9月3日


 月曜日。曇り。


 満月。本当は屋上で月見を楽しみたかった。でも、夕食をはやばやと切り上げて、お菓子や飲み物を持って駆け上がっていく連中が目に入ったから、やめた。どうせ雲が多い。いっそだいなしになればいい。雨は降らないにしても。


 教室でも寮でも同じ噂が広がり始めた。ゼリー菓子の表面にまぶされたグラニュー糖が舌の上でザラザラする感触。夏休み、家に帰らなかった第二学年の誰かがB棟で盗みを働いていたとかなんとか。部屋の住人が出払うなら鍵を掛けていくはずだけど、どうやって侵入したのだろう。ルームメイトは、われ関せずといった調子で本件については無駄口を叩かない。この部屋には二年生が一人もいないせいかもしれない。

 彼女らはおおむね暢気でお人好し。でも、他人の繊細さに鈍感だから時折無性に腹が立つ(そもそも傷つきやすいからここへ逃げてきたんじゃないの?)。今だって、あたしは日記に集中したいけど、テレビの音量が大きくて気が散ってしまう。ヘッドフォンは修理中。ボリュームを下げろと文句を言いたいのに、波風を立てたくなくてグッとこらえる自分も嫌だ。舎監は意外に甘く、終業後の生活態度にはよっぽどのことがなければ口をはさもうとしないから陳情は無駄。僻地の全寮制の女子校に押し込められた我々を気の毒がっているフシがある。

 かわいそうな女の子たち。実際、ほとんどの生徒は何かしら暗い事情を抱えている。だけど、そうじゃない者もいる。生まれて15年ずっと幸せで、悲しみや苦しみとは無縁に過ごしてきたらしいお嬢さんが。そんなは本来こんなところにいなくていいはずなのに、はクリスマスツリーのてっぺんに飾られた大きなキラキラ星のように輝いて、あたしたちを見下ろしている。この世に生を受けた瞬間から幸福な者と、訳もなく不幸な者が存在するのは理不尽だ――という、休暇中に読んだ本の一節が頭に浮かぶ。これは小説じゃなくて漫画の中のセリフだっけ、怒りとは不条理に対する感情だ……というのは。そう、あたしはあいつの顔が、態度が目に入ると無性に腹が立つ。不必要に堂々として尊大で、美貌を鼻にかけていて。一般の生徒とは立場が違うと時折遠慮なく口に出し、その力で教師や職員まで意のままに操ろうとする傲慢なあいつが……大嫌いだ。

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