【短編集】海の側の丘の街

スエテナター

第1話 コーラ飴

 七月ももう終わる。

 小さい頃によく通った丘下の駄菓子屋さんで大好きなコーラ飴を一粒買って白い石畳の階段を上っていった。あの駄菓子屋さんは昔のままちっとも変わらない。

 丘の下に広がる海は夕日を浴びて輝いていた。潮風にさらわれる髪を手で押さえる。この髪もしばらく切らないからずいぶん伸びた。

 七月は私の生まれ月。一年で一番好きな月。私は大きくなった。忙しい両親に代わって私の面倒を見てくれたお婆ちゃんはまだ元気だけれど、私が十七歳になっちゃったものだから、もう手を繋いでお散歩に行くなんてこともしなくなってしまった。

 夏の夕暮れ。波の音がオレンジの空を貫いてどこかの星まで届きそうだった。

 石段を上る間、顔なじみの人たちが「やぁ」と声を掛けてくれた。こんにちは、と私も返事をする。

 どこまでも続く石段を上り、海側の展望台まで行く。いつもは必ず誰かが夕涼みに来ているけれど、今日は無人だった。眼下に広がる海を独り占めする。お婆ちゃんと一緒によく散歩に来ていた場所だから、今でもここに来ると隣にお婆ちゃんを感じる。あの頃は私もまだこの手摺より小さくて柵越しにしか海は見られなかったけれど、今は柵の上から海を見ている。本当に、私は大きくなった。

 ポケットに仕舞ったコーラ飴を取り出す。この飴を好きになったのはいつの頃だっただろう。物心ついたときにはもう好きだった。

 包みを破って口に放り込む。味が広がっていく。

 大好きな七月の終わり。カレンダーもめくらなくちゃいけない。お婆ちゃんは私の帰りを待っているかな。

 コーラ飴を転がしながら微風に吹かれる。私は大きくなったけれど、七月が恋しい。

 あと少しだけ、波の音を聞いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る