


反射的に耳を塞いだが、それはほとんど意味を成さない。身体にびりびり響いてくる。

かなりヘタクソだが…ギター?…の音か??

鍵がかかって入れないはずなのになぜか屋上の方から聞こえる。


【ギィィィ~~~ガァ~~~】


ちっとも鳴り止まない………。ウゼェ…。


【ギィィィ~~~ガァ~~~ン】


いくら無気力な俺でも我慢の限度はある。眠りたいときなんかは特にその上限は低い。


【ガーガー】


ブチッ

そんな音が聞こえそうなくらいの衝動を感じた。


「うるせぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!! 」

その衝動が感じたままに一気に飛び起きる。そして扉に向かいドアノブをひねり、体全体で扉を押す。


【ガチャッ】

屋上の扉は鍵がかかっているはずなのに…。

頭と体のつじつまの合わない現実に一瞬、驚きはしたものの突然止まれるはずもなくそのまま屋上へ突っ込んだ。


まぶしい…。

目が眩んだ。 

急に明るいところに出たからだ。瞼が痛い。

目を細め、手で光を遮った。

初夏の日差しが一層眩しく思えた。

目が少しずつ慣れてきた。そっと目を開く。


屋上に風が吹き抜ける。

扉を入ってすぐのところでドアノブを持ったまま勢いを抑えて立ち止まる。


人が立っている。2人いる。2人とも男で、こっちを見ている。

一人は少し前髪の長い黒髪の男。スラッと背が高くて…切れ長のつり目でなんだか…目つきが悪い。

大人っぽくてクールな印象…。

なんだかとっつきにくそうだ。


もう一人はゴワゴワに跳ねた金髪で、猿みたいに小柄で…目が大きくて少年らしい…もう一人とは違って幼い顔立ちをしている。この学校では既に目をつけられてそうな感じだ。

なんていうか…不良っぽい?


たぶん2人とも2年。

クラスは違うけど同じ学年だったような気がする。


2人ともそれぞれギターらしきものを持って無表情でこっちを見ている。


こいつらが俺の安眠を邪魔してやがったのか。

勢いで飛び出したものの…何も考えていなかった…

なんて言おう…。


俺が扉の前で二人の方を見つめたまま固まっていると金髪のほうがゆっくりと表情を変えずに俺の方に近づいてきた。

驚きで固まった足をなんとか動かして少し後ずさる…

どうしよう…怒らせたかな…


金髪が俺の目の前に来た。少し俺を見上げている。


俺は息が詰まった。

やばい…怒られる…

俺は覚悟した。

金髪はその表情のまま声を発する。


「入部希望者?」

え!?

入部希望?何の話だ…。いまいち状況がつかめない。

見た目通り、声変わりしているのに少し高いが男らしい声で金髪は聞く。

「何か楽器はできる?バンド経験は?興味ある楽器は?どのジャンルの音楽がすき?アーティストとかバンドは誰が好き?俺はやっぱりロックが好きかなぁ。」


何だ、こいつすげぇ早口だし…。質問攻め!?何を答えりゃいいんだ!?


俺が困り果てて黙り込んでいると、黒髪の方が近づいてきた。

俺を見上げていた金髪と違って黒髪は俺を少し見下ろしている。

無表情な黒髪とばっちり目が合う。緊張で固唾をのむと俺の気持ちを悟ってくれたのか金髪にそっと、無表情のまま話しかけた。

「おいケン。困ってる。最初からちゃんと説明してやらないと…。」

こちらも見た目にぴったりの声。金髪とは対象に声変わりして低くなったが特徴的な落ち着いた声をしている。低いけど通る声。

「あ!!そっか!!いきなりだとビックリしちゃうもんね!!

じゃあ…自己紹介!俺は『三沢 健太』なんか普通の名前でしょ。個人的にはあんまり好きじゃないんだよね。好きなもんはもちろんROCK!

ギターボーカルしてんだ。『ケン』って呼んで!

