9月13日


 木曜日。曇り。 


 放課後、図書館へ行くとがいた。ここが一番、遭遇率が高いが、場所柄、話し込むのは無理。痛し痒し。河岸を変えようにも、はっきりした用件がなければ応じてくれないのは先週わかった。だったら、強引に話題をひねり出すしかない。

「ちょっと、いいかしら?」

 彼女の顔に、うんざりしたような影が差した。極力、他人と口を利きたくないのだと言わんばかりに。でも、黙ってついて来た。談話室へ。は何でもよかった。

「さっきもいた図書委員、があるでしょ」

「盗難のことですか?」

「うん。二年生だよね。あたしの部屋、一年と三年だけだから詳しく伝わってこなくて……」

「わたしも一年ですし、同室の先輩は三年生ですから、存じません」

「あ、そうか」

 本題に入りたければ早くしろといった表情。あたしはと言えば頬が引きつり、鏡を見たら、きっと「蟲」の主人公みたいに卑屈な笑みを浮かべているに違いない……などと思っていた。

「ごめんね。あなたが大切な人に少し似ているから、気になって」

「世の中には同じ顔が三人いる、とか。科学的な根拠はないでしょうけど」

 本当にクールだ。ゾクゾクする。普段と二人きりでどんな話をしているのか、立ち聞きしてみたい衝動に駆られた。それこそ柾木愛造のように。


【引用】

 室内のあらゆる物音を聞き漏らすまいと、首を曲げ、息を殺し、全身の筋肉を、木像のようにこわばらせ、まっ赤に充血した眼で、どことも知れぬ空間を凝視しながら、いつまでも、いつまでも立ちつくしていた。(江戸川乱歩「蟲」)

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