第10話 グラン
「とにかく、お前には相応の装備をしてもらう。生身でここを出れば、国境を超える前に食い散らかされるからな」
グランに言われ、彼は僕に合った装備を選びに、また他の部屋に僕を連れて行った。
その部屋にたどり着くまで、何度も階段を上ったり、廊下を渡ったりと、数分は歩いたと思う。
「ここ、広いね。どれくらいの敷地なの?」
「ここは、ユナが作った異次元の狭間だ。距離や広さに概念は殆ど存在しない」
また難しい話になった。まだ魔法の世界に慣れていないのに。
「簡単に言えば、ここは亜空間に建物ごと俺たちを転送して出来た場所だ。外界からの一切の干渉を封じられている。だから、化け物がここまで襲ってこない。おかげでこれ以上の人口は減らずに済んでいる」
「ユナって子、凄いんだね」
「その分、ユナの負担も大きいがな」
部屋に向かう間、返答はしてくれるが、一切僕の方を向いてはくれなかった。
「ここだ」
ようやくたどり着いた一室。他の部屋と何も変わらない扉だ。
「ここで、お前の装備を決めてもらう」
そう言ってグランに開かれた扉の先にあったのは、永遠に広がっていくほどだだっ広い部屋だった。
扉を開ける音が遠くまで反響する。部屋の先なんて、暗くてどこまであるのか全く分からない。他の部屋より冷たい空気が充満しており、なぜかここでは息が白くなる。
そして何より凄いのが、綺麗に整頓されつつも、飽和状態寸前の棚と鎧、武器の数々だ。
数万の規模ですぐにでも戦争を仕掛けられそうな武具の数々に気圧され、一瞬部屋に入るのを躊躇ってしまった。
「早く入ってこい」
「う、うん」
グランに急かされ、後に続いた。
僕とグランの足音が、怖いくらいに部屋に反響する。
進みながら、壁や棚に掛かっている蝋燭に火を灯すが、それでも部屋の奥は見えてこない。
「な、なんか凄いね、この部屋……」
火が揺れると、鎧の影も揺れる。
僕ら以外にも何かが潜んでいるような、変な感じだ。
「これは全部ユナの所有物だ。不要なもの以外は触れるなよ」
「これ全部……?」
チラリと横を見る。
僕の頭が腰の高さに来るような、巨大な鎧が飾ってある。
「……凄いね、なんか」
ユナの顔は見たが、姿は見ていない。もしかしたら、もの凄い女の子なのかもしれない。
天才と言われる所以は、魔法以外の部分にも属しているのかも……。
「ユナは、ちなみにどんな武器を使うの?」
「あいつは何でも使うぞ。弓や銃も上手いし、短剣や長剣も巧みに扱う」
グランは部屋を見回して、一つの武器を顎で指した。
「あの武器が、ユナが一番得意としている。あれを使われたら、誰もユナに太刀打ちできん」
グランが指したのは、大きな剣、のようなものだった。
きっと剣だと思う。ただ、鍛えられているようには見えない。
剣とは、鉄や鉱石を加工して、切れ味と硬度を磨き、精錬されたものだ。
だが、グランが言っていたものは、それとは程遠い。
いわば、巨石。ただ、少し鋭利に崩れただけの岩の塊にしか見えなかった。
近づいてみると、その大きさが顕著になっていく。
僕の背丈より、遥かに大きい。さっき見た巨大な鎧の二倍くらいはあるだろう。いくらあの鎧を着るような巨人でも、この剣を扱うのは無理に近いのではないか。
もしかして、見た目にそぐわぬ軽さなのか?
少しだけ持ち上げようと試みた。
一ミリも動かなかった。
「何してんだ……?」
「いや、僕にも持てるかなって……」
「……本気で思ったのか? それを」
恥ずかしくて、ごめん、しか言えなかった。
そのまま二人で進んでいく。武器の種類が剣から銃へ、銃から弓へ、弓から鞭へと変わっていく。
「沢山あるけど、綺麗に並べられてるね」
「ユナは几帳面なんだよ。ここを散らかすと、半ばマジで怒る」
「怒られたことあるの?」
「三日前にも怒られた」
あまり良い思い出ではないのだろう。溜息が広い部屋に溶けていく。
「まだ合うものは見つからんのか」
「合うも何も、僕は武器なんて分からないよ」
「じゃあ先に俺に聞けよ。何が合うか、とか」
グランが不機嫌なまま言った。
「ごめん」
「あと、お前が探すのは武器じゃない。盾だ」
グランが適当に近くに立てかけてあった手頃な盾を僕に放り投げた。
フライパンほどの大きさだったが、不意にキャッチした時に肩が外れるかと思った。
「これ、もしかして片手用……?」
「どうせ片手じゃ持てんだろ」
両手用とは言わなかった。
「最低限、それで身を守れ。戦おうだなんて思うな。隙を作ろう程度に動け」
「うん……」
グランは罵倒にも似た口調で言ってきたが、そこに悪意は見えない。
「グランってさ、口は悪いけど面倒見は良いよね」
「気持ち悪いな、お前……」
少しだけ距離を置かれた気がした。
「グランって弟とかいた?」
「弟はもういない」
適当にそう言い、また部屋を歩き始めた。
「もうって……」
「んなどうでもいい事、お前と喋ってる暇はねぇんだよ」
歩きながら、帯刀していた長剣を立てかけ、少し短めの別の刀を拾い、腰に差した。
「少しは自分で防具も選びやがれ」
「ご、ごめん……」
謝る僕に、少し重い篭手を投げて渡した。
「これならお前もつけれるだろ。さっさとしろ」
「ありがとう」
返事は無かったが、嫌な気持ちはしない。
そこから、脛当てや胴回りなど、なんだかんだ色々と見繕ってくれるグランだった。
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