んで。こっちの黒髪で、すんげぇ背高くてクールで渋――いのが『鷹里 宗義』

『ムネニク』って呼ん…「『ムネヨシ』って呼んでくれ。」…え。」

黒髪は慣れたように金髪のマシンガントークを遮って言った。

「なんでぇ!ムネニクのが覚えやすくていいじゃん!ウマそうじゃん!」

金髪はしつこく黒髪に訴えるが黒髪はひたすら無言だ。

俺の方を無表情なまま真っ直ぐ見据えて続けた。

「ベース担当。ラップもできる。好きなジャンルは…特にないが…ベースやギターが好きだ。」

「ムネニクって呼んでね。」

「しつこいぞケン。」

「ウフフフフ エへへへへへ」

黒髪はそろそろイライラしてきている。金髪はわかってない様子だ。


「っで!君は?名前なんてーの?」

「えっ!?っあ!?お、俺!?」

いきなり話を振られて焦っている俺を金髪は好奇心に溢れた目でジッと見つめてくる。

俺はその視線に耐えきれずに答えた。

「俺は…『瀬良 柳』…」

まっすぐにみるその視線から逃れたくて少しうつむいて答える。

「セラ リュウ!!すげぇ!!すげぇイイ名前じゃん!!いいなぁいいなぁ!!『リュウ』とかすげぇ!リュウってやっぱり龍神とかの『龍』って書くの?」

「いや『柳(やなぎ)』って書いてリュウって読むんだ。」

金髪は興奮して一際大声をあげて言った。

「すごーい!超珍しいじゃん!!超かっこいいじゃん!!自分だけの名前って感じでうらやましいなぁー

んー…でも『リュウ』って呼ぶのはなぁ…。ありきたりすぎてヤダっ!!」

ヤダッてなんだ…マイペースなやつだな。控えめに言うとだけど。

人懐っこいというか…人見知りしないタイプなのか?堂々とした態度に尊敬すら感じる。

俺は一刻も早くこの場を去りたいというのに…どうしたもんか…

「じゃあ…『ヤナギ』とかどう?」

まだ会話を続けようとする金髪。早くこの場を去りたい気持ちを抱えながら俺は今まで何十回と言われた大嫌いなその言葉に正直に答えた。

「一番嫌な呼ばれ方…。」

「えぇー?個性的でいいと思うんだけど?うーん…じゃあ…セラだから…『セーラ』!」

「いやだし…」

どうしよう…どうやって切り上げよう…早く帰りたい…早くこの場を去りたい…

なんかすごいあだ名考えられてるけど…そんなのどうでもいいじゃないか…かかわるつもりなんてないのに…早く帰らせてくれ!

「もぉー!!ワガママなんだからぁ!!

じゃあ…リュウだから英語でかっこよく『ドラゴ「『セーラ』でいい!!」…」

俺は一刻も早くこの場から立ち去りたい思いを込めて金髪がふざけたあだ名を言い切る前に叫んだ。

「おっけぇ!じゃあ『セーラ』で!っていうかセーラがいいならいいで言ってくれればいいのにぃ…」

「…。」

マイペースだ…いや、前言撤回。自分勝手だ。相手の気持ちも考えられないとかありえない。こっちのことなんて一切意識してない…世間知らずな態度にいらいらする。呆然としている俺に黒髪は耳打ちした。

「コイツ…ネーミングセンス史上最強に悪いから…。」

初対面の俺でも言われなくてもわかった。

だけどこれで会話の区切りがついたか?よし、いまだ!勢いに任せて帰るぞ!

「じゃあ俺は帰るから!邪魔して悪かったな」

そういって急いで振り返り、校門まで走りだそうと一歩踏み出すが前に進めない。

そっと後ろをみるとシャツの裾をしっかりつかまれている。

「ええー!待ってよー!もうちょっと話そうよぉーセーラぁぁ!ムネヨシもなんとかいってよー!」

「俺は知らん。」

すっげーバカ力。このまま踊り場に突っ込んだ勢いで階段から転がり落ちてもいいと思いながら前へ前へと力いっぱいに進むが…なかなか金髪の手は離れない。

くっそーう!

