「アリス。もうこんなことはやめて」

 思わず手を繋いでしまったけど、わー、どうしよう!? 恥ずかしくなってきたよ。これ、離したほうがいいのか、いやしかしせっかく繋いだのにもったいない、このままバイバイするまで繋ぎたい!

 紋子が胸をいっぱいにさせていると、異変が起こった。

 フリルに繋がれていない反対側の手が何者かに引っ張られ、バランスを崩した。繋いだ手が離れてしまう。

「!?」

 おっとっとと足を踏ん張るうちに移動し、暗い部屋に連れ込まれた。狭い部屋にぎゅっと印刷機、コピー機が並び、コピー用紙が大量に棚に積まれている。

生徒や保護者に配布するおたよりなどを印刷する場所だけど、もちろん申請して許可がおりないと使えない機器だ。カード式で、職員室の隣の事務員室で管理されている。

「いたた……」

 見渡すと、フリルはいなかった。

「――こんにちは。どうしたの? そんなに慌てて入ってきて」

 代わりにやってきたのは、髪をアップにした女の人だった。

「は、え、学長先生?」

 急いで立ち上がり、挨拶を返した。

今日は薄紅色のパンツスーツで、中のシャツは胸元のボタンを開けて開放的に着こなしている。

 誰に引っ張られたのかと、首を傾げつつ、紋子は腰についた埃を取り払った。まさか幽霊だろうか……学校の怪談か?

 考え込む紋子に、芹沢学長は手を合わせて、思い出したように目を丸くした。

「あら。そういえば、あなた、明石さんよね。二年一組の」

「はい、え? 名前……」

「知ってるわ。うちのフリルと仲良くしてくださってるそうね、明石さん。ありがとう」

「え? え、どういうことですか?」

 

 その後、紋子は学長室の応接間の、立派な革張りのソファに腰掛けていた。

 学長は手ずから紅茶を入れてくれている。

 綺麗な響きの名の学長は、名に負けず所作も麗しい。

「あの子ね、わたしの姪っ子なのよ。わたしの実姉の娘がフリルなの」

「えっ親戚? なんですか!」

 もの凄い説得力に、一瞬で納得してしまった。

 さすがフリルの叔母だ、美しい。フリルはそんなこと一言も言っていなかったけど。

「フリルも周りにあれこれ詮索されたくないでしょうし、わたしと親戚であることは公には言ってないのよ。フリルも本当は芹沢フリルなのだけど、色々と面倒だから、父親の『水沢』姓で学校に通うことになったの」

「ああ、そうだったんですね……」

 フリルが隠したがっているなら、そんなことべらべらしゃべっちゃ駄目なんじゃ……と紋子は内心冷やっとする。

「あの子、変わってるでしょ」

「いえ、話してて凄く面白いです! 感性が豊かっていうか、自分より年下なのに憧れています」

「これからも仲良くしてあげてね。お友達として」

 紋子は、友達ではなくて恋人なんだけど、と思ったが口を閉ざした。

 間をもたせるため、紋子は紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れた。

 口許にティーカップを寄せる。

 いい香りだ。さすが、学長は茶葉も高級品なのか。

 紅茶を口に含めようとした時――

「あきこ! まって」

 ドアの開かれる音と、季節風邪を引いたような少し掠れた声がする。

 思わず飲み込むタイミングを逸して、紋子は口から紅茶を吹き出してしまった。 

 フリル――と叫ぼうとするが、むせてしまって喋れない。口を押さえる。

 けほけほやっていると、フリルは決意を込めた目で応接間に入ってきて、学長の目の前に立った。

「アリス。もうこんなことはやめて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る