第34話 霧が晴れた

 ある日、待機室で脱毛の話をしていた時の事だ。

 女子共通の話題なので、多くの女の子がその会話に参加した。

 冬のムダ毛を剃る頻度やオススメの脱毛サロンなどの情報交換をしていた。


「彼氏がさ、私にパイパンにしろって、うるさくてさー」

 カレンが面倒くさそうに言った。


「へ?!」

 そこで瀬奈は、カレンに恋人がいるのを知った。

 彼女が他の男のものだと分かった瞬間、とてつもない安心感に包まれた。


 カレンを許したいと思った。

 そもそも彼女に罪はないので一方的な怒りだったが、瀬奈は執着するのを辞めようとした。

 カレンがプライベートで、亮太を好きなはずもなかった。


 しかし、一度踏みとどまった。

 念の為、瀬奈は亮太のギターケースを再び開けた。


 ベッドの下からケースをスライドさせ、輪ゴムで束ねた名刺を取り出した。

 心がぎすぎすした。


 亮太を素直に信じていれば、こんな事をしないで済むはずだ。

 まだ信じきれない自分も悲しかったし、今となっては瀬奈だって亮太に嘘をついている罪悪感があった。


 どうか店に行ってませんように。


 願うような気持ちで輪ゴムを外し、一番手前にある一枚をめくった。

 初めて、瀬奈が見た名刺と同じ物だった。

 カレンのメッセージを読み、思わず手の中で折ってしまった皺がしっかりと刻まれていた。

 もう一枚めくってみると日付は九月になっていた。

 お札を数えるように、束ねた名刺をスライドさせていくと、やはり手前に向かって日付が新しくなるように並んでいた。


 りょーちゃんは、あの日以来、本当にベティーに行っていない。


 心の枷が外れたように、瀬奈の心は軽くなった。

 嬉しくて思わず名刺を抱きしめた。


 カレンにとって亮太は、本指名をする大勢の男の一人に過ぎなかった。

 そして亮太は約束を守れる男だった。

 だから二人が会う事はもう二度とない。


 やっとカレンを許せる。


 人を憎むって、こんなにエネルギーがいるんだ。

 怒りから解放された後で、瀬奈は知った。

 あんな感情に、二度と浸かりたくなかった。


 瀬奈は眠る亮太のまぶたにキスをした。

 薄い皮膚の柔らかさを唇で抱きしめると、愛おしさが心に満ちた。


 借金返済が済むまで、ここで頑張ろう。

 その時までに、自分の為に1位を取る。

 そして店を辞めて、結婚しよう。


 突然霧が晴れたように、理想の未来が見えた。


 あと数ヶ月の辛抱だ。

 気がつくと、瀬奈は笑っていた。

 とても心地いい変化だった。

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