第6話 にゃんこは学校まで付いてきた
静かに俺の上に乗って寝ているねねをどかして、俺は軋む背中をさすりながら起き上がった。
布団を敷いてるとはいえ、ベッドと比べたら、床で寝るのはかなりきつい。
ねねを起こしたら、きっと昨日みたいに急に元気になって騒ぎ出すから、俺は細心の注意を払って音を立てずに着替えを済ました。
寝てるねねを尻目に、俺は素早く家を出た。
普段はこんなに早く登校することはなかった。
千奈美とは毎日家の前で合流してから登校していたのだが、今は千奈美と顔合わせるのは気まずい。
いつも通りに千奈美が家の前で俺を待って一緒に登校することはないと思うけど、念のため、俺はいつもより早く家を出た。
もしねねが起きてたら、絶対足止めを食らって、家を出るときは千奈美と鉢合わせをしていたのかもしれない。そう思うと、俺はほっと胸を撫でおろす。
学校に着いて、俺はトイレに駆け込んで、鏡を見ながら寝ぐせを直した。
普段家でやっていたことも、今日はなるべく学校でやることにした。
残りは朝食の問題だ。
購買は空いてないし、さっき途中でコンビニでなにか買えばよかったな。
でも、一回くらい飯食わないからって死ぬわけでもないし、我慢すれば済む話だ。
「おはよ……」
教室に入ったとたん、談笑していた同級生が誰か教室に入ってきたのに気づいて、俺のほうに振り返って挨拶しようとしたが、俺の顔を見たとたん、言いかけた言葉を引っ込めて、また友達と会話を再開した。
なぜか、同級生は俺に冷たい。もちろん、その理由は俺には知らない。心当たりもまったくない。
自分の机に座り、頭を机にくっつける。俺は両手でお腹を押さえて、空腹なんとか耐えようとしている。
さっきまでは我慢すれば大丈夫だと思っていた……
確かに、朝食食べてないだけで、別に我慢できないほど辛くはない。ただ、土曜日にねねが来てから、俺んちの食事が人間のものではなくなった。
一応食べなくはないから少し大げさな言い方になるけど、さすがに毎食チーズと魚は飽きる。おかげさまで、日曜日一日、俺は自分の分の食事を全部ねねに食べてもらってるから、実質一日と一食なんも食べていないことになる。
残飯……ではないが、自分のいらないものをねねに処理してもらってるだけなのに、ねねはというと、すごくうれしそうに感謝してくれるから、良心が痛い。
ほんとにやめてほしい、色々を。
お母さんとお父さんは飽きないのだろうか……やはり、バグってるのかもしれない。
「HRを始めるぞ。静かにして」
担任の渡辺先生がすたすたと教室に入り、教壇に立った。
やはり、千奈美がいない。
HRが始まったのに、いまだに千奈美の席は空だ。
体調でも崩したのだろうか。
そう考えると千奈美のことが心配になった。
「みんな、聞いて驚け! このクラスに転校生が来たぞ」
「わーた、転校生くらい驚くことないっしょ~」
渡辺先生がノリノリで話をしていたら、髪をピンク色に染めているギャルの清水さんが口をはさんだ。
ちなみに清水さんは渡辺先生のことをわーたと呼んでいる。
「おい、清水、その呼び名はやめろって言っただろう」
なぜか先生の言葉にすごくデジャヴを覚えた。
「いいじゃんかよ。わたあめみたいで可愛いじゃん」
「まあ、清水のことは置いといて……」
「わーたひどい~ 私を放置するなんて~ そういうプレイが好きなの? 引くわ~」
いつものやり取りだから、渡辺先生は軽く清水さんを流して、本題を続けた。
「今回の転校生はなんと……ごほんっ、やはり本人に来てもらったほうが早いか」
もったいぶってる渡辺先生を見て、悪い予感がしてならない。
「入ってきて」
「はーい!」
転校生の返事を聞いた瞬間、俺は自分の予感が正しいのだと確信した。
ねねはドアを開けてゆっくりと教壇の上まで歩いた。そしてチョークを取り、黒板でたどたどしく「姫野ねね」と書いた。まだ漢字を書くのに慣れていないのだろう。
「どうも始めまして。にゃんこ星からやってきました。姫野ねねです。よろしくお願いします」
