チョコレート兵器に誓う日

玻津弥

俺には誰にも言えない秘密がある。

「雄介、今日なんの日かわかる?」

「さぁ?」

 つき合って二年目の彼女の問いかけに俺は首をかしげてみせた。

「ハッピーバースデー、雄介! 十八歳おめでと!」

「おお、ありがとー」

 しかし。

 これで何度目だろう。

 誕生日を祝われるのは。

 今、俺にとっての誕生日は、身をよじりたくなるほど苦痛なバツゲームの日だった。

「ちょっとまっててね~」

 楽しそうにいそいそと台所へ入っていく彼女の後ろ姿に向かって俺は一心に念じた。

(ケーキはやめろ。ケーキは出すな……!)

 だが、茶色い兵器が視界に入ってきたところで俺のかわいい願いはミサイルばりの破壊力をもって粉砕された。

「じゃっじゃーん、雄介の大好物、チョコレートケーキ作ったの~!」

 そう言いながら最上段を左右にぶーらぶら揺らすケーキをのせた皿をもってきた。

 どんと目の前におかれたチョコレートケーキのにおいに俺はむせかえりそうになる。

「しかもしかも今回は十段重ねだよっ。いっぱい食べてね」

 しかもしかもしかも、去年よりチョコがたっぷりときた。

 これは十段重ねのチョコレートケーキというよりも、茶色いタワーだ。いや、タワーというよりも人の希望を打ち砕くために生まれた最終兵器じゃないか。

「…そ、それはありがとう……」

「喜んでもらえてよかったー♪」

 彼女はにっこりと女神のようにほほえみ、俺にフォークを差し出した。

 俺にとって目の前のチョコレートケーキはダイナマイト級の危険物に等しい。

(食べたら死すな……。これは間違いなくっ……!)

 自分のなかの黒天使に死を予告された俺はフォークを持ったまましばらく硬直していた。

「どうしたの? あたしのケーキ食べたくない?」

 彼女が心配そうに俺の顔をのぞきこむ。

「い、いやそんなことあるわけがないだろ!」

 ブンブン頭をふって答えるが、内心は「食べたくねぇえ!」と絶叫している。

「じゃあどうして食べないの?」

「た…食べるよ……」

 俺ってば、なんて正直者なんだ。

 フォークを持つ右手がプルプルする。

 ケーキに対する拒絶反応が出始めているのだ。

「ぐっ……うぐぅ……」

 見ているだけで胃の中身が飛び出しそうになる。

 こうなったら、食べてゲロする前に、食べる前に自白(ゲロ)だ。


 そもそも、俺の誕生日は今日ではない。

 小学生のときから俺の誕生日は年に二十回ある。

 ことの始まりはと言うと、毎日が誕生日だったら最高だなぁという単純な発想だった。

 早生まれの俺は、新学期が始まる前に誕生日があるという運命にあった。

 仲よくなった友だちが誕生会というなんとも楽しいイベントをひらくようになって、俺も参加するようになった。

 俺も自分の誕生会をやりたかったが、自分の誕生日はすでに終わってしまっている。

 そこで、俺はひらめいた。誕生日を作ってしまえばいいんだ!と。

 初めての誕生会は夢のようだった。

 大好きなケーキや菓子を食べて、プレゼントをたくさんもらって友だちに祝ってもらった。

 誕生会の喜びを知った俺は調子に乗って嘘をつき、学年が変わるごとに友だちに誕生日をずらして教えるようになった。

 その結果、俺の嘘バースデーは合計で十九日になり、本当の誕生日と合わせて二十日になってしまったのである。



 彼女に真実を話すしかない。

 本当の俺の誕生日は来月であって今日ではないのだと。

 彼女が俺の同級生から聞いた誕生日は間違っているのだと。

 そして、ケーキを続けて二週間近く食べていることも全部バラして謝罪する。

 それしか今ケーキを食べずにすむ方法は思いつかない。

 きっと彼女は正直に話しさえすれば怒ったりしないだろう。笑って許してくれるかもしれない。

 ちらと彼女のほうをみると、彼女は鬼の形相で俺をにらんでいる。怖い。

 しかし、ケーキは絶対にだめだ。食べたら確実に吐いてしまう。

 もう平に謝るしかない。

 俺は台の上に両手をついて頭を思いっきり下げた。

「すみませ……! んぐっ!?」

 口から顔面を冷たいものが塞いだ。

 謝罪しようと勢い余った俺はチョコレートケーキの壁にダイブしてしまっていた。

「……何、それ……」

 彼女のショックを受けた声がする。

 そして一秒がたつごとに、そのショックは怒りへと変わっていく。

 どうしましょう。彼女はキレる三秒前。

 何か言い訳をして回避しなければ。

 そこで俺はチョコレートをたっぷり顔につけた状態でひらめいた。

「いや~俺、一度チョコパックしてみたかったんだよな~マジ美容?」

「……そう。じゃあつけるの手伝ってあげるね、ヨイコラショォオオオオオッ!」

 彼女に頭をつかまれて十段ケーキの上から一段目まで俺の顔はめりこんだ。

 撃沈。

 やはりこのケーキは最終兵器だったのだ。



 来月は本当の俺の誕生日がある。

 やっぱり誕生日は年に一度で十分だ。

 今の時点で、俺には百六十歳分のバースデーが来ている。

 

 俺は泣きながら食べさせられたチョコレート兵器に誓った。

 もう絶対に嘘なんかつかないぞ、と。



 ……ちなみに俺の誕生日はエイプリルフールである。



                        (完)

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チョコレート兵器に誓う日 玻津弥 @hakaisitamaeyo

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