第11話 アミルとユナ

私は、こんな世界が嫌いでは無かった。


この世の事象に無駄なんてなくて、起きることには意味がある。そう思っていた。

極論を言えば、犯罪者が悪いことをするのも意味があってのこと。半分以上は仕方のないことなのだ。


お店で食い逃げをする人は、家がひもじいのかもしれない。

人を殺してしまった人は、友人を殺されていたのかもしれない。

お金を騙し取る人は、至急お金を用意しなければいけない問題があるのかもしれない。


だから、仕方ないのだ。

でも、いくら理由があれど、被害者が出てくる。

被害者は、次の加害者になってしまいかねない。

そうやって、加害者は尋常じゃないスピードで増えていく。


そんな悲しい輪廻を壊せるのが、私だと思った。

特別な力を持つ私は、この世界の秩序を一度壊し、平等な世の中の創作のために動くべきなのだと感じた。

誰かが被害者、誰かが加害者になるから不満が出る。

全て被害者にしてしまえば、みんな仲良し。


「う~ん。違うなぁ」


私は自分の闇雲なポエムに苦笑いする。

点数をつけるなら、百点満点中二十点かな。


グランとアイから別れ、1人で石の廊下を歩いていた。

すれ違う人が、私をみて驚きながらも無言で歩いていく。


その目は、明らかに悪意が潜んでいた。私のしたことを憎み、恨んでいる目だ。

私は、その目を沢山見てきた。

こんな世界を作ったのは私。化け物が跋扈し、人間が淘汰される世界を。


だが、それは本当に私が悪いのだろうか。

人間はそもそも、生きるために生き物を殺す。

食用だったり、服飾だったり。理由は様々だ。

ならば、現状はそれほど文句は言えない状況なのではないだろうか。

それに、こんな世界になっても生き抜く国は生き抜いている。


かなり減りはしたが、所詮は時代の流れの一種。生き残れない種族だっただけということ。

そんなに私のしたことは悪なのだろうか。


「まぁ、誰にも言わないけどさ」


ここまで思考を巡らせてきたが、何も自分が許されたいと思ってるわけではない。

むしろ、しっかりと悪人をしたと思っている。

後悔は一切していない。


じゃあなんで今更この世界を救おうと動いたのか。

理由は単純だ。気が済んだから。


暴れるだけ暴れた犬のように。

鳴くだけ鳴いた赤子のように。


ひとしきり荒らして、満足したからだ。

たくさん遊んだら、お片付けをしなければならない。


迷惑は、かけた。

一番の苦労人はグランだろう。

私のことを一番叱ってくれた。周りのみんなと違って、悪意ではなく善意で。

そして、心配してくれた。私がどんな非道をしたのか知っていて、見捨てなかった。

彼は、心に正義を飼っている。私には無いものだ。

正義を知るグランから見て、私はどう映っているのだろうか。

いつか、あの腰に下がった剣で私を斬るのだろうか。


私は、もし本当にグランが私を斬るなら、斬られてもいいと思う。

再生もしない。止血もしない。ただの人間のように、血をまき散らし続ける。


それが、廻り廻って辿り着く、1人の加害者への罰だと思うから。

でも、それだと人殺しになってしまうグランが可哀想だ。彼は一生、私を斬った感触を覚えているだろう。

その時は、何か違うものに姿を変えておいてあげるとしよう。

この姿で斬られれば、同時にグランの心も切り落とすかもしれないから。


「ユナ、そろそろ起きないかな」


ユナの部屋まで、壁の隙間を液状化して這っていく。

彼女は、私とは別の種類の天才だ。

私が磨かれた天才なら、彼女は生まれながらの天才。生まれながらに、彼女は優位性を所持していた。

歴史書にしか書かれていない特異な魔法を使え、それを一切鼻にかけない。誰にも同じように明るく接するその姿は、聖人を見ているようだった。


そんなユナにだって、人間地味た部分もある。

彼女は、感情の起伏に素直なのだ。

怒りを抑えず、悲しみを無視せず、喜びを発散し、悩みを打ち明ける。いつまでも子供のような感情表現とでも言うのだろう。

歳はそろそろ16も終わる。その歳にしては幼い体躯と顔は、まるで妹が出来たような気分にさせられたものだ。


私はユナが好きだ。ユナも私が好きだ。

私が起こしたことを知りながら、ユナは私を抱きしめて泣いてくれた。

赦してくれた。

それがどれほど、私を救っただろう。それが正しいのかどうかは分からないが。


グランとユナの存在は、私をここまで生きるための気力になれた。

そして、やっとこの世界を元に戻す決心がついた。


そんな私の我儘のために、グランとユナは残された少ない国民に語り掛け、協力までしてくれたのだ。

それが、異世界から支援を集める計画。

さまざまな困難はあったが、無事一人確保できた。


彼を……アイを、私は絶対に無駄にしない。

失敗しないように、少しずつ改造していく。

あまり一気に細胞の再構築を行うと、知性や肉体、生命の維持が出来なくなることが今回の実験でも立証された。

だからこそ、大事にしていかなければならない。


アイには悪い事をしていると思う。

きっと、彼が元いた世界に帰る時に、私が施した改造が邪魔になってしまう。

でも、どうせ彼は元の世界には帰らないと思う。

その片鱗を、細胞の記憶から垣間見た。


人は誰も幸せとは程遠いのだ。


「ユナ、入るね」


ある一室に着き、私は元の姿に戻った。

狭い、何もない部屋の真ん中にベッドが1つ。

一本の蝋燭で照らされた、薄暗い部屋だ。


そのベッドに、行儀よく寝かされた人形のように整った可愛い寝顔。ユナが小さく寝息を立てていた。

目にかかる前髪を、そっと横にずらした。


「ユナ、起きて」

その声に反応して、一瞬しかめ面になってから、ゆっくりとその目を開いた。

薄赤い光を反射して、瑞々しい輝きで私を見つめる。

「……アミル?」

「おはよう」

ユナに微笑みかける。

ユナは固まったまま、ゆっくりと布団を顔にかけてしまった。

「なんで顔を隠すのよ」

「寝起きの顔なんて見せたくないもん!」

 布団が盛り上がり、中でせわしなく動き始める。

数秒もせずに布団から出たユナは、寝癖1つない髪を綺麗に揺らした。


「よし、これでOK!」

「完璧よ」

「アミル!」

「何?」

「私、可愛い?」

「すっごくね」

それだけで、ユナは心底嬉しそうにベッドから飛び降りた。


「私はどれくらい寝てたかな?」

「丸一日くらいかしら? 無理させてごめんね」

「ううん。私も頑張りたいもん!」

本当に良い子だ。

「ありがとう」

「良いってことよ!」


軽く体を動かしたユナは、目の前に黒い次元の穴を作った。これが転移魔法の入り口。

所作も魔法陣も無く発動させるのは、さすがと言える。

「グランの所に行こうか。あいつも心配してるだろうしね」

「グランはユナを一番心配してるよ」

「何で??」

「それだけ大切なんじゃない?」

「あはは、そんなことあるわけないじゃん!」

軽く笑って、先に次元の穴に飛び込んだ。


「……ドンマイ、グラン」

恩返しに応援していきたいが、ちょっと難しいかもしれない。

そう思いながら、私も次元の穴へ飛び込んだ。


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