そう言って、ねねは深く一礼した。
「にゃんこ星人だ! 猫耳が付いてる!」
「この子テレビで見たわ! にゃんこ星のお姫様よ!」
「えっ!? にゃんこ星のお姫様がなぜここに?」
「めっちゃ可愛い……タイプだ」
「お前の目は節穴か? どう見ても可愛いというより美少女だぜ」
「どっちでも一緒だろう?」
「付き合いたいな」
「おい、やめろって。相手は皇女だよ? しかも結婚してるらしいし」
どうやらねねを見て驚いたのは俺だけじゃないみたい。
結婚相手を伏せているねねの言葉はどうやらほんとみたいだ。
「あっ!」
急に、ねねは何かを思い出したかのように口から声を漏らした。
「『姫野』は私の前の苗字でした。そ、その……私は」
「わああああああああああああああああああ!」
「急にどうしたの? あのクールイケメンの月島君が叫んでいる!」
「常に冷静沈着で近寄りがたいあの月島君が取り乱している!」
「話しかけるなというオーラを常にまとっているあの月島君が自分から話している!」
おそらく、ねねは「私は結婚したので、今の苗字は『月島』です」とでもいうつもりだったのだろう。
クラスのみんなに結婚してることを知られたら、千奈美にもいずれ知られてしまうだろうから、ごまかすために咄嗟に大声を上げたが、みんなは一斉に俺のほうを見てきて、ざわつき始めた。
クールイケメン? 冷静沈着? それって俺のことを言ってるの? なんで俺ってそんなに美化されてるんだ? ただしゃべるのが苦手なだけだが。
どうやら俺のクラスメイトたちもどこかずれているようだ。
でも、みんながほんとにそう思ってるのなら、俺が冷たくされてる理由はなんとなく分かった。多分、それは俺が無自覚にみんなを拒んでいるようなオーラを出していたからだと思う。
「月島、お前……どうしたんだ?」
先生まで珍しい生き物でも見ているような目で俺を見てくる。
そんなに俺が大声を出すのは珍しいか? 確かに、教室で大声出すどころか、誰かとしゃべることもほぼなかったけど。
「すみません……お腹が急に痛くなったんで」
ほんとは頭なんだけどな。
「旦那さ……」
「わああああああああああああああああああ!」
「大丈夫か!? 月島!?」
ねねのやつ、あれだけ外では旦那さんって呼ばないでって言ったのに……バカなの?
「またお腹痛くなっちゃって……」
「そんなに辛いようなら保健室に行ってきてもいいよ?」
「そうします」
俺は早歩きでねねの前に歩いて、彼女の手を掴んだ。
「先生、いい機会なので、転校生に保健室の場所を案内しときます」
「いや、もうすぐ授業……」
「転校生がもし怪我でもしたら、その時に保健室の場所が分からなくて傷が悪化したら先生に責任が取れますか!? 保健室を案内させていただきます」
ちゃんとねねと一回話さないとだめみたいね。
「あぁ、えっ?」
「月島めっちゃ熱い!」
「男らしくてかっこいい~」
「いま姫様の手をつないだ! 相手は人妻だぞ」
戸惑っている先生とざわついてるクラスメイトたちを無視して、俺はねねの手を引っ張って、教室の外に出ようとした。
「だんな……うぐっ」
ねねは何かしゃべろうとしたが、俺はすかさず彼女の口をもう一つの手で塞いだ。
ドン!!
教室のドアを開けた瞬間、誰かが走ってきて、俺と派手にぶつかってしまった。
「いたたたっ」
「まこと!?」
「ち、千奈美?」
見下ろしたら、俺とぶつかって尻もちをついてるのは千奈美だった。
「どこに行ってたのよ!」
「え?」
「家の前でずっと待っててもこないから何かあったのかと心配したんだよ!」
「ご、ごめん……」
まさか、ちなみは……俺を待っててくれたから、遅刻したのか?
なんで? 俺は振られたはずなのに。
「誠人くん?」
突然、背中に寒気が走った。
振り返ったらねねの凍てついた笑顔が目に入った。
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