第5話 水音について学ぶ

 あの後、俺は家にある食材を片っ端から水音に与えてみる事にした。


 基本的にスライムは雑食性だが、なんでも食べれる=好き嫌い無し とは限らない。必ず好き嫌いはある。


 まぁそれは、味覚がある前提の話だ。

 無ければ無いで、なんでも与えるが、人の姿になれるなら、味覚がある可能性がある。

 しかも、スライムの姿とは違い、表情もある。

 これで好き嫌いが分かる。


「あ、でもそうなると。俺が食べさせなきゃなのか」


 水音も、人の行動を真似する事は出来るようなので、やらせようと思えば覚えさせられる。


「まあいっか。フォークとかの使い方はまた今度だ。そうなると、二足歩行のやり方とかも教えなきゃだし。ああでもまずは日本語か」


 ああーなんか妹というよりかは娘が出来た気分だ。

 覚えさせる事が多過ぎる。


 俺は、肉、魚、野菜、米……と幾つもの食べ物を水音の前に置いた。


「まずは肉からだな」


 フォークで肉を突き刺し、水音の口に運ぶ。

 水音は少しフォークと肉を観察すると、パクっと食い付いた。

 口を動かしている事を確認し、フォークを引き抜こうとすると、


「ん? って、フォークは食うなフォークは」


 フォークもろとも食べようとしているのか、中々水音の方がフォークから離れない。


「は・な・れ・ろ!」


 俺は少し強引にフォークを引っ張り、水音の口から抜き取る。


「はぁ。どうだ水音?」


 水音は口をもぐもぐと動かし、呑み込む。

 そして、数秒程硬直し、やがて少し微笑んだ。


「やっぱ肉は美味いか。という事は、人の姿だと味覚があるのか?」


 なら、人間と同じ食事を与えても問題ないか? ま、一応全部試してみるか。


 その後も、俺は水音に色々な食べ物を食べさせ、反応を観察した。

 結果、好き嫌い無し。いい事だ。


「まぁ雑食だから当然か」


 だが、やる価値はあった。

 表情からは好き嫌いは無いように読み取れたが、細かい表情は食材によっては異なった。

 やはり味覚はあるようだ。嫌いは無くても、好きな物はあるらしい。


「よし。それじゃあ、俺はまた寝るか……ん?」


 俺は、自分のスマホにメールが届いている事に気が付いた。

 開いてみると。


「あ、先生からだ……ヴェッ⁉︎」


 その内容は、まさしく恐怖であった。

 なんと、俺にだけ宿題が出されていた。しかも大量に。


「……嘘だろ」


 この量、今からでも取り掛からなきゃダメなようだ。


「あーもう! 寝かせろ!」


 ほんっと、何なんだよあのババa……やめよう、なんか寒気を感じてきた。

_____________________________________


4日後……早朝


 ピンポーン


「はーい」


 俺はそう返事をし、扉を開ける。

 そこにいたのは、4日ぶりの奈々だった。


「奈々、俺はまだ休校でなぁ……」


 しかし、今回の奈々の表情はいつもの優しい顔ではなかった。とても真剣な顔だ。


「ど、どうした奈々?」


「うん。ちょっとね」


 とりあえず、俺は奈々を部屋に入れる。


「で? そんな顔してどうした?」


「実は昨日の事で」


 そう、奈々が話そうとすると、


「はやと! ごはん!」


 お腹の空いた水音が片言で俺に訊いてきた。


「ああ。ちょっと待ってろ」


 俺は奈々にそう答える。


「え? 水音ちゃん、言葉を……」


 奈々は驚く。


「奈々は知らなかったな。あいつ、人の何倍もの早さで行動を覚えるんだ。ほんと凄いよな」


 実際、昨日少し軽く言葉を教えたらその意味などもすぐに理解し、言葉だけではなく服の着方などもすぐ覚えた。

 その際に過去の事も訊いたが、何も覚えていないらしい。


「冗談言わないでよ。水音ちゃんは人だよ」


「え? ああそうか。そうだったな」


 あっぶねー、水音の事がバレるところだった。


「つまり、精神障害は治ってきてるって事?」


「ま、まあそういう事だな。それで、今日は一体どうしたんだ?」


 俺が本題に入ろうとすると、再び奈々は表情を変えた。


「ニュース、見た?」


「……ああ見たさ。この地域で、モンスターがやったと思われる事件が多発してるらしいな」


 ついさっきのニュースで俺はその情報を知ったのだが、どうやら昨晩だけで3人は殺されたらしい。


「うん。だから、お願いだから他人事だと思わないで」


「ああ分かってる。いざとなったら逃げるさ。奈々もちょっと俺を過保護しすぎじゃないか?」


「それは、隼人君が、心配、いや、大切、だから」


 奈々は顔を赤くしながらぎこちなく言う。


「……あ、ありがと」


 俺も少し顔を熱くしながら返す。


「……」


「……」


 沈黙が訪れる。


 な、なんか気まずすぎないか?

 さっきの言葉の意味が本当だとすると、ま、まさか? いや、流石にそれは。


 俺が先程の言葉の意味を理解しようしていると、


「はやと! ごはん! ごはん!」


 水音が声の大きさを上げて俺に朝ごはんの要求をしてきた。


「ああ゛ー分かった分かった作るから作るから」


 俺は少し鬱陶しそうにそう言う。


「まあ今の俺はそんな危なっかしい事しないから安心してくれ」


「ほ、本当だよ」


「ああ」


 俺の答えに、奈々は落ち着く。


「それじゃあ、学校行ってくるね」


 奈々はそう言うと、部屋を出て行った。


「はい行ってらっしゃい」


 俺は奈々を見送る。


「はやと! はやと!」


「落ち着け! 今作るから!」


 はぁ〜今からこいつの飯作んのかよ。

 こいつ大人3人分は食うんだよなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る