99回目の告白

「好きです! もし、よければ、つ、つつ、付き合ってください!」

 もしも、少女漫画の一ページ目が女の子の告白シーンから始まったら、間違いなく紋子はページを閉じてそれきり二度と開かない。陳腐な、はじまり。

 だいたいわざとらしくつっかえすぎ。ドジッ娘アピールかよ!

 でも現実は、紋子にせまっている。高校の図書室で、人生で九十九回目の告白をしている。

 明石紋子は、片恋のプロである。

 ショートだった髪を伸ばし、色つきリップクリームを塗るようになった小五から今日に至るまで、片想いには事欠かない生活を送ってきた。

 なにせ、今まで98回の『当たって砕ける』を経験してきたのだ。

 付き合った相手はひとりもおらず、片想いからの告白からの失恋という三点セットだ。おかしい! 

 だからこれが99回目の告白――。

「付き合ってください!」

「聞こえてるから……」

「そーですか!」

「ちょっと、びっくりしただけ」 

 おびえたドーベルマンのような男の子だった。大柄で、顔つきも厳ついのに、覇気に欠けて、瞳にも力がない。前髪が長すぎて片目が半分隠れている。番犬としてはちょっと頼りにならない。

 名を辺見一夫という。学年は一緒、クラスは別。紋子はなぜ彼を好いたのか。きっかけは些細なことだ。選択教室のときに、教科書を忘れて見せてもらった。拳二つ分ほど離れていた机を寄せてくっつける。

 それだけならさすがに好きになるまでは行かない。見くびってもらっては困る。そんなにチョロくない。そのときは「ありがとう」「いえ」くらいの、二言三言しか交わさなかった。

 問題は次の日。

 友人と教室を移動していた紋子は、向かいから、昨日教科書を見せて貰った辺見くんが歩いてくるのを見つけた。彼もまた友人たちと一緒だった。

 顔を忘れられていそうだが、ともかく軽く会釈しようと、紋子が少しまごついた瞬間だった。

「やっほお~~」

 え!?

 満面の笑み。プロレスラーのごとく体躯の男が。真っ黄色の菜の花畑に埋もれた、麦わら帽子を被った幼女にも負けないほどの、まじりけのない笑顔で。辺見くんは紋子に向かって両手を振ってきた。

 なになになになに、あんなにブアイソーだったのに、急にどうしたの!

 疑問に思う間もなく、その笑顔に当てられて、心拍数はうなぎのぼり、倒れそう。微熱が出てきて、平熱に下がるころには恋に落ちていた。というわけ。……ああそうだ、認めよう、要するにチョロい。まったく、自分でも呆れるほど、オリジナリティの欠如したエピソードだ。

 でも、走り出した恋に急ブレーキは効かないわけで――一週間後、紋子は辺見くんに告白した。99回目の失恋をしようとしていた。

 98回もフラれ続けると、もう、告白する前から心は失恋の準備をはじめている。

 しかしその予定は大幅にズレた。

「うん」

 死んだ眼のドーベルマンの表情で、辺見くんは言った。表情の変化がないので断られたのだと思った。そのまま帰りそうになったほどだ。二度見して、

「あのう、わたしのこと、知ってます?」

「え? 『モンちゃん』でしょ。みんなそう呼んで……」

「そうそう!」

 紋子、高校一年生の初夏。

初めての「お付き合い」ははじまった。

 次の日は奇しくも土曜日。

 さっそく、二人で出掛けることにした。

 高校生は性急だ。

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