フリルの答えに、心臓が鳴った。へんな音がして鳴った。
え? アリスって……学長のこと? 叔母さんのこと有栖って呼んでるの? 呼び捨て?
紋子は圧倒されてソファで身を小さくした。見つめ合う叔母と姪のふたりを見上げる。
「こんなことって、どんなのよ?」
「カップルの片方を呼び出して、別れるように洗脳して、別れさせることだよ!」
いやいやいや、洗脳って。別れさせるって、なにさ!? 校内のカップルを?
紋子は胸中で叫ぶ。
学長が鋭く目を細めた。
「なに言ってるのよ、フリル」
「その証拠をつかむために、あきこと付き合ってるフリしたから!」
フリルの答えに、心臓が鳴った。へんな音がして鳴った。
「アリス。あなたはこの学園内で付き合ったカップルの片方、『告白した方』を学長室に招いて、紅茶に妙な薬を入れて飲ませてたんでしょ!」
「失礼な、これはごく普通の紅茶よ!」
「嘘? じゃあどうやって人の心を操って……?」
「操ってなんかいない。わたしは、男女交際を禁ずるという校則にのっとって、個別に生徒を少し指導しただけ。別れろとは一言も言ってないわよ。でもなぜか、彼らはその後うまくいかなくなる、それだけのこと」
「まさか……言葉だけで? 詐欺師のごとく巧妙な言葉で、人の心を惑わせて、別れさせてたっていうの?」
「ま、結果的にはそうなってるわね」
学長は、己の行いの自供をすでに始めていた。
はあああああ?
人の恋路をことごとく邪魔していた犯人が、この学長? この学園の三日坊主カップルの真相だったなんて、意味わかんない。ついていけない!
「なんでそんなことするんですか。男女交際禁止なんて、建前じゃないの?」
「あきこ、説明するとね、アリスはわたしの父に横恋慕しているのよ。父と母が結婚する前からその執拗な片想いが始まり、父と母が離婚した今に至っても諦めてないってわけ。要するにね、アリスはカップルの生徒が気に入らないの。むしゃくしゃするから、憂さ晴らししてるの」
紋子は全身で引いている自分を感じていた。そんな身近なところで三角関係になってるのか……しかもそれで無関係な高校生カップルに八つ当たりって、最低……
具体的に有罪にはならないかもしれない。けれど学長の行為は、本当に腹立たしいものだった。
紋子は思考を巡らせて、ある予感に辿り着いた。ごく簡単な計算だ。
「じゃ、まさか離婚の原因って――?」
「アリスはまったく関係ないそうだよ」
とフリルは冷徹に告げると、学長は紅いパンプスで地団駄を踏んだ。
「ああ、姉と別れさえすれば、彼はわたしのものになると思ったのに!」
そんな単純明快にはいかない。好きな人が恋人と別れたからといって、紋子がその席に座れるわけではない。大方、また別の人とくっつくだけであり、紋子はただそれを見ているだけである。ハンカチを噛みながら。
「フリル。あんた、わたしを学長の椅子から引きずり下ろそうってわけ?」
「そんなこと望んでない」
フリルはきっぱりと否定した。
その両のまなこがきらりと光り、フリルは両手に拳をつくった。
「アリスが好きだから。アリスがなにを考えて、なにをしてるのか、ただ知りたくて」
「なに言ってるの? あんた……変よ」
「変? なんで?」
フリルは真顔で、首をかしげる。
「フリル……どうしてあなたはそんなに変なの? 姉さんとお義兄さんの育て方が悪かったのね……」
「親は関係ない。わたしは自分でこの道を決めた」
フリルはセーラーワンピースのすそを揺らし、ぐんぐんと学長に詰め寄る。
気迫があふれている。フリルは大事な試合前の精神統一したアスリートみたいで、誰よりも格好良かった。
「アリス、きいて。あなたが好きなの。わたしと――」
と、ここで急に言葉を止めて、フリルが紋子に振り向いてきた。生き生きと輝く瞳で。
「――あ、その前に。ごめん、あきこ。別れて」
「ええっ!」
そりゃあ利用されたことはもう充分に分かったし、薄々こうなると思っていたけれど。
そうはっきり言われると傷つく!
こんなの、辺見くんよりひどい結末だ。
だから紋子は叫んだ。
やだあ!って。
普通なら物語はここで終わる。
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