第20話

 だがその疑問は直ぐに解消した。


「この子がね、咲弥が私の願いを何でも叶えてくれるのですもの」

「はい、キャシー様の憂いを晴らす事が私の務めに御座います故……」

「まあいい子ね。咲弥はエセルの次に大好きよ。何時までも私の傍にいて頂戴ね」

「はい、この命尽きる瞬間までキャシー様のお傍におります」


 

 一見なんて事のない麗しい主従関係の様に聞こえていたし実際そう見えてもいたのである。

 だが兄である俺からしても咲弥の、そうキャシーに対する想いは相当なものだと思った。

 彼女付きの侍女としてまだ7歳であるのにも拘らず大人達と一緒に、いや周囲の大人達よりも完璧に侍女としての仕事をこなしていたのだ。


 そうキャシーの痒い所にまで心地よくも手の届く完璧な侍女。

 また盲目的にキャシーを崇拝する信者として。

 キャシーにとってこれ以上の存在はいないだろうと思わせる。

 だが俺はこの時にはまだ知らなかったのだ。

 咲弥が一般的な侍女だけではないと言う事実に……。


 何しろそれを知ったのが三人目の被害者だった。

 


「ねぇエセル、これより楽しい催しを見せて差し上げてよ」

「催し?」


 相も変わらず母である王妃主催の退屈極まりないけれども、新たなる人脈を作る故に仕方なく出席をしているお茶会での事だった。

 何時も通り俺は俺で未来の王としてやるべき事と言わんばかりに将来の駒となる側近候補を見出すべく社交を積極的に行っていた。


 だがその反面キャシーは常に孤独だった。

 しかしそれは仕方のない事なのである。

 出席する令嬢達は何れも将来俺の妃候補を狙い虎視眈々と俺へ狙いを済ませつつも、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――――と言うことわざ通りに数名の令嬢達は俺の双子の妹であるキャシーのご機嫌を取ろうとしていたのである。


 まあその令嬢達も令嬢達だが、キャシーは筋金入りの我儘王女と言うべきなのだろうか。

 いや違う。

 愛情に飢えていたからこそ兄である俺を奪わんとする者達を受け入れるどころか、それすらも許す事も出来なかったのかもしれない。

 両親の代わりに俺達兄妹はずっとお互いを支え合っていたからこそなのだろうな。

 俺がキャシーに対しての関心を失う……事なんてない筈なのだが、彼女にしてみればある意味死活問題だったのかもしれない。


 また俺へ群がる令嬢達はその何と言うかだ。

 容姿や所作の何れもキャシーの足元にも及ばない。

 普通にまだ俺達は子供故にそれは仕方のない事だとも思う。

 だがキャシーにはそれすらも許せない原因の一つだったのかもしれない。

 自分より何一つ秀でていない分際で俺の関心を奪う行為こそが傲慢以外何物でもないと、然も当然とばかりに後になってキャシーはそう断言したのだから……。


 

「ほらエセルあの令嬢を見て御覧なさい。フフ、後ほんの少しで大騒ぎになってしまうわよ」

「一体何の……⁉」


 それはほんの一瞬の出来事だった。

 令嬢が一口大サイズへと切り分けているケーキへほんの刹那な時間だったのだ。

 キャシーが指し示す方向には何故か咲弥がおり、そして咲弥は誰にも見咎められる事なく本当に瞬きする瞬間にその今にも食べようとするケーキへ何か液体をほんの一滴だけ垂らせば、そのまま何もなかったかの様に給仕をしつつこの場を後にしていった。


 俺自身キャシーに注意して見る様にと言われなければ恐らく……いや言われなければ全く気が付かなかっただろう。

 それ程までに咲弥は気配を殺し、そして確実に事に当たっていた。


「ごふぉっ、ぐふぁああああああ!!」


 それから間もなくだった。

 件の令嬢が衆目の前で豪快に吐瀉物を吹き出す様に吐き出したのは……。



「ククク、あはははは。あぁ何て無様で醜いの。ふふふ、私からエセルの関心を奪おうとするからよ。当然の報いだわ。いえ、まだ死なないだけ良かったわね。何と言っても私は優しいのですもの」


「キャシ……何、を言って……」


 それが最初に垣間見たキャシーの抱えた心の底に巣くった闇とその願いを叶える妄信する信者咲弥の姿であった。

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