「おい…離してやれケン。お前も…こいつの話もうちょっとだけでも聞いてやってくれないか?俺からも頼む。」

そういって軽く頭を下げる黒髪。こいつも大変だよなこんな奴と一緒にいるなんて。でも、黒髪のさっきまでとは少し違うまっすぐな態度が意外で驚いて力を緩めようとしたとき、俺が力を弱めるより一瞬早く金髪がシャツを握っていた手を放した。

「うわっ!!」

俺はそのまま踊り場に勢いよく倒れこんだ。

「わー!セーラ!!わざとじゃないんだよ!ごめんね…大丈夫?」

「いってぇ…」

散々だ…恥ずかしい…

初対面だけど、俺、こいつ嫌いだ。

「でも階段から落ちなくてよかったな」

本当にな。

「ともかぁーく!!これからヨロシクな、セーラ!!」

金髪のケンは子どもみたいな無邪気な笑顔を俺に向けて右手を差し出した。

さっきまで嫌いだとまで思ったやつの、濁りのない心底うれしそうなまっすぐで素直なその笑顔がなんだか憎めなくて。俺は黙ってその手を握り立ち上がった。

ずっこけたところから立ち上がるだけなのになんだか不思議な気分だった。


「ところで…」

落ち着いた黒髪のムネヨシの声。俺とケンは手を離し、ムネヨシに注目する。

「何か楽器はできるか?」

「楽器?」

俺は精一杯、記憶をたどり絞り出すように考えてから答えた。

「カスタネットとか…?」

「……。」

「……。」

「いや!ネタとかじゃなくて!幼稚園のお遊戯会みたいなのでやったのがそれだったからだよ!」

さすがのケンも固まったことが恥ずかしくて慌てて付け足した。

「やりたい楽器とかは?」

言い訳はむなしく華麗にスルーされた。いや、いいわけではなく事実を述べただけだったんだが。

「やりたいとか…特にないけど…」

「ドラムとかやってみる気はないか?」

「…え?」

ムネヨシは表情も変えず、かわらぬ落ち着いた声色で聞いた。

「ドラムセットはうちにある。スティックも買うまで貸す。」

「いや、でも俺別に…」

「そうだよ!貸してもらいなよ!ちょうどドラム探してたとこだし!」

俺が否の言葉を言い切る前にケンは遮った。

「大丈夫だよ!練習すれば上手くなれる!俺だってまったくの素人だったけどほら!!【ギガガーーン ガンッ】こんなに上手くなったよ!!」

上手いとはよく言えたもんだな…。

でもそれは自信に満ちた表情で見つめるケンには言わない。

「いや、だから俺は…」

【キーンコーンカーンコーン】

次に俺の否の言葉を遮ったのはチャイムだ。

16時を知らせるチャイム。

「もうこんな時間か…」

屋上入り口の上に備え付けられた時計を見てムネヨシは言う。

「帰らなきゃだねー…」

ケンも寂しそうに見上げながらつぶやく。

わけもわからず同じように時計を見つめる俺にムネヨシは説明してくれた。

「先生との約束なんだ…。今日からアンプ使うのに電源ひっぱってもいいが、4時半には絶対に帰るっていう…」

だから昨日までは静かだったのか…。

「しかも!今月中にバンドが組めるまでの人数が集まらないと軽音部作ってもらうどころか今後活動させないとか言われたんだよ!!ヒドくない!?

だからセーラは俺たちの救世主なんだ!3人いればバンド組めるし!」

「え?いや、だから俺は」

「明日にはドラムセット用意しとく…」

「楽しみだねー!」

ケンはギターと機材を持って颯爽と屋上の扉へ入っていった。


そんなケンの背中をみつめ呆然とする俺。

どうしよう…誤解されたままだ…今、今言わないと…無理だって…伝えないと俺は…!

声を出せないまま自問自答する。ケンを呼び止めようと手を伸ばした時

ケンとムネヨシのまっすぐな目とつかんだ右手を思い出す。

ポンッと誰かが後ろから肩をたたいた。ムネヨシだ。

「明日の放課後、もう一度来い。その先を言うのはそれからでも遅くはない。」

そう言ってベースと機材を持ってケンの後を追うように屋上の扉へ入って行った。


取り残された俺は見事なまでに真っ赤な夕日を背に空を見上げた。

空は青と赤が混ざった不思議な色をしていた。一番星が輝いている。白い月が昇っている。


多分、たった10分ほどの出来事だったと思う。

ざわつく胸は一気にことが始まったからなのか、突然ことが終わったからなのか。

何か思った…。それを感じて思ったのか、その景色をみて思ったのかはわからない。

自分でも何を思ったかわからない。


ただ……………


何かをオモった…






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